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父、利益を説く

「……何のつもりかな? 冒険者殿」


 突然声を掛けたニックに、ゲーン王は若干不快そうな声をあげる。父としてのみならず王としての話し合いに完全な部外者であるニックが割って入ってきたことはかなり不敬な行為であり、その程度で我慢したのはそもそもこんな話を人前でするべきではなかったという理性とニックの功績が頭に残っていたからに過ぎない。


「陛下の会話に割り込む無礼を、どうぞお許しください。しかしここに控えて話を聞いておりましたところ、どうやら私が陛下の懸念を拭い去る一助のなれるものと思い、失礼ながら声をかけさせていただきました」


 そして、それは勿論ニックも自覚している。だからこそ大げさに下手に出てみせた態度に、ゲーンはやや表情を軟化させた。


「そういうことなら、申してみよ。聞くだけならば聞いてみよう」


「ありがとうございます。では、先程の陛下のお言葉、国に魔物を匿うことによって生じる不利益を上回る利益を提供できれば両殿下方の願いを聞き入れることもやぶさかではないということでしたが……まずはこの猫がいることによって生じる利益と不利益をきちんと精査することから語らせていただきます。


 魔物が国にいることによる不利益は先程陛下が語られましたので端折りますが、利益の方は……まずは両殿下が喜ぶということですな」


「それは……否定はせぬが、そんなものを国益と天秤にはかけられぬぞ?」


 ニックの言葉に、ゲーンがはっきりとそう答える。すぐ側ではポーンが何か言いたげな顔をしていたが、誰もそれを気にしない。もしモーロックがこの場にいれば違ったのだろうが、娘と一緒に暴走されると本気で話が進まないため、今は王命によりこの場には来ていない。


「勿論承知しております。では他の利益となると……誰でも思いつくのは国を守護する力となってもらうことですな。ですが私のみたところ、この猫の戦闘力はさほどでもありません。これから長い時を経て力をつけていけばわかりませんが、現状では武装した兵が二、三人もいれば十分な余裕をもって討伐することが可能でしょう」


「む、その程度なのか? ポーンやハーンを襲った武装した悪漢を圧倒したというから、もっとずっと強いのかと思ったが」


「ははは。言葉を話す魔物は総じて高位の存在ではありますが、それはその知恵こそが脅威なのであり、持って生まれた力そのものは大小様々です。なかでもこの猫は特に弱いかと思われます」


『フンッ! ニャによ、随分言ってくれるじゃニャい』


 ニックの言葉に、檻の中で不満そうに猫が鼻を鳴らす。だが実際現段階での猫はそれほど強いわけではなく、銀級冒険者が一人で十分倒せる程度でしかない。それは脅威度としてはかなり低く、少なくとも国が動くような戦力ではない。


「ですが、弱いというのは決して悪い事ばかりではありません。弱い……つまり脅威ではないということは、益と共に不利益も減らしてくれるかと」


「まあ、そうだな。強大な魔獣を囲うとなれば警備や対外的な対処も必要となるが、その程度であれば不満が出るところは限られるであろう。だがそれだけでは無理だぞ?」


 ゲーン王の声が、大分柔らかくなる。魔法によって幾重にも強化された特製の檻に入れられているから大人しいのではなく、元々大したことがない魔物ということであれば取るべき対処も随分と変わってくる。


「無論です。最後にして最大の利益は……魔族との交渉に役立つかも知れないということですな」


「魔族と……交渉?」


 今までとは全く方向性の違うニックの提案に、ゲーン王は大きく首を傾げる。


「どういうことだ? この魔物が魔族にとって何らかの弱点、あるいは取引材料になるということか?」


「そうではありません。もしもこの先魔族との和平交渉が結ばれたならば、『他国に先んじて国内に、それも王族が魔物と平和に暮らしていた』というのは大きな利点となりましょう。それこそ他の大国を差し置いて、人類の代表国家となる可能性すらあります」


「魔族と和平交渉だと!? あり得ん!」


 ニックの言葉を、ゲーン王は激しい口調で切って捨てる。その勢いに側にいたハーンは身を縮ませていたが、怒声を正面から受け止めてなおニックに怯む様子は一切無い。


「あり得ない……ということこそあり得ますまい。現に今、我らの目の前には人を助ける魔物がいるのですから。激しい戦をしていればこそその先を見据えるのが王。であれば魔族との戦争が終わったあとのことを考えるのは決して間違いではないのでは?


