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父、探りを入れる

『いいか、落ち着いてよく聞くのだ。確かにこの男の発言は貴様にとって許容できないものであろう。勇者という存在の重要性や周囲の反応からすると、軽く殴るくらいなら問題ないのかも知れぬ。


 だが、今の貴様が感情に任せて「軽く」殴ったりしたら、店が消し飛ぶ。いや、場合によっては町がまるごと更地になる可能性すらある。ただこの町で平和に暮らしているだけの無辜の民を巻き込むのは貴様にとっても本意ではないであろう?』


「オゥ? 何だアンちゃん。アンちゃんも腰抜けの勇者に愚痴を言いたいのかぁ?」


『……まあ、あれだ。とにかく被害は最小限に抑えるのだ。その男に関しては、貴様の気が済むというのであれば多少非人道的な扱いをしても我は目を瞑ろう。だからとにかく無差別に暴れるのだけは我慢するのだ』


「ハハハ。すまんが儂が聞きたいのは勇者の方ではなく、もう一つの話題の方だ」


 妙に早口で話しかけてくるオーゼンにニックは腰の鞄をポンと叩くと、軽く苦笑しながら酔っ払いの男にそう声をかける。


 無論、勇者(むすめ)のことを悪く言われるのはニックとしても業腹だが、勇者を直接知りもしない、しかも酔っ払いの言葉にいちいち腹を立てるほど子供ではないし、何よりフレイが歴代勇者とは違う道を歩んでいることはニックが一番よくわかっている。


 ならばこの程度の批判は正面から受け止めて然るべき。そう考えて普段なら聞き流す類いの与太話であったが、ニックがこの席に移動したのは他に気になることがあったからだ。


「もう一つぅ? 何の話だ?」


「魔導鎧の話だ。お主達、あの鎧を作っている職人なのか?」


「ああ、そうだ。俺とコイツは同じ工房で魔導鎧を作ってるんだよ」


 二人の酔っぱらいのうち、まだそこまで酔っていない方の男がニックの問いに答える。それに合わせてもう一人も「そうだぜぇ! 俺達があんな凄ぇもんを作ってるんだぜぇ!」と自慢げに言っているが、そちらは目の焦点が大分おぼつかなくなってきている。


「で? 魔導鎧の何が聞きたいんだ? ああ、言っとくが作り方とかそういうのは教えられないぜ? 元になってる図面は主要な国の職人達には共有されてるらしいけど、ウチで作ってるのはウチなりの工夫を入れてるからな」


「ほぅ、そうなのか。元というと、やはりザッコス帝国から流れてきたアレか?」


「ああ、そうさ。にしても、アレは凄いよなぁ。俺は王妃様に拾い上げられた職人組だから親方に言わせりゃまだまだらしいけど、その親方ですらあんな凄い仕組みは見たことがねぇって言ってたし」


「あれを考えた奴は本物の天才だぜ! 天才にカンパーイ!」


「おう、乾杯。天才か……」


 八割方潰れている男とジョッキを打ち合わせつつ、ニックは少しだけ表情を沈ませる。


「ん? どうしたんだ?」


「いや、実は儂はあの戦争の時に魔導鎧を着たザッコス帝国の兵士と戦ったことがあってな。確かに凄い能力だったが……それが目の前で爆発したのだ。今作っている魔導鎧は、その辺は大丈夫なのか?」


「爆発? ああ、そういやそういうのもあったらしいな。今作ってるのはそっちじゃなくて、別の図面の奴を元にしてるから大丈夫だとは思うぜ。親方衆だってその辺は知ってるから、それこそ穴が開くほど調べ尽くしてるだろうし」


「そうか。それならばいいのだがな」


「俺達のぉ、魔導鎧はぁ、完璧さぁ! あれがありゃー、勇者なんていらなぁーい!」


「お前また……悪いな。コイツも悪気があるわけじゃないんだ、勘弁してやってくれ」


「構わんさ。平和がもたらされるのであれば誰が活躍してもいいというのは儂も同意見だ。とは言え、今代の勇者様の評判はそんなに悪いのか?」


 エールの入ったジョッキを傾けながらさりげなく聞くニックに、酔っ払いの男は少々の思案顔になる。


「うーん。悪いっていうか、ほら、最近ずっと『ぼうけんのしょ』が更新されないだろ? 勇者様は勇者様で何かやってるんだろうとは思うけど、俺達からすると何をしてるのかがわからないのが、『何もしてない』って風に感じられちゃうんだよ。


