父、説明される
「そもそもですな。今回ニック殿を城に呼び立てたのは、実は陛下ではなく大臣なのです」
「うん? そうなのか?」
「はい。事の発端は姫様がワイバーンの卵を持って無事帰還したことを報告したことなのですが、その時にニック殿のことを話した結果、大臣がニック殿に興味をもたれたようで……それで陛下に進言してこうしてお呼びすることになったのです」
「ふむ。まあそういうこともある、のか?」
『貴様ほどの強さを持つ者であれば、興味を持つ者がいたとしても不思議ではないだろう? 何を今更』
「はは。まあ空気を蹴って空を飛び、たった一人で五〇のワイバーンを退けた英雄だと報告しましたので……最初は嘘をつくなと怒られましたが」
「あー……まあ、うむ。そうか」
一瞬遠い目をしたガドーに、ニックは何となく気まずい思いをする。ついさっき門の所で感じたのと同じ理由であり、ひいては娘からパーティを追い出された原因でもある己の強さが問題であったとまたも自覚されられたからだ。
「ただ、この大臣というのがちょっとくせ者でしてな……姫様があのような場所に出向いた理由も大臣にあるのです」
「ほう?」
片眉を釣り上げるニックに、ガドーは真剣な表情で続ける。
「そもそもとして、殿下の病の治療にワイバーンの卵が必要なのであれば、そんなもの城の兵士を派遣すればすむ話です。それができなかった最大の理由は、城の兵士ではどうしても大臣の息がかかってしまうからなのです。
なので最初は冒険者を使おうとしましたが、ご存じの通り我らの見識が甘かったせいで上手くいかず……最後の手段として姫様が直接出向いたのです。正確には姫様が出向くことで『護衛』として我らが動くことができるから、ですが」
「なるほど。そういうことだったのか」
あんな所に王族が直接出向いた理由を説明され、ニックは大きく頷く。
『守るべき対象を前線に押し出すことで、護衛を無理矢理戦力と変えたのか。何とも無茶な話だが、それ程に追い詰められていたということか』
「もっとも、その目論見も甘すぎてニック殿がおられなければ姫様もろとも我らも全滅していたでしょうが……ですが、今思えばそれすらも大臣の掌の上だったのかも知れませんな」
「ん? どういうことだ?」
「陛下には三人の御子様がおられるのですが、第一王女であるマルチナ様は既に他国に嫁がれておられます。そのうえで第二王女であるキレーナ様がお亡くなりになれば、あとは治らぬ病におかされたベンリー殿下のみ。そうなれば……」
「世継ぎがいなくなる?」
ニックの漏らした呟きに、ガドーが真剣な表情で頷く。
「もしくは大臣は病の治し方を知っていて、キレーナ様が亡くなられたのを確認してから治療したのかも知れません。そうして恩を売って娘を殿下とくっつけるか、あるいは陛下に新たな御子を設けていただくために若い側妃として据えるつもりだったのか……とにかく大臣には気をつけてくだされ」
そこまで言うと、ガドーがスッと席から立ち上がる。そのまま部屋の扉の側まで歩いていくと……そこで一度振り返り、ニックに向かって深々と頭を下げた。
「ニック殿。本来は全くの無関係であるニック殿にこのような話をしてしまった無礼、どうかご容赦いただきたい。そのうえでお頼み申し上げます。姫様の味方をして欲しいとまでは言いませぬ。ですがせめて、姫様の敵にだけは回らないでいただきたい。そのためならば、私はどんなことでも――」
「あー、いや、待て待て! そんなことを頼まれても困る! 儂にどうしろと言うのだ?」
「……そう、ですな。重ね重ねの無礼、お許しください。では、私はこれで」
困り顔で手を振るニックに、ガドーは少しだけ悲しそうな表情を見せてから部屋を出ていった。やたら豪華で広い部屋に残されたのは、ニックとオーゼンのみ。
「ふぅ……これはまた面倒な事になったな」
