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父、立ち聞きする

 関係者への挨拶をすませて精人領域を出たニックは、オーゼンの示す方角を目指す旅の空へと戻っていた。今日も今日とて町へと立ち寄り、軽く空いた小腹を満たすべく町の賑やかな方へと歩いていると、不意にその耳が一つの会話を拾い上げる。


「む?」


『どうしたのだ?』


「いや、若い娘の声が聞こえたのだが……」


『は? そんなものその辺にいくらでも歩いて……ああ、そういうことか』


 ニックの向けた視線の先を追って、オーゼンが納得の言葉を返す。その視線は暗い裏路地の方に向いており、若い娘がいるのに適当な場所とは言えない。


「ちと気になるな。行ってみるか」


『気をつけるのだぞ』


 裏路地に足を向けるニックに、オーゼンがそう声を掛ける。ちなみのこの「気をつけろ」はニックに対して「やり過ぎるなよ」という警告の意味であり、きちんとそれに気づいているニックは苦笑いを浮かべつつ路地を進んでいき……程なくして正面に見えたのは、一五、六歳くらいの一見して仕立てのいい服を着た女性と、下卑た笑みを浮かべる小汚い服装の男三人組。


『これは何とも……いやしかし、万が一ということもあるのか?』


「少し黙れオーゼン。会話が聞きづらい」


 これ以上無いほどにわかりやすい構図にオーゼンが逆に困惑する声をあげるが、それをニックが制して建物の影に身を潜め、四人の言葉に耳を傾けた。特に声を潜めているというわけでもないので、その会話は鮮明に聞き取ることができる。


「本当にそんなお仕事があるんですか?」


「オウ、あるぜ。俺についてくりゃ、部屋の中で相手の男の話を聞いてやるだけで簡単に大金が稼げる。それこそ普通の仕事するのなんざ馬鹿らしいくらいにな」


「まあまあ! お話しするだけでお金がもらえるなんて、夢のようですね! お金を稼ぐって凄く大変なことだと思ってましたけど、それなら私にもできそうです!」


「ああ、そうとも。お嬢ちゃんみたいな綺麗な子なら、金を稼ぐなんて簡単さ。そんじゃ、早速行こうぜ」


「え、今からですか!? そんなにすぐ終わる仕事なんでしょうか?」


「まあ、な。ほんのちょっとで終わる。だからほら、な?」


「うーん……」


 話をしていた男の手が、女性の方へと伸びていく。それに合わせて残りの二人が女性の左右へとさりげなく回り込んでいき、気づけば男達に囲まれた女性はそれでもとぼけた顔で口元に手を当てて悩んでいる。


「考えることなんかねぇだろ? さっさと――」


「あー、ちょっといいか?」


「アア!? 誰だ……っ!?」


 伸びた男の手が女性の手を掴もうとする直前、邪魔するように周囲に大きな声が響いた。それに気を悪くした男が凄んだ声を出しつつ顔を向けると、そこに立っているのは身長二メートルを超える巨漢の筋肉親父。


「な、なんだテメェ……何か用か?」


 ニックの姿を目の当たりにして、男の声の勢いがあからさまに落ちる。これが正義感に酔った若者などなら男も強気に出るところだったが、深い海のような青の真新しい金属鎧……メーショウがゴーレム素材から作り上げた渾身の作だ……を身に纏うニックは明らかに強者のオーラを放っており、今日まで裏町を生きてきた男の警戒心が「今すぐ逃げるか土下座しろ」とがなり立ててくる。


 だが、それでも男が逃げなかったのは、目の前にある餌があまりにも魅力的過ぎたからだ。


 ちょっとした問題を起こしたせいで隣国を追われ、やってきた新たな町。子分二人の面倒もみなくちゃならず、さてどうやってここでしのぎを削ろうかと思った矢先に現れたのは、如何にも世間知らずのお嬢様。


 騙して売ればそれだけでも大金になるだろうし、ここでは顔を知られていないことを生かして「買い戻し」の依頼を取り付けることができれば、それこそ一〇年やそこらは遊んで暮らせる金になる。


 そんな欲望が男をその場に繋ぎ止め、ギラギラと輝く視線は銅級冒険者くらいなら裸足で逃げ出すほど力が籠もっていたが、当然ニックにはこれっぽっちも通じない。


「用というほどではないが、無垢な女性が酷い目に遭うのはどうにも見過ごせなくてな」


「酷い目ですか? 私はこの方が簡単にお金を稼げる仕事があると仰るので、お話を聞いていただけなのですが……」


「そ、そうだぜ! アンタには関係ないだろ!」


 ポリポリと頭を掻きながら言うニックに、女性はぽややんとした顔でそう言って小首を傾げる。それに後押しされるように男も言葉を重ねるが、そんな定番の文句で引き下がるくらいなら最初から声など掛けていない。


