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蛙男、覚悟を決める

 目の前にぶら下げられた魔王という餌に、ゲコックは一も二も無く食いついた。その結果「皇帝から直接命を受け、新たな魔導鎧の実験に協力している兵士」という扱いで人間の軍に合流し、そこで与えられた部下と共に戦うこととなる。


「おりゃあ、行くぜぇ!」


「ぐぁぁ!」


 その力は、まさに英雄。万が一にも負傷して正体がばれるわけにはいかないため、ゲコックに渡された魔導鎧はかつての二式魔導鎧すら凌ぐ高性能品であり、一般量産品が鈍色に青い筋が入っているものなのに対し目にも鮮やかな翡翠色の魔導鎧ということもあって、その活躍は否が応でも周囲の目を引くことになる。


「凄い……」


「本当に……って、見とれてどうする!? 我らも隊長に続け!」


「オー!」


 そんなゲコックの活躍に、最初は距離を取っていた部下達も徐々に心を開いていく。結局の所戦場において強者であることは何よりの価値であり、顔を見せない不信感より「この人についていけば勝てる」という思いの方が何倍も強い。


 そうして結束が深まったこともあり、ゲコックの率いる小隊は境界の森における戦闘でかなりの戦果をあげた。流石に四天王やその配下の有名な魔族との戦闘は意図的に避けたため最高評価とはいかなかったが、それでも周囲からは十分な賞賛の声を浴びて、戦場は次なる部隊に移る……そう、魔族領域内部の調査だ。


 歴代の勇者とそのパーティのような極めて特別な例を除けば、人間が魔族領域にここまで攻め込んだのは初めてとなる。つまり魔族領域の何処に何があるのか……それこそ魔王城の正確な位置すらわからないため、選ばれた精鋭部隊が先遣隊として魔族領域に散って調査し、その結果を元にして本隊が侵攻するという計画が立ち上がる。


 そしてその精鋭部隊には、当然ながらゲコックの小隊も選ばれていた。


「隊長! あそこに村が見えます!」


「お、おぅ。そうだな」


 途中で見つけた道を辿り、歩くことしばし。村の発見を報告してくる部下に、ゲコックは微妙な声で答える。


(あそこは確か、黒兎族(ブラッキー)の村だったな……)


 当然ながら、ゲコックには魔族領域の知識がある。無論広大な魔族領域の隅から隅まで知っているなどということはないが、かつて勤務していた魔王城の場所は勿論、ある程度主要な町や村の情報は持っている。


(あいつらがめついんだよなぁ……ならこの際だ、ちょいと驚かしてやるか)


 黒兎族は主に行商を生業とする種族で、戦闘力はそう高くはない。それだけ聞くとすぐにでも襲われそうだが、世界各地に同族が散っているうえに下手に手を出すと以後商品の購入ができなくなるため、魔族のなかでは珍しい「弱いけれども侮られない」種族であった。


「魔物の村……一体どんなおぞましい場所なんだろうか」


「そう緊張すんなって。基本的には獣人の町や村と変わらないんじゃないか?」


「それは獣人の方々に失礼でしょう。魔族と一緒にするなど……」


(いや、同じだと思うけどなぁ)


 未知との遭遇に警戒する部下達の言葉に、ゲコックは内心で独りごちる。


 ゲコック自身は行ったことはないが、魔王軍に所属していた頃は獣人領域の情報収集をしている者も当然いた。そういう者から話を聞いた限りでは、所謂獣系魔族の暮らしぶりは似た姿の獣人種とほぼ変わらない。


(ま、今の俺は人間だ。なら適当に脅かして物資を奪い取ればいいだろ。アイツ等逃げ足だけは速いし)


「――隊長、いいですか?」


「ん? ああ、いいぜ」


 急に判断を仰がれて、ゲコックは反射的にそう返してしまう。その思慮の浅さはゲコックの欠点の一つだったが、それが招いた結果は……ゲコックの予想を遙かに超えるものだった。


