父、紹介する
そうしてニックが案内されたのは、王の私室と言うには随分とこぢんまりした部屋だった。中央に丸テーブルと椅子が四脚あるだけの室内にニックが入ると、扉を閉めたイキリタスが呪文のようなものをムニャムニャと唱えてから自らもまた椅子に腰掛ける。
「お主の部屋と言うわりには、大分大人しい部屋だな」
「お前はボクを何だと思ってるんだ? 私室と言っても、ここはそういう場所だってことだよ。ここならどんな話をしても外に漏れることはない」
「そうか。お主がそう言うのであれば安心だな」
「まあ代わりに茶のひとつも出せないけどな」
それはつまり、給仕すらこの部屋には入れないということだ。その意味をきちんと理解したニックが無言で感謝の気持ちを示すと、イキリタスはニヤリと笑って頬杖を突きながらニックに問う。
「それで? ボクがこれだけのお膳立てをしてやったんだ。それに見合う話を聞かせてくれるんだろうね?」
「うむ。まず確認だが、去年ドワーフの町のほど近くで魔竜王が討伐されたことは知っておるか?」
「ん? ああ、そんな情報もあがってきてたな。正直何処の馬鹿がそんな血迷った嘘をついたのかと思ったが、討伐者の名前がウチの国で暴れた筋肉野郎と同じだったんで、みんなすんなり信じたよ……それがどうかしたのか?」
「まあ焦るな。その続き……最近のことらしいが、その魔竜王がいた遺跡に更なる奥が見つかったという話は?」
「……そっちは聞いてないな。今すぐ確認するか?」
ニックの言葉に、イキリタスは僅かに顔をしかめて問う。「最近」という言葉から部下の怠慢ではなく単純に情報の精査が間に合っていないのだろうと判断してそう聞いたが、ニックはそれに首を横に振る。
「いや、いい。ならばいずれ上がってくるだろうが、その遺跡に儂はヒストリアというエルフと共に潜り、そこでいくつかの情報を得たのだ。それによると、件の遺跡は世界樹を守る為の戦力を集めた場所だったらしい」
「何だとっ!?」
その言葉に、イキリタスは思わず大声をあげてしまう。無論その程度でこの部屋に施された防諜結界が破れることなどあり得ないが、それでも一度大きく深呼吸して気を落ち着けてから、改めてニックに言葉を投げかける。
「フゥ。他の奴が同じ事を言うなら即座に拘束して裏付けをとるところだが、お前が言うなら本当なんだろうな。おいニック、その話他に誰かにしたか?」
「いや、お主の他にはさっきも言った一緒に遺跡に潜ったエルフの女性、ヒストリア女史にしか話しておらぬ。ちなみに彼女は、どうかそのことを秘密にしてくれと儂に泣いて頼んでおったぞ」
「……そうか。ならまあ大丈夫だとは思うが、一応そっちにも直接会って話をしておかないといけないな。遺跡にも可能な限り人の立ち入りを禁止して、そうなるとドワーフ共に話を通さない……くそっ、また果実酒の在庫が減るな」
ドワーフに便宜を図ってもらうには、前提条件として上物の酒が必須となる。だが切り札と言えるような三〇〇年以上寝かせた果実酒の在庫は先の戦で国民の戦意を鼓舞するために大分消費してしまっており、その在庫の減少はイキリタスの悩みの種のひとつになっていた。
だが、それはあくまでも王である自分の悩みであり、目の前の友人には関係ない。イキリタスはしかめていた顔を戻し、ニックに向かって軽くだが頭を下げた。
「ああ、すまん。今の情報は本当にありがたかった。何か褒美をやらないとな……何がいい? 今なら多少面倒な願い事でも聞いてやるぞ? まあ分不相応にもボクの大事な娘達を嫁にくれとか言うのであれば、今この場で消し炭に変えてやるが」
「ははは、流石にそれは無いが……願いはある。おそらくそれと同じくらい困難であろう願いがな」
「……何だ?」
「世界樹を調べる権利が欲しい」
その一言で、訝しげだったイキリタスの表情が一変する。怒りすら露わにしたイキリタスが怒鳴らなかったのは、それを言ったのがニックで、その表情が真剣そのものだったからだ。