「確かに関係ないな。関係ないが……そんなことは知らん! 儂が関わりたいと思って声を掛けた時点で儂も関係者なのだ!」


「何だそりゃあ!」


 堂々と言い放つニックに、男が思わず声をあげる。左右に分かれていた男達からも「えぇぇ……」「兄貴より酷ぇ……」などと呟く声が聞こえたが、その一切を無視するとニックは無造作に男達の脇をすり抜け女性の側へと歩み寄った。


「さてお嬢さん。仕事をするというのであれば、実際に働いているところを見てからの方がよくありませんかな?」


「あ、それはそうですね! どんな風にお仕事をしているのかわかれば、私にもできるかどうかわかりますものね!」


 顔の前で可愛らしくポンと手を打つ女性に、ニックはウンウンと頷いて見せてから男の方を振り返る。


「そういうことです。ということでお主……もしお主の言うような仕事が本当にあるのであれば、是非とも儂とこのお嬢さんに仕事場を見せてはもらえぬか?」


「そ、れは……いや、この仕事は秘密の仕事だから、関係ない奴には見せられないっていうか……」


「ほぅ、秘密の仕事! だが働く者にまで秘密にはできまい? それとも何か? そこで働き始めたものは死ぬまでその秘密の仕事に従事するということか?」


「ええっ!? それはちょっと困ってしまいます。毎日お家に帰らないと、お父様やお母様、あと爺やにも怒られてしまいますから」


「ぐ、ぐぅぅ……じゃ、じゃあ……………………」


 ニックと女性のやりとりに、男が苦しげな顔を作って呻く。その手がワキワキと宙を掴み……


「こ、今回は縁が無かったってことで……おい、お前等行くぞ」


「わ、わかりました……」


「ちょっ、待ってくださいよ兄貴!」


 最終的に、男は折れた。逃すにはあまりにも惜しい獲物だが、引き際を見誤って死んだ者を男は嫌と言うほど見てきている。そして丁度今この瞬間こそがその引き際の限界ギリギリだと悟った男は、悔しそうに歯を食いしばりながらも残り二人の男を引き連れてとぼとぼとその場を去って行った。


「ふむ、引いたか」


『思ったよりも賢明であったな。だからこそ小狡く立ち回って生き延びているのだろうが』


 その背を、ニックは黙って見送る。所詮はよそ者、旅の鉄級冒険者でしかないニックでは未遂で男達を捕まえるのはかなり難しい。それに何より、あの男達よりよほど気になる存在がニックの隣にはいる。


「ああ、お仕事が無くなってしまいました……」


 男達に騙されそうになっていた女性は、自分が被害者だなどと微塵も考えていない表情でただ仕事が得られなかったことに落胆している。そのあまりの無防備さはとても捨て置けるものではなく、ニックは思わず少しだけ強い口調で女性に問いかけてしまった。


「……なあお嬢さん。お主今自分がどういう状況だったかわかっているのか?」


「え? えっと、親切な方に仕事を紹介していただきましたが、条件に折り合いが付かずお断りされてしまった……ですよね?」


「違うぞ。絶対とまでは言わんが、もしあのままお主が着いていったらまず間違いなく娼館にでも売り飛ばされていたはずだ」


「しょうかん……ええっ、それは大変です!」


「であろう? だからもう少し危機感をだな――」


商館(・・)だなんて! 私計算とか苦手なんで、きっと沢山失敗しちゃいます! ああ、お断りしてよかった……」


「むぅ? ……いや、その商館ではなくだな」


 小さな声で「だから秘密のお仕事だったんですね!」と呟いている女性に、ニックは何と言葉をかけるべきか悩む。おそらく成人はしているだろうが、それでも年若い娘に娼館の何たるかを説明するのは精神的に厳しい。


「? 商館に違いがあるんですか?」


「そうではなくてだな。あー、ほれ、あれだ。こう、男女の交わり的なことをして金を稼ぐ方というか……」


「男女の……はっ、まさか!?」


 ニックの言葉に思い当たることがあったのか、しばしぽやんと考えていた女性の顔がにわかに真っ赤に茹で上がる。


「いけません! いくら私が可愛いからって、そんな……おじさまのえっち!」


「いや、儂では無いぞ!? というか、そんな大声で――」


「もー、駄目なんですよ! そういうえっちなのはいけないことなんです!」


「頼むから声を鎮めてくれ!」


 大声で騒ぐ女性に、ニックはただひたすらに困惑しながらそう頼み込むのだった。

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