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父、反抗される

「あれは今から一〇年前くらいでしょうか? その日も完璧な変装でお城を抜け出した私は町でのお散歩を楽しんでいたのですけど、その時ふと暗い路地の奥から不思議な声が聞こえたんです。


 で、その声を辿っていった先にいたのが猫ちゃんです。私が手に持っていたお菓子の欠片をあげるとすぐに猫ちゃんと仲良くなって、それから私は猫ちゃんのお友達としてちょくちょく遊びに行くようになったんです」


「ふむ……」


 ポーンの話に、ニックは何の気なしに相づちを打つ。今のところは……王女がそんなに頻繁に城を抜け出せるのはどうなのかという部分を除けば……特に気になることも危険なこともない。


 が、同時に秘密にするような内容も無い。なので静かに黙っていると、そのままポーンが続きを話し始める。


「それから一〇年、私と猫ちゃんの友情は続きました。でも最近になって猫ちゃんが『家に帰る』と言い出したんです! 理由を聞くとどうやら一人で落ち着ける場所が欲しいということでしたから、そういうことなら私が家を買ってあげれば猫ちゃんと別れずにすむと思ったんです!」


「……ん?」


 ポーンの話の後半は、気になる部分が山盛りだった。あまりに多すぎてどれから問うべきか迷うニックに、ポーンが不安げな視線を投げかけてくる。


「あの、今の私の話、わかりづらかったですか?」


「いや、わかりづらいとかではなく……猫がその、落ち着ける場所が欲しいから家に帰ると言ったのか?」


「そうですよ? 猫ちゃんとはいつも楽しくお喋りしてますから」


「そう、か……」


 一瞬不思議そうな表情を浮かべて言うポーンに、ニックは顎に手を当て考え込む。今までの流れからして、ポーンは嘘をつかない。かといって猫の気持ちを勝手に想像しているだけにしてはその内容が妙に具体的だ。


(つまり、本当に話す猫がいるということか? ……これは確かめる必要があるかも知れんな)


 そんな考えを頭に置きつつ、それでもニックはそこを追求しない。今この場で問い詰めるようなことをすればポーンの信頼を失うか、そうでなくても二度と他人に秘密を相談しようとはしなくなってしまうだろうと考えたからだ。


 ならばと頭を切り替えて、ニックは聞いた話の問題点を改めて口にする。


「つまり、猫の家を買うために金が欲しかったということか」


「そうなんです。私がもうちょっとお小遣いを貯めていれば何とかなったかも知れないんですけど……どうにかなるでしょうか?」


「ふむ。どうにかできるかできないかと言われれば、その程度ならどうとでもなるが……」


「本当ですか!?」


「ははは、本当だが少し待て」


 色めき立つポーンを、ニックは笑いながら制する。猫の小屋一軒程度の費用など正しくどうとでもなるが、だからこそこの部分は今確認しなければならない。


「そもそもの疑問なのだが、何故猫の家程度が買えなかったのだ? 庶民ならまだしも、王女であるお主ならばその程度の額を持っておらぬとは思えんのだが」


「え? だって家ですよ? 家って高いじゃないですか」


「……? いや、猫の小屋であろう?」


「はい、猫ちゃんの家ですけど?」


 どうにもこうにも話が噛み合わず、ニックとポーンは互いに顔を見合わせ首を捻る。その違和感に突っ込んだのは当然ニックが先だ。


「確認なのだが、お主一体どういう家を用意しようとしていたのだ?」


「どうって……普通の家ですよ? 通りで手作りの可愛い小物を売っている職人の方がいるんですけど、その人に『お家を一件建ててもらうには幾らくらいかかりますか?』とお聞きしたら、凄い金額を言われてしまって……」


「その聞き方だと、普通に人用の家を建てる費用を言われたのではないか? それともその猫とやらは、そんなにでかいのか?」


「猫ちゃんの大きさですか? えーっと……頭からお尻まででこのくらい? 尻尾まで入れたらもうちょっと長いと思いますけど」


 そう言ってポーンが両手で示した長さは、自身の細い胴回りよりも二回りほど長い距離。つまりはごく一般的な猫の大きさであり、決して人間の家が必要な巨体ではない。


「その大きさなら、猫用の家でよいのではないか? 適当な端切れなどを組み合わせて雨風がゆっくりとしのげる程度の大きさのものを作るなら……儂も職人ではないから絶対とは言えぬが、高くても銀貨二、三枚でいけると思うのだが」


「ええっ!? そんなにお安くできるんですか!?」


 ニックの提示した額に、ポーンは驚きの声をあげる。もしポーンがごく普通の家に生まれた娘であれば結構な大金となるが、王女であれば銀貨数枚の出費など気にするほどのものではない。何なら今ニック達が飲んでいるお茶と焼き菓子でそのくらいの金額は飛んでいるのだ。


「うわー、私全然知りませんでした! そうですか、ちゃんと猫ちゃん用の家が欲しいってお伝えすればよかったんですね!


