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魔女、世界の歴史を語る ~繁栄と滅亡~

 魔導王国アトラガルド……それは歴史上において唯一、世界の全てを統一した国である。その来歴には当然血塗られた戦の歴史も枚挙に暇が無いが、世界統一を成した時には実は争いらしい争いは起きていない。というのも、アトラガルドが自らの持つ「無限」の技術を世界全てに分け与えたからだ。


 優れた魔導具によるあらゆる物資の完全自動生産機構。魔導具を複雑に組み合わせることで魔力さえあればほとんどどんなものでも作り出せるというアトラガルドの技術は、独占と強奪の意味を世界から消し去った。


 何せ、欲しいと思えば幾らでも手に入るのだ。誰かが手にした素晴らしい宝石が欲しいなら、危険を冒して殴りかかるより目の前の魔導具のボタンを一つ押せばいい。美味しい食事も豪華なドレスも、大きな家も命令に忠実なゴーレムも、欲しいと思えば何でも手に入る。


 その状況下では大きな争いは起こらない。宗教や個人的な価値観などどうしても相容れない者同士の小さな諍いまでは無くしようがないが、それでも衣食住全てが完全に満ち足りて入れば、そこから生まれる精神的な余裕は「他者を認める」ことに寛容になれるのだろう。


 結果として、アトラガルドに侵略の意思などなくても世界の方からアトラガルドを求め、気づけばアトラガルドは国ではなく世界の名へと変わり……その結果概ね平和になった世界が次に求めたのは、娯楽であった。





「娯楽ですか……拙僧には今一つピンときませんが」


 人とは逆についた瞼をパチパチさせながら、ロンが顎に手を当て首を傾げる。竜人の里では子供こそ外で遊び回っているが、大人が過ごす余暇は静かに祈るか己を鍛えるかくらいで、娯楽らしい娯楽にはあまり縁がなかったからだ。


「フフフ、そうねぇ。娯楽とは言っても、やってること自体が大きく変わるわけじゃないわぁ。たとえば趣味で畑を耕したり、パンを焼いたりする人だっていたでしょうしねぇ」


「えっ、それ趣味なの!? どう考えても仕事なんだけど」


 驚きの声をあげるフレイに、ムーナはニヤリと笑って答える。


「そうよぉ。趣味だからこそ好きなときに好きなだけやればいいし、採算度外視で味を追求したり、あるいは単にどれだけ大きな野菜を収穫できるかで競ったりみたいな遊びができるのよぉ。


 ちなみに、そうやって趣味で作られた最大の野菜は、民家くらいの大きさのカボチャらしいわぁ」


「うわぁ、趣味半端ないわね……」


「食べるわけではなく野菜を育てる……奥が深いですな」


「じゃ、続けるわよぉ?」





 そんなアトラガルドにおいて、ある日一つの娯楽が生まれた。それは小さなゴーレム同士を戦わせるというもので、最初は無数にある娯楽の一つでしかなかったそれは、徐々にアトラガルド中に広まっていった。


 最初の内は、単なるゴーレム同士の殴り合いだった。だがより刺激を求める人々によってそこに剣や斧などの武器が用いられるようになり、そこに凝り性だった人物が作り上げたゴーレム用の小型魔導具が搭載され、火球や雷撃などのちょっとした魔法まで使われるようになる。


 仲間内でするだけだった対戦の規模が広がり、世界各地で大会が開かれるようになる。そうやって熱狂は更なる熱狂を呼び、ドンドンと強い刺激が求められるようになる。


 あくまでも小型ゴーレムによる一対一に拘り、ゴーレムやその武装に搭載する魔術回路を洗練していく者。より強い刺激が欲しいと軍団戦を行うようになり、疑似戦争による指揮官ごっこを楽しむ者。なかには危険を承知でゴーレム用に開発された魔導具を人間が身につけられる大きさに改造し、自ら装着して戦うものまで現れ、時には死傷者すら出ることもあったが……それでも世界は平和であった。


 何故なら、それはあくまでも娯楽であったから。誰かに危険を強制されるわけでもないし、危険な武器を使える場所はきちんと整備され、関係ない一般人を巻き込んだりもしない。負けた腹いせに喧嘩をする者や調子に乗って町で暴れる者などは幾らかいたが、アトラガルドの警備機構は万全であり、それこそ数千人規模で一斉蜂起でもされなければどうということもない。


