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父、出会う

 飛ばされたのは、明らかに閉鎖された空間。台座のメダリオンの他にも周囲の壁や床が淡く光っているため暗闇というわけではないが、部屋の何処にも扉らしきものはない。


「これは……転移系の罠か? 何故あんなところに?」


『よくぞ来た。王の試練へと挑むものよ』


「しかもこちらに魔法陣が無いということは、一方通行か……迂闊であった。いや、しかしあんな所に罠があるとは誰も思わんだろう」


『よくぞ来た。王の試練へと挑むものよ』


「どうしたものかな? ムーナがいれば仕組みがわかるのかも知れんが、ミミルを外に残しているのが気がかりだ。とりあえず壁か天井をぶち抜いて――」


『やめんかこの愚か者が!』


「おおぅ!?」


 明らかに人の手によって作られたであろう、閉鎖された空間。背後のメダリオンからツッコミが入ったことで、ニックは軽い驚きと共に改めてそちらに顔を向けた。


「お主、ひょっとして会話できるのか!?」


『さっきから声をかけていたであろうが! 貴様の耳は飾りか?』


「そうではない。単に決められた言葉を話すだけでは無く、会話できるほどの知能があるのかと聞いているのだ。で、どうなのだ?」


 この問答をしている時点で答えは出ているようなものだが、それでもニックの問いにメダリオンは尊大な口調を崩すこと無く答える。


『当然、我には高度な知能が宿っている。王を目指すものを補佐し、見極めるためには絶対に必要なものだからな』


「王? そう言えば先ほどからそんな事を言っていたが、そもそもここは何処でお主は何なのだ?」


『それを知らずにここにやってきたのか!? 我としてはその方が驚きなのだが……そんな輩がどうして我の元にたどり着けたのだ? 警備はどうした?』


「警備? あの蛇共のことか?」


『蛇? 何を訳のわからぬことを……警備のための魔導兵が配備されておったであろうが』


「魔導兵……?」


 メダリオンの言葉に、ニックはしばし考え込む。そうして頭の中を隅から隅まで探したところで、やっとその単語の表すところに思い至った。


「ああ! 魔導兵と言えば、古代文明の遺跡でたまに出るアレか! なかなかに硬かった記憶があるぞ」


『魔導兵の印象が硬いだけだと!? いや、そこではない。おい貴様、古代文明とはどういうことだ? 至高なる魔導王国アトラガルドはどうなったのだ!?』


「アト……何だ? 名前は知らぬが、古代文明とはこの大陸で一万年程前に栄えていたらしい文明だな。そこの遺跡でごく希に見かけた金属製のゴーレムが、確か魔導兵だとムーナが言っておった」


『一万年前……確かに妙に次の挑戦者が現れるのが遅いとは思っていたが、まさか滅んでいたとは……一体何故……』


「そんな事儂は知らん。歴史学者にでも聞くしかあるまい」


『……そうだな。いかにも無知蒙昧そうな貴様に聞いても仕方あるまい』


 メダリオンの皮肉に、しかしニックは動じない。実際聞かれてもこれっぽっちも答えられる事など無いし、そもそも道具に腹を立てる程ニックの器は小さくは無かった。


「まあそんな事はどうでも良い。儂はここを出て元いた場所に戻りたいのだが、どうすればいいかわかるか?」


『ここから出たいのならば、試練を越えるしかないな』


「試練?」


『そうだ。ここは新たなる王を目指さんとするものが訪れる「百練の迷宮」の最初のひとつ。我を手にし試練を越えることが王への道の第一歩であり、それを為さねばここから出ることは叶わぬ』


「そうか。ならばその試練とやらを受けよう。お前を手に取れば良いのか?」


『……本気か?』


 全く迷うそぶりすら見せずにそう言ってのけたニックに、メダリオンは訝しむような声を出す。


「それしか出る方法が無いと言ったのはお主ではないか。まああまりに時間がかかるようなものであれば無視して壁を壊すかも知れんが、現在位置もわからぬ以上正規の脱出法があるならそれを選ぶのは当然であろう?」