 ありがとうございますおじさま! おじさまに相談してよかったです!」


「そうかそうか。役に立てたなら何よりだ」


「つきましては、改めてお礼を――」


「ここか!」


 と、そこで不意に大きな音を立てて中庭への扉が開かれる。ニックがそちらを振り向けば、そこには一二歳くらいと思われる立派な服を着た少年が肩を怒らせこちらに向かって来ている姿が見えた。


「お前が姉上を助けたっていう冒険者か?」


「こら、ハーン! 申し訳ありませんおじさま。この子は私の弟で……」


「俺はコッツ王国王子の、ハーン・コッツだ! ほら、跪け冒険者!」


「おっと、王子殿下であらせられましたか。これは失礼致しました」


 不遜な態度で指を突きつけるハーン王子に、ニックは席を立ってその場に膝をつく。そのごく自然な振る舞いに、むしろ指示したハーンの方がややたじろいだ。


「な、なんだよ。そんなデッカイのに素直に従うのか……ま、まあ俺は王子だから当然だけどな! フンッ!」


「ハーン! おじさまは私の恩人なんですから、無礼なことは許しませんよ!」


「姉上は黙ってろよ!」


「ハーン!」


「あああ、申し訳ございません!」


 ポーンが全く迫力の無い怒り顔をしたところで、開け放たれた扉からモーロックが駆け込んでくる。そうしてハーンとニック達の間に立つと、すぐさまペコペコと頭を下げ始めた。


「殿下、ここには入ってはいけないとお伝えしたではありませんか」


「そんな事知るか! 王子の俺が入れない場所が城にあるわけないだろ!」


「ハーン! そういってお父様の寝室に無断で入り込んで、いたーいお仕置きを貰ったのをもう忘れてしまったのですか?」


「うっ……」


 姉の言葉に、ハーンは思わず頭を押さえてしまう。涙が出るほど痛い拳骨を食らって王子にあるまじきたんこぶを作ったのはまだ記憶に新しい。


 が、だからといって今更引くこともできない。ハーンは更に声を荒げて言葉を続ける。


「うるさいうるさい! そんな昔のこといつまでも言うなんて、だから姉上はグズでのろまだって言われるんだよ!」


「殿下! 姫様にそのような言葉遣いは……」


「何だよモーロックまで! クソッ、みんなそうやって俺のことばっかりのけ者にしやがって……いいか冒険者!」


「む? 儂か?」


 身内で話をしていたところで突然名指しされ、ニックがピクリと眉をあげる。


「そうだ! 姉上を助けたみたいだけど、こんなお馬鹿姫を助けたからって調子に乗るなよ! 俺はお前の事も姉上のことも、みんなみんな認めてないからな!」


「殿下! お待ちくだされ殿下! 姫様にお客人、失礼致します。殿下ー!」


 それだけ言い捨てると、ハーンが中庭から走り去っていく。それをモーロックがよたよた走りで追いかけていけば、その場に残されたのはニックとポーンの二人のみ。


「まったくあの子ったら……申し訳ありませんおじさま。口の悪い弟で……はぁ、昔は素直ないい子だったのに、どうしてあんな風になっちゃったんでしょう……」


「ふーむ。見たところ反抗期という奴ではないか? 儂の周囲にも一時期やたらと大人達に刃向かう態度を取るような者はいたからなぁ」


 ニック自身は両親を亡くしたこととマインに出会ったことで反抗期などというものは迎える前に飛び越えてしまったし、フレイには反抗期を感じることなど一度もなかったが、それでも人の親であるニックは当然子供にはそういう時期があるということくらいは知っている。


「儂の娘にはそういうのはなかったから正しいとは言い切れぬが、反抗期には強く当たるより柔らかく受け止める方がいいという話を聞くぞ? 勿論限度はあるだろうが」


「そうなんですか。男の子って難しいんですね。いつか私がお母さんになったら、何だか凄く悩んでしまいそうです」


「よいではないか。子が産まれた瞬間から完璧な親になる者などいない。悩んで迷って、それでも精一杯の愛情を注いで子供を育てる。子供と共に自分の成長を感じられるのは、親の醍醐味だぞ」


「うーん。難しそうなので、そういうのは親になってから考えることにします!」


「ふっふっふ、そうか。ま、それもよかろう」


 ハーン王子とポーン王女。成人しているかいないかの違いはあるが、どちらにしてもニックからみれば子供でしかない。そんな彼らが子供らしく元気に騒ぎ悩む姿を、ニックは微笑みながら見守っていた。

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