エルフ王、驚愕する
「おい、いくら何でも遅くないか?」
「そう言われてもなぁ」
オーゼンが沈黙してから、早数時間。イキリタスのじれた声に、ニックが苦笑して答える。
「確かにこれほどの長時間を必要とするのは儂としても初めてのことだが、この規模の施設であれば相応に時間もかかるものなのではないか? そもそも本人もそう言っておったのだし」
「いや、そうだけど、それにしたって遅いだろ。一体いつまでここにいればいいんだ?」
下手に周囲のものに触るなと言われているため、ニック達に許されたのは床に座り込んで周囲を眺めることだけだ。無数の幻影の窓には様々なエルフ達の姿が代わる代わるに映し出されるためにかろうじて退屈を紛らわせてはいるが、それでも我慢に限界というものはある。
「今はまだいいが、流石に夜まで帰らなかったら大事になるぞ? チッ、この床がボクにも動かせればいいんだが……」
「何か外部と連絡を取る手段はないのか?」
「無いとは言わないが、ここで使えるわけないだろ」
ニックの言葉に、イキリタスが呆れたような顔をする。ここから外に連絡を取るということは、逆を辿ればこの場所がわかってしまうということだ。長年秘匿し続けてきた世界樹の場所、しかもその内部に自分がいることを知らしめるのは、王が行方不明になることとは比較にならないほどの大問題となってしまう。
「ならば待つしかあるまい。こちらからオーゼンを刺激するのはやめた方がいいだろうしな」
かつてそれで大失敗をしたことがあるだけに、イキリタスの言い分を理解はしてもニックとしては待つ以外の選択肢を選びようがない。壊していいなら脱出は簡単だが、それこそイキリタスが了承するはずが無い。
『うっ……』
と、そこで待望していたオーゼンのうめき声が聞こえ、ニックがそちらに顔を向ける。
「む、噂をすればだな。目覚めたかオーゼン」
『うぅぅ……ニックか? 我がYggdrasill Towerと接続してから、どのくらいの時間が経った?』
「うむん? その幻影が現在の外を映し続けているのであれば、おおよそ鐘二つ分(4時間)くらいか?」
『そうか……思ったよりもかかったな』
「それで!? 世界樹について何かわかったのか!?」
『そう慌てるな、エルフの王よ。順次説明していこう』
側に詰め寄ろうとするイキリタスを、オーゼンが言葉で制する。それを受けて二人が姿勢を正したところで、オーゼンは徐に自分の知り得た情報を語り始めた。
『まず大前提として、今回得られた知識はYggdrasill Towerに眠る情報のほんの一部だ。この塔の全てを解析するとなると、それこそ年単位に時間がかかってしまうからな』
「何と、お主でもか!?」
『うむ、我でもだ』
驚きの声をあげるニックに、オーゼンは不本意ながらもそう答える。
アトラガルド最高の魔導具であるオーゼンから見ても、この塔に使われている技術は圧倒的に高度であった。それは発展の順を追うことなく突然一〇〇年先の魔導具を見せられたようなものであり、答えから手順を逆算するのはオーゼンをしても並大抵のことでは無い。
むしろそれを実行できることこそがオーゼンが如何に優れているかの証明であるのだが、そんなことはオーゼンにとって何の自慢にもならなかった。
『さて、それでは最初はお主達が最も知りたいであろうこの塔の役割についてだが……どうやらこの塔はエルフから魔力とは違う何らかの力を吸い取り、それを用いて精霊を生み出しているらしい』
「精霊を……生み出す? 精霊とは自然発生するものではないのか?」
オーゼンの言葉に、ニックが思いきり首を傾げる。精霊とは自然の概念が意思を持ったような存在であり、その概念に何らかの理由で一定以上の魔力が集まると生じると言うのが一般的な常識だからだ。
『その辺は我にもわからぬ。そもそもアトラガルドの時代に精霊などというものは存在しなかったのだが、それが観測できなかっただけなのか本当に存在しなかったのかは今となってはわかりようがないからな。