だが、だからといってすんなりと聞けるほどその頼みは安くない。目の前の男の友人ではなく、エルフという種の王の顔になったイキリタスがニックに問い詰める。
「お前の事だ、ふざけてるわけじゃないだろうが……何故だ? 我らエルフが世界樹をどれだけ大事にしているかをわかったうえでの願いだというのなら、その理由を言ってみろ」
本音を言うなら、厄ツ星テントウを倒すために勇者の手を借りることすらイキリタスの本意ではなかった。だが自分達では対処の難しい魔物のせいで日に日に世界樹が弱っていくことこそ絶対に許容できなかったからこそ、あがっていた反対の声を押し切って勇者に討伐を依頼したのだ。
それほどの場所に、一体この男が如何なる用があるというのか? それを見極めんとするイキリタスの目はかつて無い程に鋭く、それを正面から受け止めたニックはただ一言その答えを口にする。
「友の為だ」
「……友? 誰だ?」
問い返すイキリタスに、ニックは無言で腰の鞄から金色に輝くメダリオンを取り出し、テーブルに置く。その行為に真っ先に声をあげたのは、当然ながらオーゼンだ。
『おい貴様よ、何のつもりだ?』
「何のつもりもあるまい。友のために友に無理を言うのだ。ならば隠し事をするのではなく、きちんと伝えるべきだと思った……それだけだ。それにこの場であれば余人にお主の存在を知られることもないからな。そう言う意味でも今がちょうどいい機会だったのだろう」
『なるほど、そうか……貴様がそう言うのであれば、我もまた貴様を信じよう』
「おい、ニック? こんなもの出して急に独り言を言い出すとか、どういうつもりだ?」
ニックの意味不明な言動に困惑の表情を浮かべるイキリタス。だが次の瞬間にはその頭にこの場にいるはずのない三人目の声が響く。
『お初にお目にかかる……と言うべきなのだろうな。我はオーゼン。貴殿の目の前にあるメダリオンに宿りし存在だ』
「うおっ!? 何だ、声!? これは……おい、何だこれは!?」
「自分の耳で……いや、この場合は頭でか? とにかく聞いたであろう? このメダリオンこそが古代文明アトラガルドによって生み出された、儂のもう一人の友だ」
『そういうことだ。宜しく頼む、エルフの王よ』
「お、おぅ……喋る魔法道具だと? ニックお前、相変わらずボクの考える斜め上を飛び越えていくな」
『む。すまぬがエルフ王よ、我は魔法道具ではなく魔導具だ。そこはご留意いただきたい』
半笑いになったイキリタスの言葉に、オーゼンが抗議の声をあげる。その声は若干不機嫌そうであり、その人間くさい反応にイキリタスは更に戸惑いを増して答える。
「あ、ああ、悪い……? というか、魔導具とは何だ? 魔法道具と何か違うのか?」
『アトラガルドの時代においては明確かつ細分化された区分があったが、今の時代で言うなら、そうだな……広く一般に使われる民生品が魔法道具で、公的な場所や軍事などの高い技術水準が求められる場所で用いられるのが魔導具であろうか? とにかく我は魔法道具とは一線を画す存在であり、アトラガルドの技術の粋を尽くした最高の魔導具なのだ!』
「そ、そうか。おいニック、もう一度聞くが、何だこれ!?」
「ハッハッハ。まあ多少言葉がきついかも知れんが、いい奴なのだぞ? 触るとほのかに温かいしな」
「えっ、何それ気持ちワルッ!?」
『馬鹿を言うな! 我が温かいのは貴様の体温が移っているからだ! 別に我が発熱しているわけではないぞ!』
「む、そうなのか? 儂の股間に装着するときなども、ヒヤッとしていなくていい具合だと思っていたのだが……」
「お前の股間にくっつくのか!? ふっざけんな馬鹿! そんな汚いものをテーブルに乗せるんじゃねーよ!」
『無礼な! この男の股間はともかく、我は決して汚くなどないぞ!』
「儂の股間だって汚くはないぞ? ちゃんと体は洗っているしな」
「どーでもいいよ! 心底どーでもいいよ! どっちにしろきたねーつってんだよ!」
もしも声が漏れていたなら一瞬で衛兵が飛んできそうな怒声が狭い部屋に響き渡る。子供のような馬鹿な言い合いはその後一〇分ほど続くことになった。