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父、秘密を打ち明けられる

「ハァ、ハァ、ハァ……偉大なるエルフの王にここまで無駄な時間を使わせたのは、建国以来お前達が初めてだぞ……?」


『貴様もな。我にここまで食い下がる存在は初めてであった』


「むぅ……」


 極めて次元の低い言い争いの結果、イキリタスとオーゼンの間には何か通じ合うものが生まれたらしい。それ自体は喜ばしいことだが、発端が発端だけにニックとしては素直に喜べない。


 そしてそんなニックの曇り顔とは裏腹に、イキリタスはテーブルの上に置かれたメダリオンへと視線を落とし、その目を細める。


「それに、十分に確認もとれた。こんなくだらない言い争いができるって言うなら……信じられんが、確かにこのメダリオンには知性が宿っているようだ」


『ほぅ? ならば今のやりとりはそのためのものだったと?』


「ハッ! 当たり前だ。エルフの王たるこのボクが、本気であんなくだらない論争に興じていたとでも思うのか?」


 言葉を話す魔法道具の作成は、実はそれほど難しくはない。だがそれは特定の行動に対して特定の言葉を返すといったような、いわば「叩いたら音が出る」という仕組みと変わらないものだ。


 無論それを何千何万通りも組み込み、答えに揺らぎを持たせるなどの手段を使えば限りなく人に近い会話をさせることも可能なのだろうが、やはりそれは「知識」ではあっても「知性」ではない。詰め込まれた情報が反応を返すだけであり、自ら考えて行動するわけではないからだ。


 だが、「中年親父の股間が汚いか否か」などというどうしようもなくくだらない内容に対し、これだけの時間人と変わらぬ対話が成り立つのであれば、それは詰め込まれた「知識」の反応ではなく、オーゼンという一個の「知性」であると言える。もしこれが誰かの入れ知恵だったとしたら、そいつはきっと世界で一番暇な変人だ。


『ならば先程の発言は訂正しよう。エルフの王よ、貴殿は王に相応しい慧眼を持っているようだ。我としても貴殿を試した甲斐があったというものだ』


「フッフッフ、偉大なるエルフであるこのボクには、何もかもお見通しさ!」


「……儂には普通に言い争いをしているようにしか見えなかったがなぁ」


 ぼそりと漏れたニックの呟きを、しかしイキリタスもオーゼンもそっと無視する。世の中には認められない、認めてはいけない事実というのもあるのだ。事実それを誤魔化すように、イキリタスが本来の話題を切り出す。


「お前が凄い魔法……いや、魔導具だというのはわかった。だがそれと世界樹と何の関係があるんだ?」


『うむ。我は世界が……あれほどに栄えたアトラガルドが滅亡した理由が知りたいのだ』


「……また話が見えなくなってきたんだが、その説明もしてくれるんだな?」


「無論だ。今こそ儂から語ろう。儂が娘と別れ、オーゼンと出会ってからの旅路をな」


 チラ見してきたイキリタスに、ニックはあの日からの出来事を語っていく。それは短くも長い濃密な日々であり、一年前に城に滞在したときは戦後処理などでゆっくり話す機会もなかっただけに、ニックの語りをイキリタスは静かに聞き入る。


 そうして全てを聞き終わると、イキリタスはゆっくりと息を吐いて一度瞑目してから改めてニックとオーゼンに視線を向けた。


「そうか。お前が娘と離れて旅をしているなんておかしいと思ったが、そんなことになっていたのか。理由はわかったが、だがなぁ……」


『やはり難しいだろうか?』


「……………………」


 オーゼンの問いに、イキリタスは腕組みをして考え込んだまま答えない。一人のエルフとしては友の相棒の願いを叶えてやりたいという思いはあるが、種族の王としては世界樹に部外者を近づけるなど絶対に許容できない。


 ならば結論はわかっているはずなのだが、それを迷わすのがオーゼンという存在だ。


「なあイキリタス。一つ基本的なことを聞いてもいいか?」


 と、そこでイキリタスの思考を断ち切るようにニックが声をかける。


「ん? 何だ?」


「そもそもエルフは何故そこまで世界樹という存在を重要視しておるのだ? 儂の見立てでは、単に神聖だから崇めているという感じではないと思うのだが」


「それは……」


 その根源的な質問こそ、エルフに伝わる最大の秘密。だが普通ならば切って捨てる質問に、イキリタスは深く逡巡し……そして遂に、決断を下す。


「……ボクが王位を継いだ時、先代から世界樹についての知識、伝承を幾つも伝えられた。その中で最も重要なことは、『世界樹は天を支える柱である』というものだ」


「柱? 確かにそれっぽくは見えるが……」


 あまりにも抽象的すぎて、「多分重要なんだろう」という程度の情報しか伝わってこない。そんなニックの渋顔に、イキリタスもまた肩をすくめて言葉を続ける。


「言うな。お前の疑問はボクも感じたことだ。だから先代に聞いたよ。『天などという漠然とした表現じゃわからない。具体的にはどういうことなんだ?』ってね。だがその答えは『自分も王位を継ぐときに同じ質問をしたが、わからないと言われた』だったよ」


