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多才王妃、事情を語る

「コモーノ!? そうか、お主キレーナの姉君か!」


「そういうこと! 流石にキレーナのことは覚えててくれたみたいね」


「忘れるはずがなかろう。前回会ったのはまだ半年ほど前であるしな」


 悪戯っぽく笑いながら言うマルチナに、ニックもまた苦笑しながら答える。勇者パーティを追い出されてからも何だかんだで王族や貴族と関わることの多いニックだったが、そのなかでもキレーナとの一連の関わりは実に印象深いものだった。


「なるほど、そういうことであったか。そう言えば他国に嫁いだとちらっと聞いたような気がするが……」


「あら、一応話題には出てたんだ? それもこれも貴方がハラガ大臣を何とかしてくれたおかげね。本当にありがとう」


「あの大臣か……」


 マルチナの言葉に、ニックは微妙に遠い目をする。色々と悪巧みをされていたようだが、ニックがハラガ大臣と直接関わったのはほんの僅かな時間だけだ。なのでニックとしてはむしろ娘のココロの方が手を焼いた印象が強いのだが……それはあくまでニックの話。


 ハラガ大臣の名が出たことで、マルチナは何ともやるせない表情になって過去を語っていく。


「当時、まだ私が成人する前の頃から、ハラガはお父様に色々と吹き込んで好き放題やってたの。私はそれを何とかしたくて色々な努力をしたけど……今思えば、所詮は子供のやることだったのよね。ハラガは目障りな私を排除するために、成人とほぼ同時に大して縁もなかったこのカッツヤックに嫁がされたの。


 しかも、その後は徹底して情報を封鎖されたわ。私が私的な立場で書いた手紙は届いているのかもわからないし、キレーナからの返事は勿論いつまで経っても届かない。


 ならば王妃としての公的な手段で連絡をとっても、お決まりの定型文が帰ってくるのみ。あの頃ほど自分の無力さを味わわされたことはなかったわね」


「ふむ……」


 静かに相づちを打つニックに、マルチナは一旦紅茶で口を湿らせて更に言葉を続ける。その表情は先程までの愁いを帯びた様子から一変し、まるで獲物を見つけた獣のように力強い。


「でも、それが逆に私に火をつけた。そっちがその気なら、こっちにも覚悟があるってね!


 私を排除したかったハラガは、私をコモーノとほとんど関係の無い国に嫁がせた。でもそれは今の私にハラガの手が届かないってことでもある。そしてコモーノという大国の第一王女だった私を側妃や妾になんてできるはずもないから、正式な王妃にするしかなかった。


 コモーノから離れた代わりに自由と権力を手に入れた。そう考えれば今の状況は決して不幸でも敗北でもない。むしろここからが本当の戦いなんだって思ったら、やる気がグングン湧いてきたの!」


「それは何とも勇ましい話だな。流石はキレーナの姉君と言ったところか……いや、キレーナこそがお主の妹だと言うべきなのか?」


 目を爛々と輝かせるマルチナの話は、弟のために無茶をして城を抜け出したキレーナの行動と被る部分が多い。


「ふふっ、どうにも大人しいというかあんまり自己主張しないお父様とお母様がハラガにいいようにされているのを見て育ったからかしら? キレーナも私によく懐いていてくれたから……っと、それはそれとして。その日から私の新たな戦いは始まったわ。


 まず最初にやったことは、陛下のろうら……ゴホン、説得ね。陛下はお父様と似ていてごく普通に仕事のできる方だったけど、そんな緩やかな成長じゃとてもカッツヤックがコモーノに追いつくことなんてできない。


 だから私は陛下に色々とおねだり(・・・・)をして、私の権限で動かせる小さな産業を幾つも立ち上げたの。勿論そのなかにはコレ(・・)みたいに上手くいかなかったものも多かったけど、職人の育成なんかはいい感じになってるわね。


 ふふ、やっぱり教育とか訓練とかって大事なのよ。初期の引き抜きと人材育成の補助金に大分つっこんだけど、そのおかげで年々税収は増えていってるし……」


「そ、そうか。何と言うか、そっちの才能もあったのだな」


 紅茶のカップをクイッと傾け、何だか凄く悪い顔をして笑うマルチナにニックは若干引きながら言う。ごく健全に経済を発展させているだけなのだろうが、マルチナの笑顔に込められた迫力は王族のそれとはちょっと違う気がする。


