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父、残る

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ……………………」


「落ち着いたか?」


 ひとしきりジタバタした後、長い息を吐いて動きを止めたイキリタスにニックがそっと語りかける。振り向いたイキリタスの顔には汗でぺったりと髪が張り付いていたりしたが、表情そのものはスッキリしたものに変わっている。


「ああ、落ち着いた。とりあえず世界樹については保留だ。というか、ボクの中の気持ちを除けば世界樹の重要性は更に高まったわけだしな。


 ちなみに、他にも何か情報はあるのか?」


 軽く指を鳴らすだけで顔の周囲に微弱な風を巻き起こし、髪型を整えたイキリタスがオーゼンに問う。


『うむ? そうだな。他に貴殿に伝えることがあるとすれば、この塔の歴史くらいだろうか? と言っても我が調べた限りではおおよそ八〇〇〇年分の活動記録がある。こんなものを全て伝えていたらそれこそ何年かかるかわからんぞ』


「それは……興味はあるが、確かに全部は無理だな。なら要点だけを伝えてくれ」


『いいだろう。要点を纏めるならば……この塔ができてから三〇〇年程度は、外部からの敵の侵攻があったようだな。だがその後はこれと言って何もない。ごく稀に隠蔽や防御の術式を歪めるほどに強大な呪いを宿した魔物が世界樹に取り付くことはあったようだが、それも全て討伐されている』


「そうか。確かにあそこまで強力な呪いとなると、結界魔法なんかは弾かれるだろうからな」


 オーゼンの言葉に、イキリタスの脳内で忌まわしい()ツ星テントウの姿が蘇る。倒しこそしたが理不尽筋肉の拳ですら体がへこむ程度の傷しか負わなかったその呪いの強さを考えれば、如何に世界樹の結界とはいえ拒みきれなかったのは道理だ。


『なので、我が語れるのはそのくらいだ。一応時間をかければ歴代の王がいつ世界樹の力を継いだのかや、どんな力の使い方をしたのかくらいはわかるだろうが……それを探し出すのにもまた時間がかかる。何せ量が膨大だからな』


 たかが活動記録の検索とはいえ、その量は八〇〇〇年分。オーゼンの処理能力をもってしても、一度探し始めればどれだけの時間がかかるのか検討もつかない。


 最初の予想では一分で終わると判断された処理が一時間経っても一割も進まないというのは魔導具界のあるあるだ。


「いや、そこまではいい。世界樹がどういう働きをしているのかはわかったしな。となると後は……なあメダリオン。一応聞くんだが、世界樹が精霊を生み出しているというのなら、ボクの意思で世界樹から新たな精霊を生み出すことはできると思うか?」


 イキリタスの目がキラリと光り、オーゼンにそう問いかける。だがそれに対するオーゼンの答えは厳然たるものだ。


『不可能だ。そもそも貴殿はこの塔に入ることすらできなかったのを忘れてはならん。不正な誤魔化しでこの場にいるだけの存在が、今以上の力を求めるのは分不相応と言うものだ』


「ぐっ……言うなメダリオン」


 その辛辣な言葉に、イキリタスが顔をしかめる。だがそれが事実であるだけに反論などできないし、それを受け入れないのは世界樹を作った何者かに下に見られているという事実よりもなおエルフの誇りを汚すことになってしまう。


「チッ、ならボクの要求はここまでだ。それで? お前達の知りたいことはわかったのか?」


「おお、そうだ! どうなのだオーゼン?」


『……いや、アトラガルドの滅亡に関する情報はなかった』


「そうか……残念だったな」


 心なしか力の籠もらないオーゼンの声に、ニックもまた肩を落として言葉を返す。完全稼働している古代遺跡ということでこれまでで最も期待が高かっただけに、ニックの落ち込みもひとしおだ。


『何故貴様がそのような顔をするのだ。大丈夫だ、全ての手がかりが潰えたわけではないのだからな』


「む? ということは、何か新しい手がかりを得たのか?」


『正確には得られそうな気配がある、だな。ただしそれにもやはり時間がかかりそうなのだ。そこでエルフの王よ、貴殿に頼みがあるのだが、我とニックが長期間ここに留まる許可をもらえないだろうか?』


「お前達をか? うーん、そう何度も結界を閉じたり開いたりはしたくないんだが……」


『そうではない。出入りするのではなく、言葉通り調査が終わるまでずっとここに滞在する許可だ。


 先程貴殿の協力でこのYggdrasill Towerへの入り口を開いたが、おそらくあれは二度は使えぬ。つまり一度ここを出てしまえば二度と戻れぬのだ。だからこそ今のうちにできるだけ調べたいのだ』


