父、お茶を飲む
「さあさあおじさま、こちらへどうぞ!美味しいお茶とお菓子を沢山用意したんですよ!」
感動的に(?)抱き合っていたモーロックから離れると、ポーンが楽しげにそう言ってニックを席へと誘う。周囲が壁で風が吹き抜けないということもあり、快晴の秋空から降り注ぐ日差しはいい具合に心地がよさそうだ。
「では失礼致します、王女殿下」
「まあ、おじさまったら! そんな畏まった態度は必要ありませんよ?」
「ですが、正式に王女を名乗られた以上、私としても相応の態度を取らねば……」
「もー! そんなことを言うなら……こうです!」
改まった態度をとるニックに、ポーンが外していたフードを再び被る。すると肩にかかる程度で切りそろえられた白金の髪がすっぽりと隠れ、如何にも怪しげなその風貌にポーンは満足げに笑ってみせる。
「ふふふ、どうです? これで私はこの国のお姫様であるポーン・コッツではなく、謎の美少女ポーンちゃんです! これなら普通にお話してもらえますか?」
「あー……」
そんなポーンの言葉に、ニックはチラリと側にいたモーロックの方へと視線を向ける。
「オホン! そうですな。赤子の頃から姫様を知っているこのモーロックの目は誤魔化せませぬが、フラリと立ち寄った旅人程度であれば姫様の完璧な変装をもってすればその正体を見抜けなかったとしても不思議ではありませんのぅ」
「フッ、そうか。ならば普通に話すことにしよう」
わざとらしいモーロックの言葉に笑みを漏らしつつ、ニックはそういって席についた。するとすぐにポーンが手ずからカップにお茶を注いでくれる。
「貴様、姫様にメイドのような仕事をさせるなど――」
「爺や! 今の私は姫ではないってさっき言ったばかりじゃないですか!」
「お、おお、そうでしたな。ぐぬぬぬぬ……」
「……何と言うか、色々とすまぬ」
「ふふふ、気にしないでください。さ、これでいいですわ。用があったら呼びますから、爺やももう下がっていいですよ」
「何と!? そんな、幾ら恩人とはいえ、姫様と二人きりにするなど――」
「だーかーらー! 私は姫じゃなくて、単なるお嬢様なんです! 爺やがいるとちっとも落ち着かないですから、今は下がってください!」
「くぅぅぅぅ……わ、わかりました……」
子供っぽく頬を膨らませて怒るポーンに、モーロックが意気消沈しながら下がり……扉をくぐった廊下側から硝子窓にピッタリと張り付く。一応隔てられた空間とはいえ城の中庭である以上、普通に周囲から姿を見ることもできれば大声を出せば声だって届くのだ。
「な、なあ王女……ではない、ポーン嬢。あれはいいのか?」
「いいんです! 爺やはちょっと過保護というか、私の事を心配しすぎなんです!」
「そ、そうか。気持ちは非常によくわかるのだが……まあお主がいいならいいか」
「そうなんです! ということで、ほら、早くお茶会を始めましょう! せっかく入れたお茶が冷めちゃいますよ!」
「うむ、いただこう」
ニコニコと茶を勧めるポーンに、ニックは湯気の立つカップを傾け中身を一口飲み込む。すると高級品らしいふくよかな味わいが口の中に広がり、同時に柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
「おぉ、これは美味いな」
「でしょう? 私もこのお茶とても好きなんです! 甘いお菓子と一緒に食べるととっても合うんですよ」
ニッコリと笑ったポーンが、皿に山盛りにされた焼き菓子に手を伸ばしていく。それをサクサクと囓る様は小動物のような愛らしさで、ニックは微笑まずにはいられない。
そのまましばし他愛のない会話を続ける二人だったが、その中でニックはずっと気になっていたことをポーンに問いかけた。
「ところでポーン嬢。結局お主は何故あんなところで仕事を探していたのだ? こう言ってはなんだが、お主が金銭に困る生活をしているとは思えないのだが……」