「では、いきます! 反魔剣(アンチ・ブレード)爆裂式(ボンバルディア)!」


「はっ!?」


 驚くゲコックの目の前で、部下の放った反魔剣が離れた場所にある村に炸裂する。その瞬間耳をつんざく大音響と共に、黒兎族の村に巨大な炎の花が咲いた。


「さあ、みんな行くぞ! 魔族共を一匹残らず駆逐しろ!」


「隊長にばっかりいいところを持っていかせるな! 走れ走れ!」


「えっ? えっ!?」


 未だ戸惑いのなかにあるゲコックを置いて、部下達は一目散に村へと走って行く。魔導鎧の力はその速度すらも強化しており……やっと我に返ったゲコックが村に着いたとき、そこにあったのはかつて魔族であった者達の肉片のみだった。


「おっ……あっ……」


「あっ、隊長! 今回は随分遅かったですね」


「馬鹿だな、隊長が俺達に気を遣ってくれたに決まってるだろ?」


「殺した……のか……? 全部……?」


「ええ、勿論です! 倉庫っぽいところに子供が隠れてたりしましたけど、きっちり全部見つけて始末しておきました!」


「一匹でも残すと危ないからな。ここを本隊が通るかも知れないんだし、確実に皆殺しにしていかないと」


「……………………」


 如何なる悪意も敵意も無く、親しげにそう語りかけてくる部下達の言葉がゲコックには遙か遠くに聞こえる。


(隠れていた子供まで皆殺し!? 何だ、こいつら一体何なんだ……っ!?)


 向かってくる敵を倒すことはゲコックも何とも思わない。むしろ剣を交えるならば、敗者は死んで当然だ。


 だが、無抵抗な子供まで殺す覚悟などというものをゲコックが持っているわけがない。ましてやそれを嬉々として報告されることなど、これっぽっちも考えたことなどなかった。


『――覚悟しておけ』


 ふと、ゲコックの脳裏に出立間際にウラカラがかけてくれた言葉がよぎる。


『お前に約束したとおり、陛下は魔族だからといって無意味に虐殺したりはしないだろう。だが他の人間は違う。それに陛下だって「無意味に」殺さないだけで、必要であれば幾らでも非道な判断を下すお方だ。


 だから覚悟しておけ、ゲコック。お前が進む道は……お前が考えているよりもずっと血塗られているとな』


「覚悟……」


「え? 何ですか隊長?」


「……いや、覚悟しておけと言ったんだ。ここから先はこんなに甘くないとな」


「そうですね。今回は先制攻撃で楽勝でしたけど、ここから先もっと奥深くまで行けば敵も強くなるでしょうし……おーい、みんな聞いたか? 隊長の言う通り、覚悟して進むんだぞ!」


「わかってますよそのくらい。っていうか、敵地で油断するわけないじゃないですか」


「だよな。今の俺ならどんな小さな魔族だって見逃さないぜ!」


 そんな風に言って笑い合う部下達から、ゲコックは少しだけ距離をとる。


 自分が魔王軍に所属している頃、確かに人間のことなんてどうでもよかった。後からくる仲間(・・)のために、どんな小さな()でも残すべきでは無いという理屈もわかる。つまりこの場でおかしいのは部下達ではなく自分だ。何故なら自分は「人間」の側なのだから。


 そして思う。そのうえでなお「魔族」としての自分を捨てず、これほどの覚悟を背負って本気で同胞を救うために行動できるのだとしたら、それは確かに「英雄」で間違いないだろうと。


(やってやる……やりきってやる……っ! 俺は英雄に……魔王になるんだ……っ!)


 ゲコックの手が、無意識に腰の辺りに当てられる。魔導鎧の下に隠れている相棒の声は聞こえないが、それでもゲコックの胸に野望の炎が燃え上がる。


 本物の夢(げこくじょう)のために、偽物(えいゆう)の覚悟を背負う。ゲコックの真の戦いが、この時幕を開けた。

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