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猫、暴走する

「姉上!?」


『ポーンちゃん!?』


「な、何だテメェ!? って、お前は昼間の?」


「あぐっ……」


 ポーンの肩口に刺さっていたナイフを慌てて男が引き抜いたことで、ポーンが苦痛にうめき声をあげる。同時に傷口からは結構な勢いで血が流れていき、白いドレスに赤い川がみるみるうちに広がっていく。


「チッ、俺としたことが猫に集中しすぎたか。おい、お前等回復薬とか持ってるか?」


「暴れるんじゃねぇよ糞がっ! 俺は持ってないです」


「俺も……持ってたら自分に使ってますよ……」


 ナイフについた血を拭いつつ頭目の男が問えば、姉を刺されて大暴れするハーンを押さえつけたままの男とようやくスネの痛みがおさまって起き上がってきた男の双方が答える。


 だがどちらの答えも頭目の男の望むところではなく、その顔が露骨にしかめられる。


「使えねーな。傷が残ってると大分買いたたかれちまうんだがなぁ」


「姉上! 姉上! 何やってるんだよ! 早く手当しなくちゃ、姉上が死んじゃうだろ!」


「ハッ! 肩を刺されたくらいでそんな簡単に死ぬわけねーだろ。もういいや、そいつも殴って黙らせとけ。二人になったうえにこんだけ血を流されたら、普通の方法じゃ運べないからな。


 あー、くそっ! どうやって運ぶかな……」


「了解です兄貴。寝とけガキ」


「はぐっ…………あね、うえ……」


 頭目の男の指示を受け、手下の男の拳がハーンの腹にめり込む。幼い王子はその激痛にあっさりと意識を手放したが、ポーンはその事に気づかない。生まれて初めて感じる激痛と大量の出血が意識の集中を許さず、その目に映るのは唯一すぐ側で倒れている猫の姿のみ。


「だい……じょうぶですか? 猫ちゃん……?」


『ニャんで!? ニャんでアンタがここにいるの!? どうしてこんニャ……!?』


「ふふふ……私頭は悪いですけど、こういうときの勘はわりと鋭いんです……気になって、戻って来ちゃいました……」


『それにしたって、何でアタシを助けるためにアンタが怪我をするのよ!? これじゃまるっきり逆じゃニャい! いつだってアタシがアンタを助けてたのに……』


「そう、ですね……だから、たまには私が猫ちゃんを助けられて……よかったです……」


『ポーンちゃん……』


「よし、決まった! おいお前等、移動するぞ!」


「あぐぅ!?」


『ポーンちゃん!?』


 猫とポーンの会話など全く気にしていない頭目の男が、不意にポーンの怪我をした方の腕をグイッと掴みあげる。その激痛にポーンはうめき声をあげるが、それすら男は気にしない。


『ニャにするのよ! ポーンちゃんは怪我してるのよ!』


「あぁ? 知るか糞猫が。俺は今忙しいんだよ。つーかお前ももう死んどけや」


 ここまで時間がたって何もしてこなかった以上、もうこの猫に戦う力が残っているとは思えない。ならば刃物など使わずとも猫の頭なんて踏み潰せばいいとばかりに男は足を振り上げ、思いきり地面へと降ろすが……


「うぉっ!? 何だ!?」


『……もういい』


 男の足が、不思議な弾力によって阻まれる。一瞬ぐにゃりとした感触の後勢いよく足が弾き返され、その勢いで思わず倒れそうになる。


「くそっ、まだそんな魔法が使えやがったのか! なら今度こそきっちり――」


『もういいって言ってるのよ』


 大きく見開かれた金色の瞳が、深く暗い青へと変わる。それは魔力の奔流であり、猫の全身に急速に魔力が満ちていく。


『本当ニャらもっと落ち着けるところでゆっくりやらニャきゃ駄目ニャんだけど……もういいわ。そんニャの知ったことじゃニャい』


 二股に分かれた猫の尻尾、その根元から更に一筋光の筋が伸びていく。そこに大量の魔力が走り抜けることで尻尾が裂け……猫の尾が三本に増える。


『アタシの大事ニャ友達を傷つけるニャら……お前等ニャんか死んじゃえ!』


「へっ、それはもう……っ!?」


 瞬間、三つになった尾の間から風の魔法が放たれる。もっとも予備動作はそのままだったのでポーンから手を離した頭目の男はきっちりと腕で守備を固めたが、そこに走ったのは予想を遙かに超えた衝撃。


「ぐぁぁ!? う、腕が……っ!?」


 魔法を受け止めた腕の肉がえぐれ、骨が露出している。だがそれを男が確認するより早く、猫の魔法は次々と放たれていく。


「うわぁぁぁ!?」


「ギャアアア!」


 腕に、足に、腹に、胸に、その場にいた三人の男達を猫の魔法が蹂躙する。それはしっかりした皮鎧でも着ていれば大幅に軽減でき、金属鎧ならば衝撃を除けば無効化できる程度の威力ではあったが、町のチンピラ、しかも戦うつもりなどなかった男達は普通の布の服を着ているのみ。


 ならばこそ男達はあっという間に蹂躙され、地面に倒れ伏した。むせるような血の臭いと怨嗟のうめきが場を満たすなか、ポーンがヨロヨロと立ち上がって猫の方へと歩み寄っていく。