ただ少なくとも、この塔には精霊を生み出す力がある。それだけは確かだ』
「ふーむ。なあイキリタス、お主はどう……イキリタス?」
エルフと言えば精霊の専門家であり、ならばこそイキリタスにも意見を求めようとしたニックだったが、隣に顔を向ければイキリタスが呆然とした表情で立ち尽くしている。
「お、おいイキリタス!? どうした、大丈夫か!?」
「ニック……あ、ああ。大丈夫だ。ちょっとビックリはしたが……しかし、精霊を生む? そんなことが本当に可能なのか?」
『わからん。使われている魔法式があまりに高度すぎて、それが本当なのか偽装なのかすら判断できぬのだ。我はそれが正常に稼働するとそういう結果を生み出すのだという、いわば「説明書」を読んだに過ぎんからな』
「そうか。ボクとしては確証が欲しいところだが……」
「精霊を生み出すというのは、大事なのか?」
「当たり前だろ! 精霊は我らエルフにとって最大の友だぞ!? それが世界樹によって生み出されているなど…………ん? それはそれで別に問題が無い気がするぞ?」
ニックのとぼけた発言に食ってかかろうとするイキリタスだったが、世界に一本しかない天を衝く大樹から精霊が生まれるという事実には別に否定的な感情はわかない。むしろ神聖な世界樹が精霊を生むというのなら、納得してより一層世界樹を崇めようと思えるくらいだ。
「いや、しかし、この塔がと言われるとな……だが塔は世界樹なわけで、うーん? 何だ、自分でもよくわからないんだが、なんとなく納得できないというか……」
『ふむ。自然物は信仰対象となるが人工物は駄目という心理は理解できなくもないが、それを言うなら神をかたどった像を人が造った場合はどうだ? それでもやはり駄目か?』
「そ、れは……問題ない気がするけど……うぐぐぐぐ、何だこの……何だこれ!? ボクのこの気持ちはどうすればいいんだ!?」
「儂に聞かれてもなぁ」
頭を抱えてウンウンと唸るイキリタスに、ニックは困った顔でそう答えることしかできない。なんとなく言わんとすることは伝わるのだが、然りとてニックにも上手い解決法など思いつきはしない。
「こんな……クソッ! まさかアレか? こういう気持ちにならないように、あえて何処かの王が世界樹に関する情報を削ったとでも言うのか!?」
『あー、それは否定できんな。余計なことを知らなければその分背負うものが減る。知らないことで困らない事実であれば、後世に伝えないという選択肢を選んだ王もいたかも知れんな』
「つまり今回のイキリタスと逆の選択をした王がかつていたということか。それはそれで賢明だったのかも知れんな」
「ぐぐぐぐぐ……否定はしない」
真実を知ることで本来必要のなかった悩みを抱えてしまったイキリタスは、ニック達の会話に唸りながら同意する。イキリタス個人としては王という責務を負うならば全てを知るべきだとは思うが、では自分の後を継ぐ王に同じ苦しみを背負わせたいかと言えばそんなことはない。
それに何より、もし自分の後に続く王のなかにその事実を不快に思って世界樹を壊したりするような人物がいたりすれば大事だ。そういう危険性を鑑みれば、確かに伝えないことを選ぶ利点は十分にあるのだ。
「チッ、もっと愚鈍な存在であれば迷うことなく事実を受け入れられただろうに……世界一偉大な英知溢れる種族であるエルフの、その中でも一際優秀な王である自分の存在が恨めしい……っ!」
「……そこまで言えるのであれば大丈夫なのではないか?」
「何か言ったか駄筋肉!」
「いや、別に?」
「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バリバリと頭をかきむしり身もだえるイキリタスを前に、ニックは空とぼけた表情でそっと目をそらしてその場をやり過ごした。