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娘、言い争う

本日よりしばらくニックはお休みです。世界の「表側」で起こっている出来事にしばしお付き合いください。

 ニックが海底基地でオーゼンと暮らし始めて、少しした頃。フレイ達勇者パーティは魔族領域の森の中を歩いていた。


「チッ、何だよ今更……」


「おい、やめろ」


「なーんか、空気悪いわねぇ……」


 魔族と人間の領域を隔てる通称「境界の森」のなかを歩くムーナの耳に、近くを警備する兵士達の囁きが聞こえてくる。あえて気にしないようにしてはいるが、ここまで否定的な視線を向けられるのは勇者パーティとして活動をするようになって初めてのことだ。


「仕方ないわよ。アタシ達が出遅れたのが原因なんだし」


 だがそんな視線を一身に受け止めてなお、フレイは気にした様子も無い。平然としたその様子にムーナは少しだけ不満げな顔で黙り込む。


 事の発端は、限られた時間を少しでも有効に活用しようとシズンドルに籠もりきりだったフレイが久しぶりに顔を出した冒険者ギルドで、勇者(じぶん)に対する招集依頼が来ていたことを知ったことだ。


 通常、勇者には何かを能動的に依頼することはできない。慣例として王城に出向いた場合のみは「国の困り事」を解決することに助力したりするが、それ以外で勇者に「何かをしてくれ」と頼むことは禁止されている。これは言うまでもなく、そうしなければ誰もが勇者に依頼をしてしまうからだ。


 なので、勇者に招集依頼が来るのは大規模な災害や魔物の発生など、国家規模での問題が起きた場合のみとなる。それがあったわけなのだから、フレイは慌ててムーナ達を連れて近くのギルドへとんぼ返りし、そこで今回の人類の大規模侵攻の事実を初めて知ることになった。


「まさか我らが海底に籠もっている間に、基人族の軍隊が魔族領域にこれほど深く攻め込んでいるとは……いやはや、世の中わからないものですな」


 勇者は人同士の戦争には一切関わらない。そのせいでフレイ達には戦争の情報は入ってきていない。正確にはザッコス帝国が戦争を始めたがすぐに終結したという一般的に知られる程度の情報だけで、それ以上の詳細……たとえば魔導鎧の存在……などは全く与り知らぬことだった。


「魔導鎧、だったかしらぁ? どうやったらあんなものを量産できるようになるのかしらねぇ」


 ムーナがチラリと視線を流した先では、妙にゴツゴツした不思議な形の鎧を誇らしげに身に纏う兵士達が、一定の間隔で森に作られた道の脇に立っている。


 ちなみに、道と言っても実際には森の木が根元近くで伐採されているだけであり、切り株はそのまま残っているためとても馬車などが走れるものではない。魔導鎧の力で無理矢理に森を切り開き、急ごしらえした補給路なのだからそれも無理からぬことだ。


 だがそれでも立木が無ければ視界は通るし、強力な魔物も生息する場所なのだから馬で早駆けすることすら難しいこの場所では徒歩移動以外は想定されていないのでこれで十分。


 物資の運搬は魔法の鞄(ストレージバッグ)を携えた専用の小隊が行っているため、今のところ魔族領域の奥へと攻め入っている部隊が物資不足に悩まされるという事態は一度も起きていない。


「魔導鎧か……凄いんだろうけど、アタシにはちょっと合わないわね」


 そんなムーナに釣られてフレイも兵士に視線を向けたが、微妙な表情でそう言葉を濁す。


 話を聞いたフレイ達が「銀の鍵」の力でギリギリス王国まで跳び、現地部隊と合流を果たした境界の砦フミトドーマル。そこで敗戦国の責任として大量に派兵されていたザッコス帝国の兵士達から、フレイは自分の分の魔導鎧を手渡されていた。


 だがそれを身につけようとしたところで言葉にできない不快感のようなものを強く感じたため、フレイは適当な理由をつけてそれを身につけることを拒否してしまう。それは魔導鎧の力を頼り信頼している兵士達にとって面白いことではなく、結果として勇者(フレイ)に対する兵士達の不信感は今までよりも一層深まってしまった。


「あーあ、勇者はいいよなぁ。勇者に生まれたってだけでちやほやされてよぉ。危ない戦いは全部俺達にやらせて、自分は最後に美味しいところだけもっていくってか?」


「いいご身分だよなぁ。せっかく用意した魔導鎧を着ないのも、俺達みたいなのと同じは嫌だってことだろ? 選ばれし者は違うよなぁ」


「ハァァ……貴方達――?」


 ひそひそと囁かれる悪意に業を煮やしたムーナが怒りに声を荒げるようとしたところで、不意にフレイがそれを手で制し、一人の兵士の前に歩み寄る。


「何? アタシに何か言いたいわけ?」


「いや、それは……」


「ハッ! こそこそ陰口は言えるけど、本人を前にしたら何も言えないって? そんなのとんだ腰抜けじゃない! こんな小娘にビビって黙り込むくらいなら、最初から粋がるのは酒場だけにしときなさいよ」