『貴族のお家騒動など、関わったところでいいことなど何も無いぞ? 栄達を望むものならチャンスかも知れんが……』
「そんなもの儂はこれっぽっちも興味が無いからなぁ。どうしたものか……」
二メートルを超える巨体を受け止めて余り有る大きなベッドに身を横たえ、ニックは天蓋の向こう側に意識を飛ばす。
「ああ、もう礼金などどうでもいいから今すぐに帰りたい……だがそうはいかんだろうしなぁ」
『あのような話をわざわざ聞かせたのだ。ただで帰すとは思えんな』
オーゼンの言葉に、ニックは深いため息をつく。殴って解決しない問題はニックにとって鬼門であった。
『で、どうするのだ? 普通ならばあり得んが、貴様ならばその「今すぐ帰る」という選択肢を選ぶこともできるのだろう?』
「……わかっていて聞かれるのは好きではないな」
ブスッとした声を出すニックに、オーゼンが笑う。
『ハッハッハ。ちょっとした意趣返しという奴だ。ここに来るまでに散々怖い思いをさせられたからな。しかし、そうか。まあ貴様ならそうであろうな』
出世になど興味は無く、金に困っているわけでもない。こんな面倒な事に関わりたくないとは言っていても……ニックが顔見知りの少女を見捨てるはずがない。そんな確信を持って言うオーゼンに、ニックもまた苦笑して応える。
「まあ、しばらくは様子を見るしかあるまい。そもそも件の大臣とやらには会ってすらいないのだしな」
キレーナやガドーの事は信頼しているが、だからといって一方向からの話だけを鵜呑みにするほどニックは甘い人生を送ってはいない。真偽を確かめるのはいつだって自分の目であり、拳を振るうのは己の信念によってのみだとニックは心に決めていた。
コンコン
「ん?」
と、そこで部屋の扉をノックする音が聞こえた。ニックがベッドから起き上がり扉を開けると、そこには若いメイドの娘が立っている。
「お主は?」
「初めまして。私はニック様の身の回りのお世話をするよう申しつかったメイドで、ハニトラと申します。早速ですがお部屋に入らせていただきたいのですが……」
「そうか。ああ、構わんぞ」
『む? そんなにあっさり部屋に入れていいのか?』
ガドーの話を聞いたばかりにしてはあまりに無警戒なニックの行動に、オーゼンが思わず声をあげる。だがニックは気にするなとばかりにポンと軽くオーゼンの入った鞄を叩いた。
『……そうか。貴様であれば暗殺を気にする必要もないのだな。何とも羨ましいことだ』
今のニックに暗殺の危機があるかは別として、アトラガルドで王を目指した者にとって暗殺は常に警戒しなければならなかったものだ。王選のメダリオンは殺しても奪い取ることはできないが、所有者が死ねば次の選定が行われる。自らの手に、あるいは都合のいいものが手にするために、所有者が狙われるのは世の常だった。
城という場所柄からかつてを思い出し過敏な反応をしてしまったオーゼンの内心を余所に、メイドを招き入れたニックは改めて席に座ると彼女の方に顔を向ける。
「で、世話と言っても、具体的には何をしてくれるのだ?」
「何かして欲しいことはございますか?」
質問に質問で返すハニトラに、ニックは僅かに考える。
「うーむ。これと言って思いつかぬが……あー、ならとりあえず茶でもいれてくれるか?」
「畏まりました。ではすぐに湯浴みの準備をさせていただきます」
「いや、全く畏まっておらんぞ? 儂は茶をいれてくれと言ったのだが……」
「すぐにお湯を用意致しますので、しばしお待ちください」
そう言ってペコリと頭を下げると、ハニトラが部屋にあった扉のひとつ……おそらく浴室に続いているであろう方へと下がっていく。
「……なあオーゼン。儂は何かおかしな事でも言ったか?」
『我に言われても知らぬわ』
どうやらメイドは一筋縄ではいかないようだった。





