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父、素性を明かす

「えーっと、つまりニックさんは世界樹の情報を使って、陛下に交渉を申し込みたいわけですかー?」


「うむん? まあ、そうだな」


 ニックとしては駄目元で友人にちょっと相談してみるくらいのつもりなのだが、特に間違いというわけでもないのでヒストリアの言葉を肯定する。だがそれを聞いたヒストリアの表情はさっきまでの悲壮なものからニックを心配するようなものに変わっている。


「確かにイキリタス陛下はエルフの王に相応しい寛大な方ですけど、それは流石にやめておいた方が……」


「何故だ?」


「何故って……そりゃニックさんはとんでもなく強いですけど、それでも国と喧嘩をして勝てるわけないじゃないですかー! いや、勝たれたらそれはそれで困りますし、そんな陛下を脅すみたいなことをするなんて」


「いや待て。何だか酷く誤解をされているような気がするのだが……何故儂がイキリタスと事を構えることになっておるのだ!?」


「だって、世界樹の場所を知っていることを伝えて、陛下に何かをして貰おうとしているんですよね?」


「……そうだが?」


「ほら、やっぱり脅しじゃないですかー! 誇り高い我らエルフが、そんなものに屈するわけないじゃないですかー!」


 更に表情を変えて今度は非難するような言葉を発するヒストリアに、ニックは深く皺が刻まれるほどに眉根を寄せて首を傾げる。


「どうもお主と儂で認識が違うようなのだが……ああ、そうか! 言ってなかったが、そもそも儂は最初から世界樹の場所を知っておるのだ。実際に行ったこともあるしな」


「ハァァァァ!?」


 ニックのその言葉を聞いて、ヒストリアが年頃の女性がするには些か以上に問題がある表情になる。バンとテーブルを叩いて立ち上がれば、その元は整っていた、今は色々と歪んでいる顔がニックの眼前に鼻がくっつきそうな位置まで近づけられる。


「どういうことですかー!? 世界樹の正確な位置なんて私だって知らないのに、基人族であるニックさんが知ってるどころか行ったことがある!? あーもう! 何が何だかわからないですー!」


 ヒストリアが世界樹の位置に当たりをつけているのは、歴史学者としてまず最初に自国の歴史を学んだ際に、いくつかの候補地を絞り込んだからだ。故に実物を目にしたことなどない……エルフ達はちゃんとユグドラシルッターの発動時に見えるのが幻影だと教えられている……し、何処に世界樹があるのかは予想はできても確かめることなどできない。


 だからこそメーショウに対する口止めもあの程度ですませたのであり、もしもあの場に真実を知るエルフがいたならば、強引に記憶を封じるようなもっと強硬な対処を取られていた可能性が高い。


 それほどまでに秘密を堅持されている世界樹の所在を、まさかエルフですらない他種族のニックが最初から知っていて、しかも実際に行ったことがあるなどという事実は、ヒストリアとしてはとても受け入れられるものではなかった。


「世界樹は凄くすごーく特別な場所なんですー! あそこに行けるのは歴代の王を除けば精霊に選ばれたエルフくらいで、他種族で世界樹に近づける存在なんて、それこそ勇者くらいしか――」


「あー、そうだな。これも言っていなかったが、実は儂は今代勇者フレイ・ジュバンの父なのだ」


「……………………もう訳がわからないですー」


 ガックリと項垂れたヒストリアが、ガンッと音がする勢いで額をテーブルに打ち付ける。


「何なんですかー? ニックさんは何なんですかー!? 馬鹿みたいに強くてやたら裸になって、私をお嫁に行けない体に辱めたうえに勇者のお父さんですかー!? もう嫌ですー! 何も聞きたくないし考えたくないですー!」


「なんとなく聞き捨てならない台詞も混じっていた気がするが、今は流そう。とにかく儂は勇者の父で、娘と共に世界樹に巣くった魔物を退治したことがある。イキリタス王とも知己であるから、別にこの情報を持っていくことは脅しにはならんし、無理難題を押しつけるつもりも無い。


 ということで、これが儂の秘密だ。どうだ? これでいいのか?」


「あー、もういいですー。というか、これ結局私が一人で勘違いして警戒したり心配したりしただけで、何だかもう何もかもが駄目ですー……」


「いや、お主は立派だったと思うぞ? 自分達の国や民を思いやって覚悟を決めて動く様は、正しく王のようであった」


「そんなお世辞とか本気でどうでもいいですー。あー、もう全てを投げ出して五年くらいお酒を飲んで干し肉を囓る生活をしたいですー……」


 テーブルの上にグデッと体を投げ出したヒストリアは、すっかり駄目な時の顔になっていた。濁った瞳には覇気の欠片もなく、全身から負のオーラが漂っている。


『何と哀れな……貴様の犠牲者がまた一人増えてしまったか……』


「ぬぅぅ……じゃ、じゃあ儂はこれで失礼するぞ」


 オーゼンの皮肉に反撃する気も起きず、ニックはばつの悪い感じをそのままにそっと席を立つと、座ったまま微動だにしないヒストリアを一瞥してから部屋を出る。その後は宿の受付になんとなくちょっといい干し肉と酒を預けると、その足でメーショウの鍛冶屋へと向かった。