「む、そうなのか……お前達を残してボクだけが外に出てしまった場合はどうなる?」


『内側からならば扉の開閉もできると思う故、貴殿が側にいると知る手段があれば再び招き入れることは可能だ。とは言え塔の機能でそれを把握するのは現段階では無理だが……貴様ならわかるのではないか?』


「ん? 儂か? そうだな。結界の内と外くらいまで隔てられると断言はできぬが、結界内部で扉の前にいるというのであれば、イキリタスの気配くらいはわかるぞ」


『ということだ。我らがここに留まっている間であれば、貴殿を再び招き入れることもできるだろう』


「そう、か。うーん……………………」


 オーゼンの願いを聞き、イキリタスは腕組みをして考え込む。


 普通に考えれば今回教えられた事実により更に重要度が増した世界樹に部外者を滞在させるなどあり得ない。ましてや再び内部に入れるかどうかを相手が決めるというのであれば尚更だ。


 だがそれでも、イキリタスは真剣に考え込む。昨日から幾度も繰り返してきた、王と人の狭間で揺れる価値観に思い悩み……そして遂に結論を口に出した。


「わかった。お前達が滞在することを許そう」


「いいのか!?」


 その答えの「あり得なさ」をきっちり理解しているニックが驚きの声をあげるが、イキリタスの反応は皮肉な笑みを浮かべつつ肩をすくめるというものだ。


「いいさ。だってお前等、もしボクが駄目だと言っても強引にここに残れるだろう? 悔しいし認めたくないが、国ごと吹き飛ばすくらいの覚悟がなかったらボクにニックは倒せないだろうしね」


「儂はそんなこと――」


「しないさ。しないだろうね。きっとボクが駄目だと言えば、お前は大人しくそれに従うはずだ。でもだから……だからこそだよ。無理を通せる力があるのに、お前はそうしない。そういう相手だからこそ、ボクはお前を信用できる。


 ニック。エルフの王たるボクが認める、基人族の友よ。この言葉の重さを知るからこそ、ボクはお前にそう言おう……お前を信じると」


「イキリタス…………感謝する」


 まっすぐに自分を見ながら言ったイキリタスに、ニックは心からの感謝と敬意を込めて頭を下げた。偉大な王に、親愛なる友に。受けた信頼は大きな熱となってニックの胸を一杯に満たす。


 その後、オーゼンによって自動昇降機(エレベーター)の床が下へと移動し、一行は途中にあった金属の壁のところまで進む。そこで一旦足を止めると、一人その壁を越えたイキリタスが振り返ってニックに話しかけた。


「見送りはここまでいい。ああ、それと一応言っておくが、世界樹の結界は元に戻しておくから、外に出るときは気をつけろよ? 幹から一、二歩離れるだけでももうここには戻れないだろうからな」


「わかった。気をつけよう」


『心から感謝する、エルフの王よ』


「ん。じゃあまあ、調べ物頑張れよ」


 何とも適当な声色でそう言うと、イキリタスはクルリと背を向け、ヒラヒラと手を振りながらその場を歩き去って行く。その姿が結界を越えて見えなくなるまで見送ったところで、ニックもまた踵を返して元来た道を戻り始めた。


『貴様も、すまぬな。随分強引に付き合わせてしまった』


「ふふふ、何を今更。それを言うなら儂とてお主には色々と無理を言っているからな。こんな時くらいは協力させてくれ」


『そうか……感謝する』


 短い、だが心のこもった言葉が、熱の入ったニックの体に更なる熱を加えていく。


「さて、では二人分の信用に応えるためにも、頑張るとするか!」


『あー、張り切っているところを悪いが、貴様にしてもらうことは何も無いぞ? 本当に申し訳ないのだが、邪魔にならないところで大人しくしていてくれとしか……』


「ぬぅぅ……まあ、うむ。そうか……」


『何と言うか……すまぬ。本当にすまぬ』


「ははは、仕方あるまい」


 申し訳なさそうな声を出すオーゼンに、ニックは力の抜けた苦笑を返すことしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 信頼の信頼で結ばれた素晴らしい絆、良いものですな(*´Д`*) [一言] 意識が戻ったオーゼンの目に最初に映るのは汗が美しく滴る筋肉の芸術(もちろん汗で濡れるとアレだし人目もないので肌色世…
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