父、注目される
ニックがエルフの町へと辿り着くのは、それこそあっという間だった。そもそも大した距離が離れているわけでもないし、今度は道もしっかりと覚えている。道中に幾度か魔物に襲われたりもしたが今更そんなものでニックの足が止まるわけもなく、ニックはあっさりと町に入ることができた。
……そう、問題が起きたのはその後だ。
「……なあオーゼン。何と言うか、見られてないか?」
『うむ、見られているな』
町に入ったニックを出迎えたのは、何故か周囲のエルフ達から向けられる視線であった。羨望、嫉妬、敵意に好意と本来なら相反するような様々な意識をそこら中から向けられるのは、流石のニックでも気が落ち着かない。
『まったく、今度は何をやらかしたのだ?』
「今町に来たばかりなのに、儂に何ができたというのだ!?」
『ならば何故ここまで注目される? 貴様が王女を助け出して国を救ったことは、確か公言されてはいないのだったな?』
「それは間違いないはずだが……」
オーゼンの問いに、ニックは少しだけ自信なさげに頷く。デーレ姫が基人族の商人に誘拐されたことは、世間的には「無かったこと」にされている。これはそんなものを公にしたら種族間戦争に発展しかねないからだ。
なので必然ニックの手柄もなかったことになっているのだが、ニックとしても戦争など望むはずもないので、その対処には何の不満も無い。
また、魔族との戦闘に関与したことに関しては「基人族の戦士がエルフの戦士と協力して敵を倒した」という発表が成されている。こちらもニックの果たした功績からすれば随分と小さな評価だが、そちらに関しては「勇者より目立つわけにはいかない」というニックの意思が反映された形になっている。
その結果ニックの活躍を知る者はあの時顔を合わせた人物や一部の城の関係者のみなのだが……
『まあ、貴様が目立つのなど今更だ。気にしても仕方あるまい。それよりも我はあれが気になるのだが』
「ああ、あれか」
オーゼンの言葉になんとなく腑に落ちないものを感じつつ、ニックは町に入ってすぐに目に入ったそれに意識を向ける。
「彼奴、また作ったのか……」
『あれが貴様の破壊した石像か。確かにあれだけのものを無残に破壊されては、そりゃ怒るであろうなぁ』
「別に壊したくて壊したわけではないぞ!? 不可抗力というか、不幸な事故というか……」
そんな事を言いながら、ニックは立派にそびえ立つ巨大なイキリタス王の像の側へと歩いて行く。だがどういうわけかそこに近づけば近づくほど自分に突き刺さる視線が強いものへと変わっていき……
『なるほど、こういうことか』
「ぐぬぅ、イキリタスめ……」
近づくまでは人混みで見えなかったが、イキリタス王の像の足下に、もう一つ小さな……と言っても等身大ではあるが……石像が存在していた。それは満面の笑みで力こぶを作ってみせる筋肉親父の姿であり、よほど腕のいい職人が彫ったのか、その前で立ち尽くす筋肉親父とそっくりであった。
「……おい、あれ石像の男だよな? 一体何者なんだ?」
「おかーさん、ぞうのひとー!」
「そうね。きっと私達エルフの次くらいに凄いことをして、王様に褒めてもらった人ね」
「何と言う筋肉! まさかあれが陛下の言っていた戦の協力者、名誉肉エルフの称号を賜った基人族なのか!?」
『……おい貴様よ、名誉肉エルフとは何のことだ?』
「儂が知るわけなかろう! はぁ、これでは迂闊に宿も取れんな。やむを得ん、まっすぐ城に向かうことにしよう」
まったく身に覚えの無い称号を与えられていることに内心戦慄しつつ、ニックはやや早足で城へと向かう。幸いにして城の門番はニックの事をきちんと覚えていたため、今回はほとんど待たされることもなくイキリタス王との謁見は実現した。
「おぅ、ニックじゃないか!」
「これはイキリタス陛下。この度は――」
「だからそれはいいって言っただろ? 今この場にいる者で、一年前にお前が滞在していた時のことを知らない者はいない。口調なんて今更だ」
そう言ってイキリタスが周囲に顔を向ける。城勤めの……ましてや謁見の間にいるような重鎮がたかだか一年でそうそう入れ替わったりするはずもないため、その場の全員がニックと自分の関係を知っている。であれば表向き畏まった態度など今更面倒なだけだ。
「ははは、そういうことなら今回も普通に話させてもらおう」
「ああ、それでいい。ってかもう今後はずっとそれでいい。そのために必要なものは既に与えてあるからな」
「……それはひょっとして、名誉肉エルフとかいう称号のことか?」
渋顔のニックが口にした言葉に、イキリタスがニヤリと笑って答える。
「お、何だ。誰から聞いたんだ?」
「誰からというか、町で話しているのを聞いたのだ。というか、何だその称号は!? あとあの石像はなんなのだ!?」
「何だよ、ちゃんとお前にも言ったろ? デーレを助けた功績を讃えて名誉と賞賛を報奨として与えるって」
「それがその二つなのか!?」
訝しげなニックの言葉に、イキリタスは王座を立ち上がって大仰に手を振り上げる。
「そうさ! 王の石像の隣に自らの石像を並べて建てられるなんて、これ以上ないほどの名誉だぞ!