「ありがとう。で、あと五年もあれば幾らコモーノでもこっちを無視できないくらいにまで成長する、そうなればやっと正面から国に乗り込んであのハラガを叩き潰して妹を助けられるって思ってたんだけど……」


 そこで一旦言葉を切ると、マルチナが意味深な視線をニックに向ける。


「驚いたわ。去年の夏、突然これまで一通も届かなかったキレーナから手紙が届いたの。最初は遂にあの子もハラガに利用されるようになったのかと思って焦ったけど、その内容がびっくりよ! 何とあのハラガが失脚……というか、改心したって言うんですもの!


 最初はあり得ないって思ったわ。職や身分を失ったというならまだわかるけど、改心よ? あの悪党が改心するなんてって思ったけど、その後も何度もやりとりしてそれが本当だって信じるしかなくなった。そしてその原因を作ったのが……ニックさん、貴方よ」


「まあ、うむ。そんなこともあったなぁ」


「あったって……まあニックさんからすれば、確かにその程度なのかも知れないけど」


 何てことのないように呟くニックに、マルチナは思わず苦笑する。ハラガ大臣はマルチナにとってこそ因縁の相手であっても、通りすがりのニックからすれば少々嫌な絡まれ方をした程度の相手でしかない。娘と旅をしていた頃の露骨で悪意に満ちたやりとりに比べれば、自分を侮って向けてくる悪意など鼻で笑える程度のものでしかない。


「まあとにかく、私が何をするまでもなくハラガは無害な存在になって、妹は救われた。というか、産まれたことすら知らなかった弟も助けてもらって……それにこの前も、ザッコス帝国が襲ってきたのをやっつけてくれたんでしょう?」


「そうだな。あれはまさに間一髪であった」


「そうやって二度もキレーナ達を救ってくれた貴方に、私は是非会ってお礼を言いたかったの。だからギルドカードの他にキレーナの手紙に書かれていた見た目や装備なんかも加えて貴方を探していたんだけど……それがあんなことになるなんて」


 単に本人確認をするだけならばギルドカードだけでも事足りる。だがその場合依頼を受けずに素通りされてしまうと来訪に気づけないし、かといって町の門でそこまで厳重に個人を調べるのはそれこそ手配犯でもなければやることではない。


 だが、それが結果としてニックを犯罪者のように扱うことに繋がってしまったことを、マルチナは深く反省し後悔していた。その気持ちはニックにも十分伝わっており、だからこそニックは同じ言葉を繰り返す。


「いや、本当に気にせんでくれ。誤解が解けたのであればそれで十分だ」


「ええ。町の方には私から正式に御触れを出しておくわ。後は貴方に無礼を働いた者達の処分だけど……」


「そちらもあまり大事にはせんでくれ。でなければ大人しく捕まった意味がなくなってしまうからな」


「ふぅ……ありがとう。ニックさんは本当に心が広いのね。いえ、器が大きいと言うべきかしら?」


 もしもニックがジュバンの名を名乗って正式に抗議すれば、兵士どころか騎士であろうと物理的に首が飛ぶ。貴族を拘束し町中をそのまま連れ歩いて問題がないとすれば、それは反逆罪などの極めて重く、そして弁明の余地のない罪の時くらいだ。


「まったく。ウチの国の子達はどうしてこうなのかしら。やる気があるのはいいけど、どうにも空回り気味の人材が多いのよねぇ」


「そうなのか? やる気が無いよりはいい……とも言い切れんか」


「そうね。世界で一番怖いのは『無能な働き者』の味方だもの。全員に活躍してもらいたいけれど、適材適所は本当に難しいわ……」


 上に立つ者が永遠に悩み続ける問題に、マルチナが大きくため息をつく。


「みんながニックさんみたいにきっちり仕事をこなしてくれればいいんだけどね」


「ハッハッハ。そうかそうか……」


『フッフッフ、貴様がきっちり、なぁ。知らぬとは恐ろしい……くっ、また握るか!? 負けぬ! 我は理不尽には負け……捻りを加えるのは反則ではないか!?』


 マルチナからの賞賛の言葉を、「やり過ぎ」と言われて勇者パーティを追い出されたニックはそっと目をそらしながら受け流した。

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