「ぬぅ、それはまた……」


「仕方ないだろう? いくら我らエルフが聡明で偉大な種族とはいえ、一〇代二〇代と代を重ねればどうしても情報は劣化する。逆に言えばそのくらい昔から世界樹はエルフと共にあったわけだが……そうなるとな」


『なるほど。世界で最も長命な種であるエルフの間で失われた情報となれば、残っている可能性はかなり低いな』


 イキリタスの言葉に、オーゼンが深い納得を示す。資料にすら残せぬ情報を口伝のみで伝えるのは限界があり、ちょっとした表現の違いにより些細な勘違いが積み重なって情報が歪んだり、あるいは怪我や病気、戦などで予期せぬ死を迎えたことで伝えるべき内容がそっくり失われたりすることは珍しい流れではない。


 ましてやそれがエルフ……普通の人間ならば数百年のところ、数千年もの時が経過してしまっているとなれば、今更その情報を回収することなど事実上不可能に近い。


 だが今、イキリタスの前にはオーゼンがいる。遙か古代に生まれたというそれは自分達が決して読めなかった古代文字を難なく読み解き、それどころか何なのかすらわからなかった古代の魔法道具に干渉し、そこから世界樹に関する情報を抜き取ることにすら成功している。


(このメダリオンに頼れば、おそらく失われてしまった世界樹の真実がわかる。だが……)


 オーゼンに調べさせる以上、その秘密は最低でもニックとオーゼンに共有されることになる。それどころかオーゼンが本当に知り得た全てを自分に伝えるという保証もない。


 信頼という不確かなものを担保に、遙か未来で不具合が起きた場合に世界樹を救う手段を残すために、明日の国民の安寧を売り渡せるのか? 王たる自分が背負うべき責任は一体何処までなのか? 英知を宿したイキリタスの翡翠の瞳が、ジッと己の責務を見つめる。


「……………………」


 その様子を、ニックはただ黙って見つめる。もしイキリタスがそれでも駄目だと言うのなら、オーゼンには申し訳ないがニックは世界樹を諦めるつもりでいた。そしてオーゼンもまた、王という存在を誰よりも理解しているが故に、それに異論を唱えるつもりなどない。


 自分ではない誰かのために。奇しくも三人の思いが一致するこの空間の静寂を破ったのは、イキリタスの笑い声であった。


「フフッ、そうか。そうだな……よし決めたぞニック。ボクはお前達を……世界樹に案内しようと思う」


「いいのか?」


 思わず問い返したニックに、イキリタスはニヤリと笑う。


「いいさ……なあニック。危険を冒してでも子供達の未来に選択肢を増やしてやりたいと思うのは、王としての判断だと思うか? それとも親の欲目か?」


「フッ、愚問だな」


 いつの間にかやってきていた、密室の外の小さな気配。緊急事態に備えて外から内には音が届く仕組みになっているだけに、ニックのみならずイキリタスの耳にもまた扉の前で交わされている小さな内緒話が聞こえる。


『むー、パパとニック、まだ出てこないの……』


『ガマンよデーレ。ワタシ達は淑女(レディ)なんだから、このくらいで取り乱しちゃ駄目だわ!』


『ふふふ。扉を開けたらキレイにおめかししたアタシ達がいたら、パパ達ビックリしちゃうの!』


『そうね。早く出てこないかなぁ』


 可愛く小さな双子姫の声に、ニック達の相好が崩れる。秘密を知ってしまったのは残念だが、代わりに驚く準備は万端だ。


「子供の幸せを願わぬ親などいるはずがない。そこに王も何もあるものか。それよりも準備はいいのか?」


「誰に物を言っている! このボクの最高の驚き顔を見て震えるがいい!」


「その挑戦、受けて立つぞ?」


 二人で顔を見合わせてから、ニックはオーゼンを腰の鞄にしまい込み、イキリタスと共に席を立つ。そうして扉を開けた瞬間飛びついてきた少女達を、二人の父はわざとらしい驚き声と満面の笑みで受け止めるのだった。

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― 新着の感想 ―
小を大と、大を小と観、そこでご自身の願いと在り方の基盤に 立ち返られる。 イキリタス、ええELFやなぁ・・・
[一言] 先のゴーレムさんの最期の様子からすると、比喩的な意味とはいえ本当に「天を支えてる」可能性はありますね~…
[良い点] パパ同盟のほっこり具合良いなぁ [気になる点] 天に届くレベルの塔(軌道エレベーター)が倒壊した場合、自転に巻き取られて鞭の様に地表を叩いてヤバイか崩壊しながら周囲がヤバくなるロボットアニ…
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