「おう、来たかアンちゃん! って、何だ? 随分としょぼくれた面してるじゃねぇか」


「まあ、ちょっとあってな」


 出迎えたメーショウに言われ、ニックは世界樹云々の部分を隠しつつ先程のことを説明していく。


「へぇ、アンちゃん勇者の親父だったのか! タダモンじゃねぇとは思ってたが、なるほどそりゃ強ぇわけだ。にしても……」


 メーショウの視線が、誰もいない店の壁の方を向く。その遙か先にあるのは、ヒストリアが泊まっている宿だ。


「……これからしばらくは、あのネーちゃんがグダグダしに来るのを覚悟しとかねぇと駄目らしいな」


「ぬぅ、すまぬ」


「別にアンちゃんのせいってわけじゃねぇだろ。まあ多少酒の減りが早くなりそうだが……後は、チッ。仕方ねぇから少しいいつまみも用意しておいてやるか」


 面倒そうな顔をしつつもそう呟くメーショウに、ニックにもまた笑みがこぼれる。何だかんだと仲のいい二人の様子を見るのは、ニックとしても嬉しいのだ。


「向こうの宿にも置いてきたが、そういうことならこちらでも協力させてもらおう」


 なので、ニックは奮発してヒストリアの宿に置いてきたものよりももう少し上等で、かつ度数の高い酒の入った樽を取り出した。


「うぉぉ!? おいおい、この状態でもわかる芳醇な香り……こりゃ上物の酒だな?」


「うむ。少々酒精が強い故、メーショウ殿が飲む分には問題ないだろうがヒストリア殿に出す時には気をつけてやってくれ」


「ケッ、こんな上等な酒なら独り占めしてぇところだが、樽酒を一人で飲むなんざそれこそ味気ねぇからなぁ……わかった、弟子達に気をつけるように言っとく。


 オイ、この樽を奥に持ってっとけ! 上物の酒だ! 盗み飲みなんてしやがったらタダじゃおかねぇからな!」


 メーショウの怒鳴り声に、店の奥からやってきた弟子達が酒樽を運んでいく。その姿を見送ったところで、ニックが改めて話題を切り出した。


「それでメーショウ殿。話の通り儂はエルフの国に行こうと思っているのだが、鎧の方はどうだろうか?」


「あー、それがな……」


 ニックの問いに、上機嫌だったメーショウが表情を曇らせヒゲをゴシゴシと擦る。


「アンちゃんには悪いんだが、できれば二月……どんなに急いでもまだ一月はかかる」


「そうか。いや、儂の体に合わせた鎧を打ってくれるというのなら、そのくらいは別に普通だと思うが……」


「馬鹿言うなよ。基人族のへっぽこ鍛冶屋ならともかく、俺はドワーフ一の工匠だぜ? 普通なら一週間もありゃいけるんだが、あのゴーレムに使ってる金属はよくわからねぇ混じり方をしてるみたいでな。普通に溶かして打ち直すとガッツリ強度が落ちちまうし、かといって適当な大きさに切り取ったのを鎖かなんかで繋いで『これが俺の作った鎧だ』なんてみっともないことできるはずもねぇ。


 というわけで、悪いが今回も間に合わせの鎧だ。ああ、魔剣を留める剣帯は普通に新しいのを用意してやったから、どっちもここで装備してけ」


 そう言いながら、メーショウが受付の棚の下から一揃えの鎧と剣帯を取り出す。それは今まで着ていた鎧と寸分違わぬもので、驚きにニックが目を見張る。


「メーショウ殿、これは!?」


「元々そんな簡単に全く新しい素材で鎧が作れるとは思ってなかったからな。その間にまたどっか壊してくるんだろうと思って作っといたんだが、まさか即行で役に立つとは思わなかったぜ」


「だが、先程鎧を作るには一週間はかかると……」


 そんなニックの問いかけに、メーショウは得意げにヒゲをしごきながらニヤリと笑う。


「ハッ! 誰かの為に一から作るなら、確かに一週間くらいはかかる。だが一度作ったもんをもう一度作り直すのに同じ時間がかかるわけねぇだろ?」


「流石はメーショウ殿だ。では、ありがたく」


 カラカラと笑う筋骨隆々のドワーフに、ニックは心から感謝の言葉を伝えつつ鎧と剣を身につけていく。


「おし、いいな。じゃ、適当に頃合いを見計らってまた来てくれ。金は全部纏めてその時でいいぜ」


「わかった。ならばいずれまた!」


「オウ! 気をつけてな!」


 匠にその背を見送られ、ニックは鍛冶屋を後にする。次にその足が向かう先にまさかあんなものが待ち受けているとは、その時のニックには知る由もなかった。

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