『ここの壁を人の身で壊せるとは思えんが……まあ良い。ここにたどり着いた時点で試練への挑戦権は間違いなく存在する。ならば我を手に取り、心臓の上に押し当てるのだ』


「こうか?」


 ニックは言われた通り直径一〇センチほどの真円のメダリオンを手に取ると、服越しに自分の心臓の位置に押し当てる。


『こ、これは!?』


「何だ? 何か問題でもあったのか?」


『いや、問題は無い。きちんと貴様の魔力波形は登録できた……が……』


 問題無いと言う割には、メダリオンの言葉は歯切れが悪い。そのまま躊躇うような沈黙が若干続き、何とも言いづらそうにメダリオンが言葉を発した。


『貴様の魔力があまりにも少なかったので、少々驚いたのだ。全く魔力が無いというならそれはそれで極めて希有な才能なのだが、ごく少量の魔力を普通に宿しているというのが……まさか三級国民並とは』


「それだと何が悪いというのだ?」


 確かにニックは魔法など使えないし、ムーナにもそっち方面の才能は皆無だと言われたことがある。だが日常に役立つような魔法道具を使えないということもないし、生活において不便を感じたことなど無かった。


『アトラガルドにおいて保有魔力は極めて重要な意味を持つ。高度な魔導具を使いこなすには大量の魔力が必要であり、王ともなれば求められるのは最高水準であるからだ。


 無論単なる国民として暮らす分には多少職業選択の幅が狭まる程度で不便は無いが、この試練においては……』


「ふむん? つまりこれから儂等が受ける試練には、魔力が無いとマズいということか?」


『…………いや、これ以上は言うまい。とにかく試練を受けねばここで死ぬまで過ごすことになる。我を手にしたままあの扉の向こうへ進むが良い』


 言葉を濁したメダリオンがそう言うと、目の前にあった壁の一部が開き通路が現れる。ニックが先へ進むと、そこは縦横十メートルほどの小部屋であった。先ほどまでと同じく周囲の壁が淡く光っているため何も見えないということはないが、唯一天井だけは全く見通せないほどに高い。


『この部屋の中央に立ち、我を天高く掲げよ。さすれば試練が降り注ぎ、それを耐えれば元いた場所へ戻る転移陣が現れるであろう』


「なんだ、簡単ではないか! よし、では早速……」


 軽い足取りで歩いて行くニックに対し、メダリオンは憂鬱な気分に浸っていた。


(天より降り注ぐ魔力は王の資質無き者を容赦なく焼き尽くす。この者の魔力では耐えきれるはずも無い……だがこれは王の試練。越えるか死ぬかのどちらかしか無く、たとえ真実を告げて試練を避けたとて緩やかに餓死するのを待つのみ。ならばせめて苦痛無く一瞬で燃え尽きる方が……)


「ここでお主を掲げれば良いのか?」


『……そうだ。あー、いや、そうだな。何か言い残すことなどはあるか?』


「何だその儂が死ぬような言い草は。特に無いな。己の口で告げられぬ想いなどありはせん」


『そうか……わかった』


 努めて平坦にメダリオンは言う。ニックが死ねば、メダリオンはまた先ほどの台座に戻って次の挑戦者を待つのみとなる。


(誰に伝えることはできずとも、せめて我の中にくらいは言葉を刻んでやりたいと思ったが……致し方あるまい)


「では行くぞ!」


『うむ。選定者たる我が願う。この者の資格を試したまえ!』


 瞬間、天井より光の柱が降りてくる。それはニックのいる部屋を隙間無く埋め尽くし、資格無き者の存在を否定するように圧倒的な力で室内を蹂躙していく。


「うぉぉ!?」


 うめき声と共に、ニックの手からメダリオンが落ちた。唯一この光の影響を受けないメダリオンが地面に落ちてチャリンと音を立てる。


(ああ、やはり一瞬も保たなかったか。すまぬ、遙かな未来より訪れた迷い人よ。其方の犠牲は我の体にしっかと刻んでおくと約束しよう)


 誰に聞かれる訳でもない懺悔は、部屋の光が収まるまで続いた。

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