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父、世界に夢を見る

「ジュバンだと!? 一応言うが、その名、戯れで口にできるようなものではないぞ?」


「無論です。こちらを確認していただければいいかと」


 そう言ってニックが魔法の鞄(ストレージバッグ)から取り出したのは、青く輝く宝石の中に金で紋章の描かれた指輪。もはや対等であるニックがその指輪を直接ゲーン王に手渡すと、ゲーンはそれを真剣に見つめる。


「……確かに、これはジュバンの紋章を刻んだ指輪に間違いない。なるほどそうか、貴殿はジュバン卿であったのか」


 指輪をニックに返しながら、ゲーン王が噛みしめるように言う。その名を呼ぶ顔にもはやニックに対する侮りはなく、宿すのはただ王の威厳のみ。


「それで、どうですかな? 娘のついでにもらった名とは言え、魔物を城に置く責を背負える程度には大きな名だと思うのですが」


「む、そうだな……」


 単なる旅の冒険者だと思ったからこそ怒りを覚えた言葉も、ジュバン卿の言葉となれば話が変わる。勇者本人でないことは気になるが、それでも世界に二人しかいない、世界に通じるいわば「勇者家」とでも言うべき家名が責任を負ってくれるというのであれば、大抵のことはどうにでもなるだろう。


「確認だが、ジュバン卿の言う『責任を負う』というのは如何なるものであるだろうか? もう少し具体的に聞いてみたいのだが」


「そうですな。この猫が万が一暴れて被害を出すようであれば、それに対する金銭的な補償の一切と、要請があればその捕獲や討伐も請け負いましょう。加えてこの猫の存在が貴国に取って不利益を与える場合、それに関する諸問題を私が保証しているという理由でこちらに投げてもらっても構いません」


「……本気か?」


 ニックの提示した条件に、ゲーン王は露骨に眉をしかめてみせる。その気になればどうとでも悪用でき、適用範囲を広げて莫大な金銭や重篤な責務を要求できる「白紙委任状」に近いその条件は、まともな政治家ならば絶対に提示しないような内容だ。


「ええ、本気ですとも。そのくらいしなければ、きっと陛下は納得なされないはず」


「それはそうだが……わからん。そうまでしてこの城にこの魔物を匿うことにどんな意味がある? 一体貴殿は何を目的としているのだ!?」


 今までのやりとりから、ニックが権力の扱い方を知らないただの馬鹿とは思えない。だからこそゲーン王は警戒心を露わにして問いかける。目的の見えない善意ほど恐ろしいものはないのだから。


 そしてその考えはニックにもわかる。わかるからこそニックは笑う。


「ふふ、目的ですか……子供が、両殿下が悲しむのを見たくないという気持ちもありますが、一番の目的は娘の為ですな」


「娘? ということ、勇者様のことか?」


「そうです。私は信じているのですよ。娘が目指す未来には……きっと今までよりもずっと笑顔の者が多くなることを」


 勇者(フレイ)の目指す、誰もが笑顔で過ごせる世界。自分達の娘ならば、そこにサビシやこの猫のように人と寄り添うことを選んだ魔物や、ヤバスティーナとその家族のような魔族が加わることだってあるだろう。


 その布石となるならば、責任など幾らでも背負える。そんなニックの覚悟の前に、ゲーン王はしばし考え……そして決断を下した。





「猫ちゃーん!」


『ちょっとやめてよ! 暑苦しい! 鬱陶しい!』


「ふふーん、猫ちゃん猫ちゃーん! すりすりすりー」


 ほとんどの人のいなくなった、謁見の間。檻から出された猫に対し、ポーンがガッシリと抱きついて頬を擦り付けている。それに対して猫は嫌そうな声を出してはいるが、クルリと丸まった尻尾がさりげなくポーンの背中を撫でているあたり、本気で嫌がっていることはないだろう。


『ハァ。まさか本当にお城で暮らせるようにニャるニャんてね……どうせ勝てニャいからアンタの言う通り黙って捕まったけど、こんな結果想像すらしてニャかったわよ?』


 猫からしてみれば、ニックはどうやっても勝てない上位者だ。ならば目をつけられた時点で生殺与奪の権利はニックに握られていたようなものなので黙って従ったが、その結果がこうなるなど、それこそ夢にも思っていなかった。