あと名誉肉エルフの方は、将来的にお前がこの国に仕官したいって言ってきた場合に、その手続きを簡単にすませるためのものだな。これでお前はこの国においてエルフと同じ権利を有することになる。どうだ、嬉しいか?」
「まあ、うむ……」
ドヤ顔で言うイキリタスに、ニックは微妙に言葉を濁す。イキリタスのやったことはエルフの価値観ではまごうこと無く最高の報奨なのは理解できるだけに、もうちょっと何とかならなかったのかと口に出すのは憚られる。
ちなみにだが、エルフと同じ権利というのは単純に外様の存在でありながら国民と同じく家や土地の所有、および公的な場所への就職などの権利が認められるというだけで、別に他人種が差別を受けているわけではない……閑話休題。
『くくく、名誉エルフではなく名誉肉エルフという当たり、貴様専用の称号を作ったのだろうな。甘んじて受けておくがよい……くくくくく』
ドワーフの町を出る前に新調した腰の鞄から、オーゼンのかみ殺した笑い声が聞こえてくる。そんな相棒をニギニギすべくニックがそっと鞄へと手を忍ばせるより早く、イキリタスがニックに向かって話しかけてきた。
「で、今回は何をしにきたんだ? ああ、そう言えばちょっと前にお前の娘もこの国に来てたぞ?」
「フレイが? それは是非とも話を聞きたいところだが……いや、先に儂の話をすませておこう」
娘の話を聞くとなれば、一日どころか一週間、いや一年聞き続けても終わらなくなるかも知れない。そんな自覚のあるニックの顔が、それまでの緩い表情を引き締め改めてイキリタスに向かう。その様子の違いを感じとったのか、イキリタスもまた真面目な顔になってニックを見る。
「エルフの王、イキリタス陛下。貴殿に報告したいことと、相談したいことがある。ついては二人だけで話をできぬだろうか?」
「なっ!?」
ニックの申し出に、謁見の間にざわめきが広がる。如何に救国の戦士、姫の恩人にして王の友人とはいえ、突然王と二人きりにしてくれなどと言われればその反応は当然だ。
ただし、それはあくまで周囲の反応。当のイキリタスは至って冷静にその言葉を受け止め、顎に手を当てニックに問い返す。
「ふーむ。ここではできない話なんだな?」
「できないかどうかの判断が、儂にはできぬ。その判断ができるのは……」
「なるほど、ボク達エルフの問題なわけか。わかった。ならボクの私室に行こう」
「陛下!? 宜しいのですか!?」
即決したイキリタスに、側近の男がそう問いかける。だがイキリタスの方は飄々とした余裕の態度を崩さない。
「いいも悪いもない。できの悪い知り合いが厄介事を持ってきたというのなら、それを解決するのも偉大なるエルフであるボクの仕事だからね。さ、こっちだ」
そう言うと、イキリタスは手招きをして歩き出す。当然ニックはその後に続き、二人は王座の奥の関係者用出入り口から外に出ると、そのままイキリタスの部屋へと向かった。