「何だとテメェ! 言わせておけば……っ!」


 挑発するようなフレイの言葉に、対峙する兵士のみならず周囲に立つ他の兵士達からも突き刺すような視線がフレイに向けられる。だがフレイはそれに僅かたりとも動じることはなく、ただ堂々と立つ。


「言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい!」


「なら……ならっ! 言わせてもらう! 何で! 何で今頃のこのこやってきやがったんだ!」


 覚悟を決めた表情でそう叫ぶ兵士に、フレイは口をへの字に曲げて答える。


「何でって言われても、アンタ達が魔族領域に攻め込んだって知ったのが最近だったんだから仕方ないじゃない。事前通達でもされてれば勿論それに合わせて来たけど、ちらっと聞いた話じゃアンタ達にしたって今回の侵攻は割と突然だったんでしょ?」


「ま、まあそうだけど……」


 今回の侵攻は、偏にザッコス帝国の敗戦によって世界中に魔導鎧の技術が広まったことが発端になっている。突然に与えられた段違いの力、しかもそれが選ばれた者だけでなく一般の兵士が英雄になれるものということが、恐ろしい程の速度で事態が転がった理由だ。


「で、でも! 俺の仲間達が必死になって戦って作った道を、遅れてやってきたお前達がのんびり歩いて通るなんて……」


「じゃあどうしろって言うのよ? そもそもそれを言うなら、アンタだってアンタの仲間達が頑張って戦ってここの安全を確保してくれたから、今こうしてわりと平和に警備していられるわけでしょ? なら同じじゃない」


「同じわけないだろ! 俺は勇者じゃ――」


「その問題に勇者とか関係ないわよね?」


「ゆ、勇者なら誰よりも率先して魔物と戦えよ!」


「だからその為に来て、今最前線に向かってるところなんだってば」


「ぐ、ぐぅぅ……」


 怒りをぶつけられるわけでもなく、ごく平然と受け答えをするフレイに兵士は言葉を詰まらせる。だがその怒りの根幹が理屈ではなく感情である以上、兵士の気持ちはどうやっても収まらず……まるで親の敵でも見るかのように睨み付ける兵士の方に、フレイはポンと手を載せる。


「そうよね。理屈じゃないわよね。これだけ木を切って風通しがよくなった場所なのに、まだ血の臭いが残ってる……きっとここでは激しい戦いがあって、沢山の命が消えていったのよね。


 もしもその場にアタシがいたら、死なずにすんだ人がいたかも知れない。それは確かに間違いないわ」


「そうだよ。そこにお前が……勇者がいれば……っ!」


「でも、ごめんなさい。アタシは確かに勇者だけど、勇者ってみんなが思うほど何でもはできないのよ。死者を生き返らせることも時間を巻き戻すこともできないし、凄い力で魔物を一気に倒したり、助けを呼ばれたらどんなところにでも即座にかけつけたりとかできないの。できたらいいんだけどね……ははは」


 そう言って、フレイは少しだけ寂しげに笑う。まだ二〇歳にすらならない娘がするにはあまりにも不釣り合いなその表情に、兵士の男の握りしめた拳が少しだけ緩む。


「でも、もう平気。過去は変わらなくても未来は変えられる。今アタシが、アタシ達がここに来た。だからこれから先は、アタシの、勇者の力が及ぶ限りアンタもアンタの仲間も、みんな纏めて守ってみせるわ! だから応援よろしく! みんなの勇気がアタシの力だから!」


「あ、あぁ……」


 ニカッと笑ってそう言うと、フレイは兵士の側を離れて奥へと歩き去って行った。その姿を確認してから、近くにいた別の兵士が小走りに近寄ってくる。


「おい、何やってんだお前! 無茶しやがって」


「すまん。どうしても我慢できなくってさ。でも……」


「ああ、そうだな」


 冷静になった兵士達が、勇者の去って行った方を見つめる。既に彼女らの姿は何処にもないが、その小さな後ろ姿がどうにも目に焼き付いて離れない。


「あれが……あれが勇者か」


「面白くねぇなぁ……」


 一度宿った怨嗟の熾火は、そう簡単に消えてなくなることはない。だがそれでも兵士達の胸には、勇者フレイの言葉が確かに残っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ、文句あるなら勇者辞めますって言われたらどうするんだろ。
[一言] じゃあ勇者をこの戦いに呼ぶなよ……
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