 それにほら、物語になってる今までの勇者様の英雄譚だと、みんな派手に戦ってたりするだろ? 結局の所俺達が知ってる『勇者の活躍』ってのはそういうのだから、なんかこう……な。わかるだろ?」


「そうか。確かにそれはあるかもなぁ」


 物語が結末を迎えた後で見栄えのするところだけをつなぎ合わせた英雄譚と、現在進行形でまだ結果の出ていない勇者の活動では大きな隔たりがあるのは当然だ。


 たとえば今のフレイの行動とて後の時代に「この時はこんな理由で戦わなかった。だがその結果こんな凄い成果が生まれた」という風に纏めて語られるのであればそれに苛つくような者はいないだろう。だが今はまだその過程であり、結末がわからなければ単に何もしていないように思えてしまうというのは無理からぬ部分がある。


 ましてや世界中のほとんどの人々にとって、勇者は精々遠くからちょっと顔を見たことがある程度の他人でしかないのだ。これがフレイが直接関わり、触れ合ったことのある人物であれば話は別だろうが……そういう関わりを増やすための手順を、ニックの強さが大きく省略してしまった。


(これは儂の責任だな。もっとじっくり世界を回らせ、人々に顔と声を見せておけば……)


「おい、そんな顔するなよ。勇者様が頑張ってるんだろうなってことは、俺達だってわかってるんだぜ? 確か今代はうちの娘よりちょっと年上くらいの女で、仲間だって二人しかいないんだろ? そんな歳、そんな人数で今まで魔王軍と戦ってくれてたんだから、感謝してるさ」


 軽い後悔に苛まれていたニックの顔を勘違いして、酔っ払いの男がそんな風に言ってくる。もっとも、男の言葉はそこで終わりではない。


「ただ……魔導鎧を着たお国の兵士達が戦ってるんだから、一緒に戦ってくれたらなぁってのは思ってる。かつてないほど魔王軍を押してるって言うなら、勇者様が協力してくれればそれこそあっという間に魔王を倒せるんじゃないかってさ。


 ま、そうしたら魔導鎧の需要が一気に減って、俺達だってこうして昼間から酒なんて飲めなくなるんだろうが」


「昼酒、さいこぉー! しかもそれがタダ酒なら、なおサイコーだぜぇ! ひっく……」


「ああ、おい、寝るなよ! 誰が運ぶと思ってんだよ!」


 酒の入ったジョッキを持ったままテーブルに突っ伏してしまった男に、まともな方の男がそう言って肩を揺する。だが昼時の喧噪に包まれた食堂ですら眠りに入ろうとする男の意識はそう簡単には覚醒しない。


「あー、こりゃ駄目だ。悪いなアンタ。俺はコイツを連れていかなきゃだから」


「いや、こちらこそ話を聞かせてくれて感謝している。あ、だがそうだな。であればもう一つだけ聞かせてくれぬか?」


「ん? 何だよ?」


「魔導鎧は、魔王城の結界をどうにかできるのか?」


 それはニックの最後の懸念。かつて自分が殴っても破壊できなかった……今ならば壊せそうな気がするが……結界をどうにかできるのであれば、それは本当に「勇者のいらない世界」を実現できるということになる。


 だが目の奥にだけ真剣さを宿したニックの問いに、男は首を傾げて答える。


「どうなんだろ? 俺は知らないけど、そんな話は誰からも聞いたことないから、無理なんじゃないか?」


「おらぁー、知ってるぜぇ! なんか、あれだよ。城の周りを囲んで町を作って、その中に魔王を封じ込めるとかって話だった……かな? そのために人数がいるからぁ! 魔導鎧をガンガン作ってるんだぜぇ!」


「それはまた壮大な計画だな! そんなことが本当にできると?」


「そんなのぁー、俺の知ったこっちゃねぇ! お偉い人の考えるこたぁー、俺みたいな下っ端にはわからねぇのさー……うぷっ」


「あっ、馬鹿、こんなところで吐くなよ!? 悪いなアンタ、じゃ、俺達はこれで。姉ちゃん! お代はここに置いとくから!」


「はーい、まいどー!」


 テーブルの上に銅貨を置くと、酔っ払い達がそう言って帰って行く。その背を静かに見送ってから、ニックはジョッキに残っていた何とも苦い酒を一気に飲み干した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 封じ込め作戦って、古今東西問題の解決に至った事ないんだよなぁ
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