父、噂話を聞く
一〇日ほどの滞在の後、コッツ王国を後にしたニック。その後も旅は順調に続き、今は隣国の王都へと足を踏み入れていた。
「おお、これは凄い活気だな」
城へと続く中央通りには人が溢れており、広々とした道の脇には様々な露店が建ち並ぶ。飲食物以外にも綺麗な細工物や状態のよい服などのちょっとした嗜好品や贅沢品が多めに並んでいる辺り、どうやらこの国はなかなかに好景気なようだ。
「いらっしゃいいらっしゃーい! 本格的に寒くなる前に、暖房用の火の魔石は如何ですかー! 今なら専用の魔法道具も一緒になってお得ですよー!」
「ほぅ、暖房用の魔法道具か」
通りの端からの呼び込みの声に、ニックは軽い興味を引かれて近づいてく。すると如何にも金を持っていそうな身なりをしたニックに、店主の男は嬉しそうに笑顔を作って話しかけてきた。
「いらっしゃい! どうです冒険者の旦那! いい物が揃ってますよ!」
「うむ、見させてもらおう……ところで店主殿。ちと気になったのだが、この辺では一般庶民も暖房用に魔法道具を使うのか?」
熱を生み出せる火の魔石は携帯できて使い勝手もいいが、当然ながら薪を燃やすのに比べればずっと割高だ。各種ギルドや公共施設などの火が燃やせない場所では普通に使われているが、逆に言えば庶民が個人宅で使うとなるとなかなかの贅沢品となる。
無論全く手が届かないなどという高級品ではないが、火種を用意したり薪を運んだりする手間と見合うかと言われれば、大抵の者は薪を燃やすことを選ぶだろう。
「ハハハ。勿論今でも庶民の間じゃ薪がほとんどですよ。でも最近は随分と景気がいいんで、ちょっと贅沢してみようかって人も結構いるんです。寒い朝の水くみを水の魔石でとか薪を運んでの面倒な火起こしを火の魔石でとか、少しお金が出せると毎日の生活が一気に楽になりますからね」
「なるほど、確かに寒い日のそれらは辛いからなぁ。だが景気がいいというのはどういうことだ? 儂の知る限りでは、カッツヤックは良質な金属の取れる鉱山で成り立っている国だったと思ったのだが」
「確かに昔はそうでしたね。でも今の陛下が王妃様と結婚なさってから、随分と経済の方にも力を入れるようになりましてね。おかげでただ鉱石を売るだけじゃなく、自国内で加工してから売ることでそれらを運ぶ人、加工する職人、売りさばく商人と稼げる仕事が一気に増えたんですよ。
そのおかげでここ一〇年くらいは順調に発展していったんですが、それだけならここまでにはなってません。これほど好景気に沸いてるのは、アレのおかげですね」
そう言って店主の男が視線をニックの背後に向ける。釣られてニックが振り返ると、そこには見覚えのあるゴツゴツした鎧を纏った兵士の姿があった。
「あの鎧は……」
「おや、ご存じで? ちょっと前にザッコス帝国から技術提供されたっていう『魔導鎧』ですよ! 王妃様の采配で育ってきた職人達の腕を見込まれて、この国ではあれを大量生産してるんです。
ほら、今世界各国から派遣された兵士さん達が、あれを装備して魔族領域に攻め込んでるでしょう? おかげで需要が絶えることがなくて、今は空前の好景気ってやつですな!」
「そういうことか」
上機嫌に語る店主の男に、ニックは納得の頷きを返す。その後男の店で適当な小物を幾つか買うと、笑顔で頭を下げる男に背を向けニックは再び通りへと戻っていった。
『魔導鎧か……詳細はわからんが、確かザッコス帝国は周辺諸国に全面降伏したのだったな。ならばその時に奪い取った技術がこの国を潤しているということか』
「そのようだな。しかしあれが世に出回り、それどころか魔族との戦争の切り札となっているとはなぁ」
『何だ、気に入らんのか?』
からかうような声で語りかけるオーゼンに、しかしニックは渋顔で答える。
「気に入らんというか、気になるというか……まさかあれも爆発したりするのではないかと言うのがな」
