魔女、世界の歴史を語る ~造られたモノ~
復興派の活動は、地味な実験と検証の繰り返しだった。「二度と過ちを繰り返さないために」という大義名分であらゆる文明の痕跡を破壊しようと襲ってくる回帰派の者達と戦いながら、彼らは地道に研究を積み上げていく。
そうして遂に、彼らは世界の北と南にそれぞれ大きな拠点を作ることに成功した。北には魔力枯渇によって荒れ果てた大地を復活させるための魔力脈を地下深くに張り巡らせ、南には知性を付与した魔力の塊を生み出すことで停滞している自然現象を代替させ、同時に魔力を世界各地に均一に浸透させるための塔を建てる。
だが、本当の困難はそれからだった。どちらも正常稼働させ続けるにはある程度の人口が必要であったが、度重なる回帰派との戦闘や、悦楽のために周囲の魔力を強制搾取し、周辺地形を砂漠に変えては新しい拠点に移る刹那派との避けられない衝突などで人員はすり減り続けており、その「最低限」にすら既に届かなくなってしまっていたのだ。
復興派の技術者達は悩み考えた。このままではせっかく作り上げた二つの設備はまともに稼働することもなく回帰派に破壊されるのを待つだけになってしまう。かといって今の世界で人口が増えるのを待つなど自殺と変わらない。
どうするか? どうすればいいか? 悩みに悩み、考えに考えた結果……彼らが選んだのは「新たな命を作る」ことだった。
「命を……作る?」
「そんなことが……っ!? それは、いや、しかし……」
顔をしかめる程度のフレイに対し、ロンはギシッと歯を噛みしめながら硬く拳を握る。神への冒涜としか思えないその行為が、しかし世界を救うために必要だと言うのならば……そんな激しい葛藤の嵐がロンの胸中に吹き荒れる。
そしてそんな二人を見るムーナは、一度だけ小さくため息を吐き……そのまま言葉を続けていく。
「続き、話すわよぉ」
塔の側に拠点を構えた技術者達は、どうせ生み出すのならば自分達よりも優れた魔力資質をもつ存在を、と考えた。その結果生まれたのが、塔が生み出す自我を持つ魔力……Elementalの欠片を人を基礎とした肉体に埋め込むことで人の一〇倍ほどの魔力保有量と推定五〇〇年ほどの寿命をもつ新たな生命、Elemental Life Fragment。
もっとも、生み出したそれらは人類に比べると肉体的に脆弱であり、また「優れた存在を」という理念で生み出したからか妙に自尊心が高くなってしまった。せっかくならば見目麗しい容姿をと開発陣が力を入れてしまったのも原因かも知れないが、追求するべき担当者は既にこの世にいないのだからどうしようもない。
なので、やむを得ずもう一つ新しい種族を作ることにした。E.L.Fと違って強靱な肉体を持ち、いざという時に塔の修理ができるような高い技術力と小回りのきく小さな体を与えられた種族、Defender of E.L.F……ディエルフの誕生である。
「ねえ、ムーナ?」
「まだよぉ。言いたいことは最後まで話し終わってから聞くわぁ」
「う、うん……」
それと同時期に、魔力脈のある方でも新たな種族が誕生していた。魔力の向上を目指した南と違い、こちらは「今の荒れ果てた世界でも強靱に生き抜ける存在」を目指し、その行き着く先は人に獣の因子を加えた生命であった。
それによって生まれた新種族Kind of Experimental MOnster's humaNOidは、狙い通り獣の強靱さと人の知性を併せ持つ存在として大地に降り立つことになる。
ただし与えた獣の因子が強すぎたせいで魔力的には退化してしまい、また寿命や外見に元となった獣の影響が強く出過ぎるという問題が生じ、その彼らはその対策に追われることになる。
もっともそれは結局解決できず、人の因子を能力を維持できるギリギリまで引っ張り出すことで他種の獣同士でも交配を可能にし、かつ生まれてくる子供を母体と同一にすることで種の多様性を維持しつつ数が減りすぎないように対策することが精一杯であったのだが……
ともあれ、これら二つの種族……正確には三つだが……の誕生により、南は死のサイクルが長くなり、北は生のサイクルが短くなったことで、世界には徐々に命が満ちていくことになる。後は回帰派の襲撃さえ乗り切れれば、世界は確実に復興へと進み続けることだろう――
