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魔王軍、奮闘する

「ちょっとヤバスチャン! これどーなってるワケ!?」


「見たままでヤバス!」


 魔族領域、境界の森。押し寄せる人間……というか基人族の軍勢を相手に、ヤバスチャンとギャルフリアは必死の奮闘をしていた。


「これマズくない? アンタがヤバいヤバいって言うから近くにいる子だけ連れて強引に来たけど、どう見ても負けてんじゃん!」


「だから援軍を要請したのでヤバス!」


「ボルボーンは!? アイツがいればこんな奴らどうとでもなるっしょ!?」


 ボルボーンの使役するアンデッド……に見せかけたゴーレムの軍勢は、こういう入り組んだ場所で大軍を相手にするのならば無類の強さを見せる。なにせ本当の意味で使い捨て(・・・・)にできる軍勢なのだ。魔力さえあれば損耗を気にする必要が無いというのは圧倒的に強い。


「魔王様にも聞いたでヤバスが、あの骨は何処にいるかわからないでヤバス!」


「使えなーい!」


 だが、そのボルボーンはしばらく前から姿を見せていない。ヤバスチャンにしても会ったのはマチョピチュの空が最後であり、一応土軍の幹部などを通じて連絡を試みてはいたが、結局まともな返答は未だきていない。


「ってか、アタシ等が前線で戦ってる時点でマジヤバいでしょ! 何なのこの変な鎧、チョー強いんだけど!?」


「人間側の切り札でヤバス! 見ての通りのヤバさで、しかも今もガンガン量産されているはずでヤバス」


「えっ、それ洒落にならなくない!? あっ!?」


 ヤバスチャンと会話しつつ基人族軍と戦っていたギャルフリアだったが、その視線の先で自分が連れてきた配下の鱗魚族(サハギン)が追いつめられているのを見つける。するとギャルフリアは即座に足に水を宿し、それを猛烈に噴射することで一気に加速して彼らの方へと跳んで行った。


「ホワイトキーック!」


「ぐあっ!? な、何だ!?」


 白波を纏ったギャルフリアの蹴りが剣を振りかぶっていた人間達を弾き飛ばす。そのままそこに着地すると、振り返ることなく背後の配下に声をかけた。


「アンタ達、だいじょーぶ?」


「ギャルフリア様! ええ、何とか……」


「自慢の鱗が欠けちゃったんで、また女の子にはモテなくなりそうですけどね」


 ギャルフリアの言葉に、二人は荒い息を吐きながらもそう答える。顔は笑っているが、部分金属鎧では守り切れない腕や足の鱗は数え切れないほどにひび割れたり剥げ落ちたりして、鮮やかな青緑色の体に幾筋もの赤い血が流れている。


「女の子くらい、アタシが紹介してあげるって! ここは一旦アタシが引き受けるから、アンタ達は傷の手当てをしてきなー」


「で、ですがギャルフリア様! コイツ等かなり強いですよ!?」


「そうです! 一人じゃ危ないですよ!」


「誰に向かって言ってるワケ!? だいじょーぶ、アタシは水の四天王、流水偶像(アクアイドル)ギャルフリア様なんだから! ほら、さっさと行った行った!」


「くっ……すぐ! すぐに戻りますから、少しだけお願いします!」


 悔しげに顔を歪めてから、二人がすぐにその場を走り去っていく。それを見送ったギャルフリアは、警戒して周囲を固めていた人間の兵士達に完全に意識を集中させる。


「さあ、アタシはアイツ等とは違うってとこ、存分に見せてあげるから!」


 ギャルフリアの背後に、大きな水柱がそそり立つ。それを開戦の合図として、人間と魔族の死闘が再び幕を開けた。





(これは本格的にヤバいでヤバス……)


 襲い来る敵をいなしながら、ヤバスチャンは内心でそう呟く。敵の身につける魔導鎧の性能はヤバスチャンの予想以上に高く、六人一組という小隊行動を徹底していることもありなかなか隙を見せてこない。


 しかも魔導鎧の増産に伴って援軍が駆けつけてくるため、今や敵軍の総数は当初の倍近くまで膨れ上がっており、更にまだ増え続けている。


 そうして潤沢な人員と魔導鎧の力に支えられ、死なないことを徹底した兵の運用を繰り返されることで、魔族側はジワジワとその戦力を削られていた。


(私でこれなら、配下達はかなりヤバいでヤバス。これ以上戦力を消耗したら、それこそ立て直しもできなくなってしまう……どうするでヤバス?)


 致命的な隙を晒さないギリギリの時間で、ヤバスチャンは戦いながら周囲にも視線を巡らせていく。その先々では配下達が必死に応戦していたが、無傷の者達は一人もいない。


(もはや勝ちは望めないでヤバス。あとは撤退するタイミングを見計らうしかないでヤバスが……ああ、ヤバトが完成していれば……っ!)