「ははは。儂としてもここまで上手くいくとは思わなかったな。まあそれもこれもポーンとハーンがお主を庇ったからであろう。それがなければこの結末は絶対にあり得んよ」


「猫ちゃんを庇うのなんて当然です! なにせ私は猫ちゃんのお友達なんですからね! ねー、猫ちゃん? すりすりすりー」


『だから鬱陶しいって言ってるでしょ!? あーもう! あんまり強く擦ったら毛並みが禿げちゃうわよ!」


「そうなんですか? 禿げちゃっても猫ちゃんは猫ちゃんですから、大丈夫ですよ」


『そういうことじゃニャいの!』


「……………………」


 そんな風に楽しくじゃれ合う姉と猫を、ハーンは少し遠くから見つめている。その何とも言えない視線に、ニックはそっと近くに歩み寄って声をかけた。


「どうした? お主は行かんのか?」


「ジュバン卿……いや、俺は……」


「遠慮することはないぞ? あの猫を助けられたのは、間違いなくお主の言葉があったからだ」


「そう、かな? 俺はただ、助けてもらったから助けたいって思っただけで……」


 呟くようなハーンの言葉に、ニックは大きな手でワシワシとハーンの頭を撫でる。


「それこそが大切だったのだ。力とは恐ろしいものだ。それは自分を傷つけようとするものだけではなく、自分を助けようとするものであっても変わらない。


 あの日お主は随分と怖い思いをしたのだろう? だがそこで振るわれた力に怯えるのではなく、感謝と恩義を貫いた。それはお主が強く正しい心を持っている証拠であり、だからこそあの猫は今ここにこうしているのだ」


 実際、もしハーンが怯えて猫の処分を拒まなかったり、あるいはポーンの思い入れがもっと弱かったりした場合、ニックは自分が得られる褒賞としてあの猫を引き取るつもりでいた。その後は猫の望み如何でしばらく一緒に旅をするのか何処か野に放つのかの違いはあっただろうが、少なくともポーン達とのまっとうな再会は二度と叶わなかったことだろう。


「誇れ、ハーン。お主の勇気と優しさが、姉の笑顔を守ったのだ」


「俺が……そっか」


 小さく、だが確かに微笑むハーンの顔に、ニックもまた満足げに笑顔を浮かべる。


「なあ、ジュバン卿。俺にその……剣術とか教えてくれないかな?」


「む? 何だ突然?」


「いや、その……俺、このところずっとあんまり真面目に勉強とか訓練とかしてなかったから……せめて自分の身を守れるくらいには強くなりたいなって」


「ほぅ? 儂の訓練はそれなりに厳しいぞ?」


「が、頑張るさ! アイツ等に襲われた時に比べたら、訓練くらい!」


 やる気を見せるハーンに、ニックは楽しそうな笑みを浮かべて答える。


「言ったな? いいだろう。そう長くは滞在できんが、やる気があるならばしばし鍛えてやろう」


「何なに? 何ですか? ハーンとおじさまで何か楽しいことを始めるんですか?」


「姉上!? ち、違う! 俺はちょっとジュバン卿に訓練してもらおうと思って……」


「ハーンが!? なら私も! 私も訓練したいです! こう、えいやー! って感じで悪人をバッタバッタとなぎ倒せる感じになりたいです!」


『ポーンちゃんはやめておいた方がいいわよ? 絶対自分の手を切っちゃうから』


「そんなことないです! そんな意地悪を言う猫ちゃんには……わしゃわしゃわしゃー!」


『ちょっ、やめて! 毛並みを逆立てないで!』


「ふふふ、望むのであれば誰にでも稽古はつけよう。血反吐を吐くつもりがあるのであれば、一週間でムキムキに……」


「えっと、ごめんなさいジュバン卿。そこまでは……」


「私も、ムキムキはちょっと……」


「むぅ……」


『当たり前だ馬鹿者が』


 少々ガッカリするニックに、オーゼンからのツッコミが入る。その後ニックが剣術の素人であることに驚かれたり、頑張るポーンとハーンの姿に触発されたゲーン王やモーロックまで訓練に参加するようになったりと、普段は静かな城内にしばし喧噪が響き渡るようになるのだった。

※はみ出しお父さん ポーン姫の秘密


実はポーン姫は極めて優れた潜在魔力を有しているのだが、知識も技術も身につかないためそれを生かすような魔法は使えず、結果としてほとんどの者がその事実を忘れている。


もっとも高い潜在魔力を有しているが故にとある貴族が「ただの綺麗な石」として幼いポーンに贈った古代の魔導具「ヌケール・ニゲール」を偶然起動させて城内に抜け道を作っていたり、猫が張った人払いの結界を無視してその存在を感知したりしている。ニックが現れる日までに致命的な事故や事件に巻き込まれなかったり、妙なところで勘が働くのも無意識の魔力感知で「なんとなく」物事を感じ取っているからなのだ。


ではなぜニックが来た日には騙されかけていたのかと言えば、「ポーンの能力で即座に家が買える大金を稼ぐ方法」を探していたからなのだが……そこにニックが現れる辺り、ぽんこつ姫様は人々だけでなく世界にも愛されていると言えるのかも知れない。

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