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拳骨王、説得する

「我が儘もいい加減にしなさい!」


「我が儘はお父様の方です!」


「むぅぅ……衛兵! ポーンを檻から引き離せ!」


「はっ!? いや、しかし……」


 怒鳴るような王の命令に、檻の周りに展開していた兵士達から困惑の声が漏れる。如何に王命とはいえ、王女に実力行使するのは流石に躊躇われたのだ。


「構わん、やれ!」


「わ、わかりました。姫様、お許しください」


「嫌です! 離して! 猫ちゃん!」


『ちょっとアンタ達、自分のご主人様に乱暴するんじゃニャいわよ!』


「くぅぅ……」


 あろうことか猫に諭され、暴れるポーンを押さえつける兵士の顔に苦渋が満ちる。それでも何とかポーンを檻から引き離すが、振り回される手足が衛兵の着ている鎧にぶつかり、ポーンのはめていた白い手袋の背にうっすらと血すら滲み始める。


「離して! 離してください!」


「へ、陛下! 申し訳ありません、これ以上は……っ」


「…………はぁ。わかった、離してやれ」


 疲れた表情でゲーン王がそう言えば、ホッとした表情の兵士の腕から解き放たれたポーンが一目散に猫の檻まで走って行く。そうして再び檻に縋り付くと、二度と離さないとばかりにガッチリと腕を絡めてしまった。


「猫ちゃん! もう大丈夫ですよ。私がきっと猫ちゃんを守りますから!」


『まったく、ポーンちゃんは本当に無茶苦茶やるわねぇ』


 親しげに言葉を交わす娘と猫。その光景を目の当たりにし、ゲーンは一つ大きなため息をついてから娘に声をかける。


「ハァァ……なあポーンよ。何故そこまでその猫を庇う? それは危険な魔物なのだぞ?」


「猫ちゃんは安全です! というか、何故お父様は猫ちゃんを危険だと言うのですか?」


「人を襲って怪我をさせた魔物だからだ!」


「それは私達を助けるためだと言ったではないですか! 私は小さい頃から猫ちゃんと一緒でしたけど、襲われたことなんて一度もありません!」


「これまではそうだったかも知れん。だがこれからもそうだとは限らん。一度でも人を襲ったならば、それはもう危険な魔物だ。余は王として民を守るため、魔物は排除せねばならんのだ」


「そんなことを言い出したら、悪い人を捕まえるために戦った衛兵さんだって危険だということで追い出さなければならないじゃないですか! 誰かを守る為に力を振るった人を追い出すのが正しいとお父様は仰るのですか!?」


「ええい、屁理屈を言うな!」


「屁理屈なんかじゃありません! 私は思ったことを口にしているだけです!」


 父と娘、ゲーンとポーンが真っ正面からにらみ合う。片方は王として、片方は友を守るため、どちらも一歩も引くつもりのない睨み合いに口を挟んだのは、王の横に控えていたセイ王妃だ。


「二人ともそこまでになさいませ。少なくともお客人の前でするようなことではありませんよ?」


「むっ……そうだな」


 その言葉にすぐ側にニックが控えていたことを思い出し、ゲーン王が熱くなっていた頭を冷やす。それを見たポーンもまた少しだけ心を落ち着け、改めて父に己の疑問を問いただした。


「あの、お父様。もう一度お聞かせください。どうして猫ちゃんを殺さないといけないのですか?」


「ん? 何度も言っているだろう。それが危険な魔物だからだ」


「……それは同じものなのですか?」


「? どういう意味だ?」


 娘の発した言葉の意味がわからず、ゲーンは思わず首を傾げる。


「ですから、その『危険』というのと『魔物』というのは同じものなのですか?」


「は? 何を言って――」


「私、思うんです。もし猫ちゃんが突然暴れて人を傷つけるような子だったなら、可哀想だとは思ってもどうにかして暴れないようにすることは必要だと思います。


 でも、猫ちゃんが魔物だから殺すというのは違うんじゃありませんか? だって、魔物ってだけで何も悪い事はしてないじゃないですか」


 ポーンの顔に浮かぶ、純粋な疑問。だがそれを正面から受け止めて、ゲーンは再び大きなため息をつく。


「何を言い出すかと思えば……あのなぁポーン。我ら人類はもうずっと昔から魔物と戦ってきたのだ。魔物は人類の敵であり、倒すべき存在。それは当たり前の常識であり、魔物を殺すのは人として為すべき事なのだ」


「それがわからないんです。たとえば戦争になれば、相手の国の人達を『敵』と一纏めにしちゃいますけど、実際にはいい人もいれば悪い人もいるでしょう? なら魔物だって一纏めに敵じゃなくて、いい魔物もいれば悪い魔物もいるんじゃないでしょうか?