「あー、それですか。確かにお父様からお小遣いはもらっていますけど、今回欲しかったものにはちょっとお小遣いでは足りなくて……」
「ほぅ? それはまた、何が欲しかったのだ?」
小国とは言え王女が望んでも買えなかったものが何なのか、興味を引かれたニックが問うと、ポーンは平然とその答えを口にする。
「いいですよ。実は私、お家が欲しいんです!」
「……家? 家というと、人が住むあの家……ですかな?」
「はい。その家です」
「何故に家が欲しいと? ひょっとして一人になれる場所が欲しいとか、そういうことか?」
「そうじゃありません! というか、家が必要なのは私じゃなくて猫ちゃん……はっ!? 違います! 家が欲しいのは私です! 一人になれる場所が欲しいだけで、猫ちゃんは何処にもいません!」
「いや、それは流石に……」
アワアワと慌てるポーンに、ニックは苦笑するしかない。単なる失言なら聞き流しても構わないが、話の根幹に関わるとなれば別だ。
「で、どういうことなのだ? 猫くらいこの城で飼えばいいと思うのだが」
「うぅぅ、そうなんですけどそれじゃ駄目っていうか……ニックさん、このことはお父様達には内緒にしてくれますか?」
「うむん? そうだな……お主や周囲の人間に危険がないのであれば、黙っていると約束しよう」
「ええっ!? そこは格好良く『君の秘密は絶対に守る!』みたいに言い切るところじゃないんですか!?」
「すまんが、儂は適当な約束などはせんようにしているのだ。故に危険が無いと判断すれば絶対に言わぬし、危険であるとわかればたとえお主に罵られようとも伝えるし、だからこそ無理に秘密を聞き出そうともせん。
だが、ここで話をやめるならそれはお主自身もその猫とやらが何らかの危険をはらんでいると思っている証拠ではないのか? そのような危険な秘密をこれからもたった一人で背負い続けるのか?」
「それは……色んな人から言われますけど、私はお馬鹿なのであんまり難しいことはわからないです……」
ニックの問いに、ポーンがションボリと肩を落とす。その様子を窓越しに見たモーロックがバンバンと硝子窓を叩く音が聞こえたが、ニックはそれを無視してポーンに優しく声をかける。
「ははは、別に難しいことではない。要は信頼出来る、頼れる相手がいるのかどうかということだ。
内容はわからぬが、今お主が抱えている問題は一人では解決できぬのだろう? ならば信頼出来る相手に相談するしかない。そうすれば自分一人では成し得ない解決法も見えてくる。
誰にも何も言わず、それでお主に何かあればそれこそ終わりであろう? 自分の事だけではなく、相手のことだけでもなく、お互いのことを大事に思い合い、互いが幸せになれる道を探すことこそが大切なのだ」
「…………ごめんなさい。おじさまのお話は難しくて、私にはちょっと」
わりといいことを語ったと思っていただけに、申し訳なさそうなポーンの表情にニックはガクッとその場に崩れる。その顔に浮かぶのは恥ずかしそうな苦笑だ。
「そうかそうか。はぁ、儂も歳を取って理屈っぽくなったということか……短く纏めるなら、困ったら誰かに頼れということだ。さしあたっては儂に頼ってみてはどうだ? 殴って解決することなら大抵のことはどうにでもできるぞ?」
「ああ、そういうことですか! でも、殴って解決するわけではないので、おじさまには頼れません」
「……いや、それはまあ比喩的というか……じゃないな。儂はほれ、お主を格好良く助けられるくらい凄い冒険者だから、頼ってくれればきっといい具合に解決策が見えてくると思うぞ」
「言われてみれば! じゃあ私、おじさまに頼ってもいいんですか!?」
「無論だ! この儂に万事任せておけ!」
自らの手でドンと胸を叩くニックは、頼もしさの塊のようで……それを目の当たりにしたポーンは、ゆっくりとその「猫」についての話を始めた。