 なので、世界は平和であった。その日、それが起こるまでは――





「えっ、何なに!? 何が起きたわけ!?」


「フム。今の話の流れからすると、知性を与えられたゴーレムの反乱などでしょうか?」


「それはねぇ…………」





 ゴーレム戦闘競技の一つ、軍団戦(レギオン・ウォー)。通常は一〇〇〇対一〇〇〇で行う競技なのだが、その日は民衆の熱烈な要望に応え、一〇〇万対一〇〇万という超大規模な戦……大軍団戦グレートレギオン・ウォーが初めて開催された。


 平和だからこそ。誰も死なない娯楽であるからこそ。人々は天に映される激戦の風景に魅了され、戦場に咲く爆発や閃光の華に声をあげ、加熱する戦場に熱狂の叫びをあげる。


 そしてそんな催し物に、一人の男が片方の軍の司令官として参加していた。通常の軍団戦に「一撃で敵を吹っ飛ばしたらかっこよくね?」という理由でお手製の魔導砲……周囲の魔力を収束して砲弾として撃ち出すかなり強力な兵器……を持ち出してしこたま怒られたその男は、今回も懲りずに戦場に魔導砲を……それも今回の大軍団戦に合わせて魔改造したそれをこっそりと設置していた。


 男は虎視眈々と魔導砲を発射する機会……自分が一番派手に目立てる機会を狙い、そして遂にその時が訪れ……ボタンを押す。


 瞬間、戦場に光の柱が立ち上った。収束した魔力弾を撃ち出すはずの魔導砲が、何故か集めた魔力を天に向かって放出し続けている。


 男は馬鹿だった。より派手な結果を求めて魔導砲の安全装置は端から取り外されており、しかも魔導砲本体に出力を増幅する装置を六四個も繋げていた。結果魔導砲は途轍もない勢いで周囲の魔力を吸い上げ、それを全て無意味に天へと放出していく。


 だが、その光景に危機感を覚える者はいなかった。むしろ面白い見世物であると手を叩いて喜び、だが同じ光景が一〇分も続けば飽きて忘れてしまうほどに、何の脅威も感じてはいなかった。


 なので、魔力を吸い取る力が凄すぎて誰も魔導砲を止められなかったとしても、それを深刻な問題と受け取る者はいなかった。その内周囲の魔力を吸い尽くして勝手にとまるか、どうしようもなければいずれ専門の治安部隊が出てきて対処するだろうと勝手に判断した。


 そんな考えは治安部隊にすら蔓延していた。爆発するでもなくただ魔力を吸って吐き出すだけの魔導具ならば、放置しても問題ないだろうと他の案件を優先していた。


 何故なら、魔力は無限だから。世界にあまねく満ちている魔力はどれだけ使おうと使い切ることなどできないし、そもそも魔力をそのまま空に放出しているのなら、単に循環しているだけだと考えてしまったから。


 だが、魔導砲の出力は皆が考えるよりもずっと強かった。天に立ち上る光の柱はほんの僅かに空を越え宙へと至り、世界の外側に魔力を放出していた。それは巡ることなく虚無の海へと消えていき、世界から魔力が失われていく。


 魔導具の出力が落ちていることをおかしいと感じた時には、既に手遅れだった。全ての魔導具が多かれ少なかれ周囲の魔力を集める能力を有していたために、もはや地上付近に収束してなお魔力が薄いという状況になっていたことに、最後の最後まで気づけなかった。


 気づいた時には、世界はしぼんだ風船のようだった。上空にはとっくに魔力が無くなっており、魔導具達の働きで地上付近に寄せ集められていた魔力も残り僅か。焦った人々は大急ぎで魔導砲を破壊しようとしたが、そもそもアトラガルドの武装は全て地上に魔力が満ちていることを前提としている。魔力を根こそぎ奪い取ってしまう魔導砲との相性は最悪で、やっとそれを壊した時、地上に残った魔力はとても人々の生活を支えられる量ではなかった。


 長く平和だったからこそ、人々は危機感を忘れていた。魔力があることが当たり前だったからこそ、それが無くなるなど想像もしていなかった。


 大きな戦乱でも未知の侵略者でもなく、不治の死病でも知恵ある従僕の反乱でもない。誰もが見過ごした何の脅威でもない魔導具の誤動作により世界に満ちた魔力のほとんどが失われ……魔導王国アトラガルドの滅亡が確定した。

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[一言] アトラガルドの滅亡の仕方アホすぎて草。 こんなの知ったらオーゼン大いに落ち込むだろww
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