 あまりにも不利な現状に、ヤバスチャンはらしくない愚痴を心でこぼす。こういうときの為に作っていた切り札たる浮宙戦艦ヤバトはまだまだ未完成であり、とてもではないが戦場に出せるものではない。


 またここまで押し込まれた状況ではワリードリッヒに裏切らせるのも意味が無い。そもそもギリギリス王国の国民や兵士は皆普通の人間であり、即座に寝返らせることができるのはあらかじめワリードリッヒが魅了の力を仕込んでいる一〇〇人程度。


 それらの者達が思想誘導を行って国全体の動きを操るというのが本来の使い方なので、その中の更に一部、軍務に着いている者たかだか十数人をこの場で寝返らせたとしても些細な混乱を生む程度の結果しか望めない。


『申し訳ありませんヤバスチャン様。残存兵力が六割を切りました。これ以上は戦線を維持できません』


『すまねぇ旦那! ウチの方ももう無理だ!』


 そんなヤバスチャンの耳に、普通の人では聞こえない高周波を用いた連絡が次々と届いてくる。その全てが限界を告げるものであり、もはや一刻の猶予もない。


『仕方ないでヤバス。全軍、応戦しつつ緩やかに後退していくでヤバス。殿は――』


「「「ワァァァァァァァァ!!!」」」


「っ!?」


 不意に、戦場で大きな歓声があがる。それが味方なら頼もしいことだが、この戦況でそれはないだろう。


「あの方角は……まさか!?」


「戦闘中によそ見とは、余裕だな四天王!」


「邪魔でヤバス! ヤバスラッシャー!」


「ぐあっ!?」


 ヤバスチャンが勢いよく腕を振るうと、その軌跡から生み出された血の刃が敵に向かって飛んでいく。そうして生まれた隙に全速力で声のした方へ飛んでいくと、そこには敵兵に囲まれ、全身から血を流して倒れているギャルフリアの姿がある。


「とどめだ、四天王!」


「させないでヤバス! ヤバスティンガー!」


 突き出した拳から血の槍が飛びだし、ギャルフリア目がけて剣を振り下ろそうとしていた兵士が吹き飛ぶ。不意を突いたこともあり胴体に風穴を開けて吹き飛んでいく兵士を尻目に、その場に激突するように着地したヤバスチャンは即座にギャルフリアを抱え上げる。


「ごめん、ヤバスチャン……水辺なら、もうちょっとイケるんだけどなぁ……」


「こっちこそ、ヤバいほど無理を言ってすまなかったでヤバス」


「推定、高位魔族。完全防御状態じゃなかったとは言え、魔導鎧を貫く攻撃力の持ち主だ。全員警戒を怠らず、油断なく削り殺せ」


 そんな声を掛け合うヤバスチャン達を、五人になった兵士達が扇状に取り囲む。先程の無理矢理な飛行で大量の魔力を消費してしまったために、今のヤバスチャンでは彼らを倒すどころか振り切って逃げることもかなり難しい。


「で、どーするわけヤバスチャン? ひょっとして誰か助けに来てくれるとか?」


「そんな宛ては無いでヤバスが……こんな状況だからこそ、使える手もあるのでヤバス」


 そう言って笑うと、ヤバスチャンは懐から暗紫色の小さな石ころを取り出す。それはヤバスの力を今可能な極限まで凝縮させた物体……その名もヤバ石。


「ふふふ、これほどにヤバい状況で、更に高濃度のヤバスの力を取り込めば、きっと……」


 何処か焦点の定まらない目をしたまま、ヤバスチャンがその石を口に入れて噛み砕く。一瞬にして全身に行き渡る魔力とはまた違う力が、肉体どころか魂さえも打ち砕かんと暴れ狂うが――


「さらばでヤバス! ヤバポーテーション!」


 高らかにそう叫べば、ヤバスチャンの体が瞬時にその場から掻き消える。それを見送った人間の兵士達は不可視化を警戒して魔法道具による探査を行うも、その反応がなかったことで少しだけ肩の力を緩める。


「空間転移とは……腐っても四天王ということか。だが敵の首魁は逃げ去った! 勝ち鬨をあげろ!」


「「「ウォォォォォォォォ!!!」」」


 血を揺るがすような大音響で、人類が勝利を謳う。この日より一週間後、人類は遂に境界の森を抜け、真なる魔族領域への侵攻を開始した。







「では、報告を聞くでアール」


「基人族軍と交戦した者のうち、ギャルフリア様は負傷によりご実家に搬送されました。魔導鎧を身につけた兵の攻撃は傷口に残留魔力が残るため回復魔法が効きにくく、復帰にはかなりの時間がかかるとのことです」


「謎の力で空間転移を成功させたヤバスチャン様ですが……転移先が聖水を満たした自宅の浴槽だったということで、現在も意識不明の重体です。流石に滅びることはないと思いますが、こちらも復帰には相当の時間を必要とするかと」


「その他、風の四天王軍は最終的な損耗率が四割を超えております。ヤバスチャン様の不在もあって、事実上戦力としては数えられないかと」


「水の四天王軍は元々今回の戦の参加人数が少なかったこともあり、被害はほぼありません。こちらは通常通りに食料生産に従事しております」


「コツコツコツ。そうでアールか……ヤバスチャンのヤバス? の力だけは本気で謎でアールが、それ以外は大体想定通りでアール。


 では、引き続き宜しく頼むのでアール」


「「「「仰せのままに」」」」


 その言葉と共に、ボルボーンの正面に浮いていた四つの髑髏がポトリと地面に落ちる。するとそれらは一斉に塵に変わり、後には何も残らない。


 ただ一人、命を持たぬ骨男だけがその場で静かに笑い続けていた。

※はみ出しお父さん ヤバポーテーション


自分の周囲から「ヤバい場所」を見つけ出し、そこに転移する魔法(?)。発動するのに大量の魔力と魂を削るほどのヤバスの力が必要になるうえに、発動者にとって最もヤバい場所を選んで転移するため、使い道はかなり限られる。

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