「この本に書かれてるのは、ここまでよぉ」
パタンと本を閉じ、ムーナが言う。それからタップリ五秒ほどの沈黙の後、フレイが恐る恐る手を上げて口を開いた。
「ねえ、ムーナ。さっきも言いかけたんだけど……それってやっぱり……」
「そうねぇ。五〇〇年も寿命がある種族なんてエルフしか思いつかないし、ドワーフは……ディエルフが訛ったってところかしらぁ?」
「北で作られたというのは、明らかに獣人でしょうしな。ですが、これは……」
自分達の辿り着いた答えに、フレイもロンもその身を震わせる。それが如何なる感情の発露であるのかは、自分達にもよくわからない。
「人間……私達基人族以外は、全部私達のご先祖様が作ったってことよぉ」
「っ……………………」
命の始まりについてなど、フレイは今まで考えたこともなかった。勿論何処かに最初があるだろうことくらいはわかるが、それはそれこそ神様が作ったとかそういうことだと思っていた。
だが、今知った現実は違う。自分と同じ人間……しかも自分達が今いる施設を作ったような近い存在が冒険中幾度も目にした人々の元を作ったなどと言われれば、そう簡単にその事実を飲み込むことはできない。
「…………待ってくだされムーナ殿。今の話、そう言えば魔族について一切触れられていないのですが、それは?」
「えっ!?」
ロンの発言に、フレイは更に驚きの声を重ねる。そのまま恐る恐るムーナの方に顔を向ければ、彼女もまた顔をしかめているのが見える。
「そうねぇ。今までの何処を見ても、魔族の存在は書いてないわぁ。エルフやドワーフ、獣人を生み出したって記述から考えても……」
そこで一旦言葉を切るムーナに、フレイはゴクリと唾を飲み込む。あまり聞きたくないが、聞かずにはいられない。そんな気持ちを持て余す暇も無く、ムーナは答えを口にしてしまう。
「多分、魔族もこの後作られたんでしょうねぇ」
「何で!」
バンッとテーブルに手を叩きつけ、フレイが叫びながら立ち上がる。その目はムーナを睨んでいるようで、その実何処も見てはいない。
「何で! 何で魔族まで!? エルフとか獣人とかは、まあわかったわよ。複雑な気持ちはあるけど、世界を復興するのにどうしても必要だから作ったって……
でも、じゃあ魔族は!? 何で魔族を作ったの!? どうして魔族は人間と敵対してるの!?
人が造ったヒトを味方に、人の造ったヒトと戦ってるの!? 何で! どうして!?」
溢れ出る言葉は止まらない。叫び続けなければ気が狂いそうな気がする。
「もし本当にそうなんだったら……世界がそんな風にできているなら……
アタシは……魔族って、勇者って何なの……っ」
絞り出すようなその言葉に、ムーナもロンも答えを持たない。ただ無言でその場に佇み、そっとフレイを見守ることしかできない。
「もしかしたら、だけどぉ……」
それでもムーナは口を開く。自分は答えを知らずとも、その答えを知っていそうな相手ならば心当たりが一つある。
「魔王なら、その答えを知ってるかも知れないわねぇ」
「魔王……」
数百年に一度出現し、何故か人類に宣戦布告をしてくる魔族の王。勇者と対になる存在にして、魔王城から出てこないため勇者パーティ以外では対面することすらできない相手。
「まあ、実は一番可能性が高いのはここのまだ読んでない本に書いてあるっていうのだけどぉ、流石にこれを読み切るほどの時間はかけられないしねぇ」
「あうっ!」
怖いほどに思い詰めた顔をしていたフレイの体が、ムーナのその言葉にガクッとその場で崩れ落ちる。
「ムーナぁ! そりゃアタシだってそこまで寄り道できないのはわかってるけど、今それ言う!?」
「フフフ、フレイにはそのくらい緩い顔の方が似合ってるのよぉ」
「もーっ!」
クスクスと笑うムーナに、フレイは唇を尖らせて抗議の声をあげる。それはいつものやりとりであり、調子の戻ったフレイの姿にロンはこっそりと笑みを浮かべる。
「よーし、わかった! なら今度こそ魔王城を目指しましょ! …………でも、もうちょっとだけここを調べてからね」
「はいはい、わかったわよぉ」
勢いはある。責任も感じている。だが無駄足は踏みたくないし、知れることはできるだけ知っておきたい。そんなフレイの勇者らしくない、だがフレイらしい対応が嬉しくて、ムーナは苦笑しながらそう答えるのだった。