 それとも陛下は、この世界の三分の一を統べる魔族達を全滅させることができるなどと本気でお思いか?」


「それは……」


 ニックの問いに、ゲーン王は口ごもる。そもそものところ、自国内という極めて狭い範囲ですらゴブリンを駆逐することなどできないのだから、世界の三分の一という広大な土地に住むどれだけいるのかわからない魔族や、世界中に散らばっている魔物を倒しきることなど一〇〇〇年かけてもできるはずもない。


 不倶戴天の敵として魔族や魔物は駆逐しなければという意思こそ持っているが、魔物はともかく魔族に関しては相手の戦力を大きく削り、人類にとって優位な条件で停戦条約を結ばせるというのが現実的な落としどころなのはゲーン王とて理解しているのだ。


 そしてその際、魔族や魔物に多少なりとも理解があるという立ち位置を取れれば確かに列強の大国を差し置いて戦後の主導権を取れる可能性はある。それはコッツ王国という小国を揺るぎのない大国へと進ませる一歩となり得るものだが……


「いや、駄目だ。貴殿の語る言葉に利があることは理解できるが、それでもやはり魔物を匿うのは危険が大きすぎる。何も知らぬとただの猫として飼うにしても、何らかの不確定要素で秘密が漏れた場合の被害がな……」


 魔物と知らずに城に招き入れてしまったとなれば、それはそれで王家の醜聞となる。王への誹りはそのまま国の評価になるものなので、その程度と馬鹿にすることもできない。


「そんな!? お父様、そのくらいなら何とかなりませんか? えーっと……ほら、私がお馬鹿で気づかなかったことにするとか!」


「同じ事だポーンよ。お前が連れてきた猫の正体に気づかなかったとなれば、やはり王である余やこの城の警備に問題があるということになってしまう。魔物の侵入に気づかない王城だと揶揄されては、今後の兵の集まりにも影響が出てしまう」


「父上……ならせめて、殺さないようにはできませんか? この猫の強さなら、そのくらいはいいんですよね?」


「ハーン……そうだな。そのくらいなら何とか……」


「それは嫌です! 私はこれからもずっと猫ちゃんと一緒にいたいんです!」


「ポーン! これ以上我が儘を言うでない!」


「お父様!」


「フッフッフ……」


 必死に食い下がる子供達に、ゲーン王は困った顔で対応を続ける。だがそこで不意にニックから不敵な笑みが聞こえ、王達の視線がニックに戻る。


「何だ? どうしたのだ冒険者殿。まだ何かあるのか?」


「はい、陛下。陛下がこの猫を城におけない理由は、結局の所魔物が城にいることを王として許可できない……つまりはその責任を国としては背負えないからで間違いございませんか?」


「うむ、そうだな」


 王城に魔物を置く決断をすれば、その責任は当然王にある。そんな当たり前のことを聞くニックにゲーンは訝しげな表情をみせるが、そんなゲーンにニックはニヤリと笑って力強い視線を向ける。


「であれば、その責任を私が背負いましょう」


「……お前は何を言っているのだ? たかが一介の冒険者がどんな責任を背負えるというのだ?」


 ゲーン王の表情が、今までになく厳しくなる。思い上がりも甚だしいその一言は子供達を助けてもらった恩義をもってしても許容できる範囲を超えており、その返答如何では相応の罰を与えることも考えていたが……あろうことかニックは王の許可無くその場でスッと立ち上がり、自分よりも頭一つ分低い王の顔を見下ろしながら堂々と言う。


「では、改めて名乗らせてもらいましょう。私の名はニック・ジュバン。今代勇者フレイ・ジュバンの父にして、あまねく世界の国々からジュバンの名を頂いた者です」


「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 ニックの上げた名乗りに、謁見の間を今日一番の驚きの声が満たした。

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