父、謎解きをする
特に急がなければならない理由があるわけでもないため、その後ニックはたっぷりと双子姫の歓待を受けた。綺麗なドレスを褒め称え、せがまれるままに前回ここを出てからの冒険譚を話せばあっという間に時間は過ぎていき、結局は城に泊まることとなる。
ニックの側で楽しそうにする娘達にイキリタスが血の涙を流しながら口元をひくつかせたり、ニックの背中を流そうと風呂場に突撃してきた……子供とはいえ、一応湯衣は着ていた……娘二人を追って飛び込んできたイキリタスが、「それが諸悪の根源かぁ!」と執拗にニックの股間目がけて強力な攻撃魔法を連発したりするなどの騒ぎはあったが、翌日の朝、ニックとイキリタスの姿は無事世界樹の麓にあった。
「ほら、着いたぞ鬼畜変態糞筋肉」
「まだ言うか! 幼子のしでかしたことなのだから、そこまで目くじらを立てることもあるまい」
「うるせーよ! もしまた同じ事をしたら、今度こそお前の邪悪な股間を消し炭に変えてやるからな!」
悪態をつきながらもイキリタスが一歩前に出る。といっても、そこには何もない。開けた土地があるわけでもない本当にただの森の中で、イキリタスがにわかに真剣な表情になって呪文を唱える。
「目覚めろ、世界樹ユグトラシルッター! エルフの王たる我が前に、その真の姿を示せ!」
『Elemental Life Fragmentより要請を確認。Yggdrasill Towerの隠蔽機能を限定解除します』
その呼びかけにイキリタスにしか聞こえない声がそう答えた瞬間、周囲に強大な魔力の波動が広がっていく。魔法に鈍感なニックですら吹き飛ばされそうと錯覚するそれが体を吹き抜ければ、目の前に現れたのは途轍もなく巨大な木の根。見上げればこれまた圧倒的な太さを誇る幹が天高くまで伸びており、遙か空の果てには世界を覆い隠すのではないかとすら思える量の葉が生い茂っている。
「うーん。直接見るのは二度目だが、やはり壮観だな」
『これほど巨大な樹木が存在するとは……いや、あの資料が正しいならばこれもまた人工物ということか?』
「一応言っておくが、あの境目より先には行くなよ? そこから向こうは変わらず隠蔽結界が働いているから、出たらボクの許可なしじゃ中に戻ってこられないからな」
そう言うイキリタスの視線の先を見れば、森と世界樹を隔てるようにキラキラと輝く薄い膜のようなものが広がっている。常時展開型の転移魔法で光も音も全て「塔の向こう側」へと通すことで違和感なくYggdrasill Towerの存在を消すという高度な魔法技術を内側から見た場合の景色だが、そこまでのことはイキリタスも理解してはいない。ただそういうものだと教えられ、実際そういうものだと体験してみた結果があるだけだ。
「気をつけよう。で、オーゼン。これをどうすればいいのだ?」
『そうだな……とりあえず我をあの大樹の幹に押し当ててみてくれるか?』
「わかった」
オーゼンの言葉に、ニックは腰の鞄からメダリオンを取り出して世界樹の幹にあてる。そうしてそのまましばらく待ったが……
『うーん、駄目だな。少なくとも表層はただの樹木としか思えぬ』
「そうか。ならばどうする? 少しばかり皮を剥いだりすればいいのか?」
「オイオイオイオイ! あんまり乱暴なことはするなよ!? 調べる許可は出したが、壊していいなんて一言も言ってねーからな!」
「まあ、それはそうだが……」
ニックとしてもエルフ達が大事にしている世界樹を進んで傷つけたいわけではないが、かといって他によさそうな手が思い浮かぶわけでもない。そうしてニックとイキリタスが会話を交わしているところで、ふとオーゼンの頭に浮かぶものがあった。
『……そう言えば、この見た目であってもこれはYggdrasill Tower……つまりは塔なのだ。であれば正規の出入り口があるのではないか?』
「? 何言ってるんだこのメダリオンは。世界樹ユグドラシルッターが何で塔なんだよ?」
『いや、この施設の正式名称は間違いなくYggdrasill Towerのはずだ。エルフ達が口伝で名を伝える間に僅かに訛ったのではないか?』
「えー? そう言われてもなぁ……」