「猫ちゃん……猫ちゃん?」


「フゥゥゥゥゥゥゥゥ!」


「猫ちゃん? あうっ!?」


 だが、そんなポーンにも風の刃が容赦なく襲いかかった。その威力は誘拐犯達を蹂躙したものとはかけ離れた弱さだったが、それでもポーンのドレスの下では白い肌が赤く腫れていく。


「ど、どうしたの猫ちゃん? 悪い人はもうみんな倒れちゃいましたよ?」


「フゥゥ! フグゥ! フグゥゥゥ!」


『駄目……力が……押さえられニャい……!?』


 それは本来時間を掛けるべき進化を、無理矢理に早めた代償だった。力を馴染ませる時間がなかったことで、猫の体内では大量の魔力が暴れ狂い、その制御がほとんど効かない。


『駄目! こっちに来ちゃ駄目よ……逃げて……ポーンちゃん!』


「……ふふふ、馬鹿な猫ちゃんですね。私よりお馬鹿さんです」


『来ないで……ポーンちゃん……』


「私がお友達をおいて……くっ、逃げるわけないじゃないですか……」


『いや、そういうことじゃニャくて…………魔力を吐き出し終われば落ち着くから……それまで離れててってだけだから……』


「駄目です。離れてあげません……くあっ!?」


 力の使い方は、本能が知っている。怪我はしていても死ぬほどではなく、暴走する魔力も時間が解決してくれる。それをわかっているからこそそう言っているのに、どういうわけだか……そしていつも通りにポーンには話が通じない。


「貴方を……お友達を、私は決して一人になんてしません……っ!」


『いいから、今は一人にしておいてーっ!』


 痛みに耐え、目に涙を浮かべながらも微笑みを絶やさず友人を助けようと手を伸ばすポーンと、そんなポーンに意図しない攻撃魔法を放ち続ける猫。


 知らぬ者が見れば感動的な、だがその実ポーンが問題を大きくしているだけという現状を、しかし解決できる者はこの場にはいない。


『どうにか、どうにか魔法を……あーもう、どうすりゃいいのよ!?』


「大丈夫、大丈夫ですよ猫ちゃん。私がずっと一緒にいますから……」


『それは嬉しいけど、そうじゃニャいのよ!』


「ふーむ、随分濃い血の臭いだな……むっ!?」


 と、そこに路地の向こうから人影が現れた。海の底のような青色の鎧を身に纏う身長二メートルを超える大男だ。


「おじさま?」


「ポーン!? お主、何故こんなところに……というか、怪我をしておるではないか!」


 ポーンの姿を見たニックが、即座にポーンの方へと走り寄ってくる。その途中で猫の放った攻撃魔法が何度かニックに命中したが、その巨体は小揺るぎもしない。


「待っておれ。今回復薬を――」


「それより、猫ちゃんを! 猫ちゃんを助けてあげてください!」


「猫? さっきから何やら攻撃してきている、この猫のことか?」


『ヒィィィィ!?』


 ギロリとニックに睨まれ、猫は心の底から震え上がる。さっきまで相手にしていたチンピラとは明らかに格の違う相手であり、何をどうやっても勝ち目がない格上の存在だと本能で理解させられたからだ。


「私を守る為に何かこう……凄いことをしたせいで、魔法が止まらないみたいなんです! 冒険者のおじさまなら、何か猫ちゃんを助ける手段があるのではありませんか?」


「魔法が止まらない? あー、そうだな……」


『これは無理矢理に進化した弊害だから、今ある魔力を使い果たせば勝手に収まるのよ! だから離れててって言ったのに、ポーンちゃんが全然話を聞いてくれニャいのよ!』


「おおぅ!? 猫が喋った!?」


「そうです! 私のお友達の喋る猫ちゃんです!」


「ほぅ、この猫が! あれか? 初めましてと挨拶をするべきか?」


『それは今じゃニャいでしょ!? 何ニャの!? アンタも話が通じニャい奴ニャの!?』


「ははは、冗談だ。ま、時間経過で収まるというのであれば、問題ない。こうすればいいだけだ」


 そう言うとニックは猫に背を向け、その顔のすぐ側にどっしりと腰を下ろす。すると猫の視界はニックの大きな尻と背中に埋め尽くされ、必然放たれる魔法も全てニックに命中するようになる。


『えっ? えっ!? ちょっ、アンタ大丈夫ニャの!?』


「この程度どうと言うこともない。かすり傷一つ負わぬから、遠慮せず攻撃して早めに魔力を吐き出し終えてくれ。


 さ、それではポーンよ、お主はこちらにくるのだ。ちと血なまぐさい場所だが、儂が動けぬ以上ここで治療せねばならんからな」


「わかりました。ありがとうございますおじさま……あうっ」


「おっと、すまん。痛かったか?」


「大丈夫です。でも、その……私こういうの初めてですので、優しくお願いしますね」


「うむ。努力しよう」


 ニックの膝の上にポーンが横たわり、恥ずかしさと痛みとでその顔を赤く染める。それをニックは優しく優しく介抱し……


(……え? 何だこれ?)


 丁度目を覚ましたハーンが目撃したのは、筋肉親父に抱きすくめられ顔を赤くしながら喘ぐ姉の姿と、その背に攻撃魔法を乱打する謎の猫という理解不能な光景であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この作品ならではの意味不明な場面に立ち会ってしまうとは、王子も不運ですねえ 場面想像して思わずニヤつきました
2020/02/12 18:22 退会済み
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