『あー……それは流石に大丈夫なのではないか? 見た目もあの時の兵士達が着ていたものとは若干異なるようだし、きちんと調べて手を加えているのだろう』
「ならいいのだがな。さて、少し早いがそろそろ適当な飯屋を探すか」
町に到着したのが朝だったため、昼にはまだ少し早い。だがこれほど人で賑わっている町となると出遅れれば席がなくなってしまうかも知れない。そう思ったニックは少しだけ早足になって町中を巡り、程なくしていい具合に活気のある食堂のなかに入っていった。
店内は大盛況であり、席に通されたニックの背後では昼間から顔を赤くした中年の男達がエールの入った木製のジョッキを楽しそうに打ち付けている。
「カンパーイ! ……カァー、たまんねぇな! 昼間っから酒が飲めるとは、魔導鎧様々だぜ!」
「だなぁ。あれのおかげでウチの職場も大忙しの大繁盛だ! オマケに俺達が作った魔導鎧でにっくき魔族共をボッコボコにしてるってんだから、これほど気持ちのいいことはねーぜ!」
「そうよ! 金が儲かって世界の役に立つ! 魔導鎧バンザイだ! 給仕のねーちゃんもそう思うだろ?」
「ハイハイ。私としてはおじさん達がツケじゃなく現金でお金を飲んでくれるようになっただけで大助かりですよ」
「ガッハッハ! 違いねぇや!」
楽しげな男達の声に、聞いているニックの方も何だか嬉しくなってくる。だがそんな楽しげな会話も、男達の酒が進むと徐々に不穏な空気を漂わせ始める。
「クハァー! ……にしてもよぉ、国の兵士達が必死になって魔族と戦ってるってのによぉ……勇者の奴は今どこで何してるんだぁ?」
「おいおい、勇者様だろ? 下手なこと言うもんじゃねーぜ?」
「ケッ! だってお前、今の勇者はもうずっと前から全然戦ってねぇじゃねぇか。最後に『ぼうけんのしょ』で戦ったって書いてあったの、いつだか覚えてるか?」
「あー、そう言われると……いつだったっけ? 確か獣人の国で魔王軍の四天王と戦って負けたみたいなのが最後だったっけ?」
「だろぉ? 何だよそれ、全然じゃねぇか! お国の兵士さん達はよぉ、勇者みてぇに強くもないのに、俺達の魔導鎧を着て今も立派に戦ってるわけだ!
なのに勇者は俺達の払った税金で贅沢三昧な暮らしをしてるくせに、全然戦わねぇんだぜ? 今何か……ほら、あれだ。何処にいるんだっけ?」
「前見た時は、海の底だとか書いてあったな。そこから全然動かないって話だけど」
「何だよそりゃ!? 勇者なのに魔族と戦わねぇで、海の底ぉ? 水の中でチャプチャプ遊んでんのか? それとも魔族が怖くて逃げてんのか!?」
「おい、いい加減にしろよ。流石に酔いすぎだぞ?」
「本当のことを言って何が悪いってんだよ! 今代勇者は腰抜けだぁ! あんな奴が逃げ回ってる間にゃあ、俺達の魔導鎧を着た兵士達が魔王軍どころか魔王そのものだって倒してくれるぜ!」
「……まあ、そうなったら確かに世界は平和になるけどよぉ」
大声で勇者を批判する酔っ払いの言葉に、周囲の者は眉をひそめて迷惑そうな顔をしている。
だが誰もそれを止めに入らないのは、多かれ少なかれ誰もが内心で似たようなことを思っているからだ。今まさに人類が初めて魔族領域の奥までその手を伸ばそうとしている時に、一切動きを見せない勇者。その事を不満に思っている者は、決して少なくはない。
「随分と楽しそうな話をしているな。どうだ、酒を奢るから、儂も仲間に入れてくれんか?」
と、そこに横から声をかけてくる者がいる。酔っぱらい達が振り向けば、そこに立っているのは立派な装備に身を包む、身長二メートルを超える巨体の筋肉親父。
「んあぁ? 誰だオメェ?」
「ははは、ただの旅の冒険者だ。おーい、ここにエールを三杯追加だ!」
虚ろな目で自分を見つめる男の返答を待つことなく、ニックは彼らのテーブルにどっかりと腰を下ろし、近くの女給に注文の声をあげた。