オーゼンの指摘に、イキリタスは世界樹を見上げる。だが何処からどう見てもそれは大樹であり、少なくとも自分の知る石造りの塔などとは似ても似つかない。
「人が作ったって言っても、特別な木の苗木を植えたとかそういうことだと思ったんだけど……これが塔?」
訝しげな声をあげながら、それでもイキリタスがゆっくりと世界樹の周囲を歩き始める。当然ニックもそこに付き従ってぐるっと世界樹を一周して回るが、入り口どころか人工物らしい痕跡すらそこには無い。
「やっぱり何も無いよなぁ。なあニック、そのメダリオンが手に入れた情報が間違いだっていう可能性は無いのか?」
「それは儂には何とも言えんが……どうだオーゼン?」
『我とて自分が失敗を犯さぬとは言わぬが、流石に手に入れた情報の全てが偽装というのは考えづらいな。というか、世界樹の場所が合っているのに木を塔と偽る理由がない。
となると、一番可能性が高いのは正規の手段でなければ入り口を発見できないということだな。これほどの規模の物体を完全に隠蔽しているのだから、入り口ぐらいどうとでも隠せるだろう。
むしろエルフ王に問いたいのだが、先程結界を解除したように、何か秘密の入り口を開くような呪文などは無いのか?』
「それは……ちょっと試してみるか? 世界樹ユグドラシルッターよ! エルフの王たる我が前に、その入り口を開け!」
『警告。Elemental Life FragmentにはYggdrasill Towerの内部システムに干渉する権限がありません』
「何っ!?」
「どうしたのだ?」
突然声を上げたイキリタスに、ニックが不思議そうに声をかける。
「いや、何と言うか……中に入る権利がないみたいなことを言われた」
「言われた? 誰に?」
『世界樹にであろう。我と貴様の関係と同じだ。おそらく登録者にのみ返答を送っているのであろうが……さて、そうなるとどうしたものか』
ニックの疑問に先回りして答えたオーゼンが、自ら出したその答えに思案を深める。
『王で駄目となると、他のエルフでは論外であろうし……なあエルフの王よ。世界樹の声を聞ける者は他にもいるのか?』
「いや、基本的には王だけだ。ごく稀に世界樹と繋がることのできるエルフ……世界樹の巫女が生まれることがあるらしいが、最後の巫女が生まれたのは七〇〇年くらい前だな。如何にエルフでも、流石にもう生きていない」
『そうか。であれば……ふむ、一つ試してみるか。エルフの王よ、貴殿は魔力感知と操作には自信があるか?』
軽く挑発するようなオーゼンの言葉に、イキリタスが眉をつり上げ高い声を出す。
「ハァ? 誰に者を言ってるつもりだメダリオン! その手のことでエルフの、しかも王であるこのボクより優れた存在などいるはずがないだろうが!」
『ふふふ、よい自信だ。では我を手に取り、我に流れる魔力と全く同じ波長の魔力を世界樹に向けて放出してみてくれ』
「何でそんな……まあいいけど」
今一つ要領を得ない顔をしつつも、イキリタスはニックからオーゼンを受け取るとその内部に流れる魔力波長を読み取り、それをそっくり真似して世界樹に向けて放つ。何気なく行われたそれは世界で五指に入るイキリタスだからこそ可能だった超絶技巧であり、それに反応した世界樹から、不意にゴゴゴという地鳴りのような音が響いた。
「うわっ、何だ!?」
「音がしたのは世界樹の裏の方だったな。行ってみるか」
言いながら、ニックとイキリタスは再び世界樹を半周して裏の方へと回る。するとそこでは世界樹の幹に人が一人通れる程度の大きさの四角い穴が開いていた。
「おお、入り口ができておるぞ!」
「まさか本当に……? おいメダリオン、今のは何だ?」
『ここを守っていたというゴーレムの制御核に記録されていた魔力波長を模倣したのだ。守備範囲が世界樹の外部のみであったなら無駄だったであろうが、どうやら内部もそうだったようだな』
「何気に大活躍だな。ヒストリア殿に渡してしまったのは早まったか?」
『いや、本体となるゴーレムが無いうえに制御端末もないのだから、逆に本物の方が使いようがない。それよりも……』
「ああ、そうだな。イキリタス」
「わかっている…………行くぞ!」
ニックの呼びかけに短くそれだけ答えると、イキリタスはゴクッと唾を飲み込んでから先陣を切って世界樹の中へと進んでいった。