 そういうことなら猫ちゃんはいい魔物なので、酷い事をする必要はないと私は思うんです」


「いい、魔物……!?」


 ゲーン王にとって、いやこの場にいるほとんどの者にとって、それは今まで考えたこともないことだった。魔物は魔物である時点で敵であり、能力の違いはあれどそこに善悪などというものがあることを意識したことは生涯で一度もない。


「……ポーンよ、そんなものはいない。この世界に『いい魔物』などというのは存在しないのだ」


 だからこそ、受け入れられない。世界中のどんな歴史を紐解いても、そこに「いい魔物」の存在など記載されていない。過去と現在において世界中の人々が「悪い魔物」しか認識していないのであれば、「いい魔物」などというのは存在しないのと同義なのだ。


「でも、ここに――」


「仮にだ! 仮にその猫がお前の言う『いい魔物』だったとして……だがそれを誰が信じる? 誰が受け入れるというのだ!?


 今世界は魔物の、魔族の討伐に躍起になっている。ザッコス帝国からもたらされた新技術によって人類はかつて無いほどに魔族領域に攻め込むことに成功し、魔族や魔物を倒すべしという気運はこれ以上無い程に高まっているのだ。


 そんな折、この城にて魔物がかくまわれていると知られたら、世間はどう思う? 魔物を庇う変わり者どころか、魔族に内通する裏切り者扱いされることすらあるのだぞ?


 その時お前はどうするのだ? その魔物一匹を守るために、この国に住む国民全てを『人類の裏切り者』として差し出すことを選ぶのか!?」


「えっと…………ごめんなさいお父様。お話が長くて、あんまりよくわからなかったです……」


 拳を振り上げ力説していたゲーンだったが、申し訳なさそうな顔の娘の言葉に体の力が抜けていくのを感じる。もし狙ってやっているなら大した物だが、そうではないことは親であるゲーンが一番よくわかっている。


「あぁ……まあ、あれだ。その猫を庇うと、この国の人々が他の国の人々に酷い目に遭わされるかも知れないということだ。どうだ? それでもお前はその猫を庇いたいか?」


「うっ……猫ちゃんは大事なお友達ですけど、いつも美味しい串焼きを売ってくれるおばさまとか、可愛い木彫りの動物を売っている職人さんとかも素敵な人達ですし……どっちかなんて選べないです」


「そうか。お前ならそうであろうな。だが王であればそれを選ばなければならないのだ。だから余は魔物……その猫ではなく民を選んだ。それだけ……そう、たったそれだけのことなのだ」


 呟くようにそう言うと、ゲーンは肩を落として口を閉じた。王の仕事は決断であり、娘達を守った恩人ではなく民を選んだ。その判断に後悔はなく、またそれを変えるつもりも全く無い。


「さあ、どうするポーン。お前はどちらを選ぶのだ?」


「私は……やっぱり選べないです。どっちも大事です」


「いや、だからだな――」


「父上。俺も……俺もその両方が欲しいです」


「ハーン?」


 今までジッと黙っていたハーンが、二人の会話に割り込んでくる。だがその答えは望ましいものではなく、ゲーンの表情が険しくなる。


「ハーン。ポーンと違い、お前は余の次の王となる男だ。であればそんな都合のいい選択をさせるわけにはいかん。存在しない答えに手を伸ばしてしまえば、両方共に失うことすらあるのだぞ?」


「ですが父上、元はと言えば俺が姉上をつけたのが悪いんです。そのせいで猫が俺を助けようとしてくれたんだから……だからどうしても助けたいんです。


 本当に殺すしかないのですか? たとえ困難であっても、もっと他に取り得る手段は本当に何も無いのですか?」


「それは……」


 ここしばらく聞いていなかった真面目なハーンの言葉遣いに、ゲーンはしばし目を閉じて考え込む。


 方法があるかないかで言えば、無論ある。たとえば単純に野に放って知らんふりをしておけばそれだけでもいいのだ。


 だが、その場合この魔物がもし繁殖し、人に牙を剥くようになれば大きな被害が出るかも知れない。自国内だけですめばまだマシで、隣国にまで魔物の勢力圏が拡大してしまえばそれこそ侵略行為ととられ、今後何代にも渡って重い借り(・・)を背負わされることになる。


「どんな手段をとっても、その魔物を助けるのは国に不利益を生むことになる。それを覆せる利益を見いだせるならば話は別だが……」


「ほほぅ。そういうことでしたら、是非とも私にも一枚噛ませていただけませんかな?」


 王族達の会話に、唐突に割り込む声。その場の全員が顔を向けた先にいたのは、それまでジッと黙って話の流れを見守っていた筋肉親父であった。

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