父、相棒と話す
「うぅ、ようやく町に着きましたー……」
遺跡を出てからもずっと歩き通しだったヒストリアが、町の門をくぐったことで気が抜けたようにそんな呟きを漏らす。その顔には疲労の色が濃く、何なら少しフラフラしているくらいだ。
「よく頑張ったな。道中は正直やや不安だったが」
「徹夜での調査や遠征は慣れてますけど、流石に今回はキツかったですねー」
ニック達が遺跡を出たとき、外には朝日が昇っていた。遺跡内部でのあれやこれやの結果気づけば食事すら忘れて徹夜してしまったということで、ニックはヒストリアの体調を慮って短時間でも一旦休憩を申し出たのだが、そのヒストリア自身が「このくらいの距離なら頑張って町に帰ってから、柔らかいベッドで眠りたいですー」と主張したため、そのまま強行軍で帰ってきたのだ。
「それじゃ、私はひとまず宿に戻って寝ますねー。その後報告書とかも纏めるので、依頼の完了報告は明日それと一緒にでもいいですかー?」
「ああ、いいぞ。では明日また、冒険者ギルドでな」
「はい! それじゃ、また明日ですー」
ヒラヒラと手を振ってから、ヒストリアが町の喧噪へと消えていく。それを見送ってからニックが向かうのは、メーショウの店だ。
「邪魔するぞ」
「いらっしゃいませ! って、ああ、お客さん!」
「おお、お主は確か……テナライだったな。メーショウ殿はおられるか?」
「勿論。今呼んできますので、ちょっとお待ちください……親方!」
笑顔のニックにそう答えると、テナライがすぐに店の奥へと入っていく。そうして出てきたメーショウにニックは遺跡であったあれこれを説明し……
「……で、これがなれの果てってか」
「そうだ。何と言うか……すまぬ」
もはや完全な鉄くずとなってしまった鎧の破片を前に、メーショウが渋い顔をする。潰れたり穴が開いたりというのならまだわかるが、自分が精魂を込めて鍛えた鎧がここまでバラバラにされたのはメーショウとしても初めての経験であった。
「いや、アンちゃんが謝ることじゃねぇぜ。これはこの程度の鎧しか鍛えられなかった俺の腕の問題だからな。それより、例のブツは手に入ったのか?」
「うむ、そっちはバッチリだ! これだ」
「おおおおお!?」
そう言ってニックが魔法の鞄から取り出した警備ゴーレムの残骸に、一瞬前まで仏頂面だったメーショウの顔が好奇心に輝く。
「ほー、これがそうか! 見たことねぇ金属だな……中身も、何だこりゃ? こいつは調べ甲斐がありそうだぜ」
「ははは、喜んでもらえて何よりだ。で、どうする? とりあえず比較的原型を留めているのが一〇体と、腕や足などの部位ごとに分割したもの、あとは酷く破損しているものも大分あるが……」
「なら、とりあえず状態がいいのを三体と、部品を一揃え。それにぶっ壊れてても構わねぇから素材を適当にそこに置いていってくれ。壊れてるのは鋳つぶしたり強度の実験なんかを、その他は中身の構成を調べてみるからよ」
「わかった。では、そこに置くぞ」
言われたとおりの物を指定された場所に出すと、興味が完全にゴーレムに移ったメーショウの雑な挨拶に苦笑しつつニックは店を出て宿へと戻る。その後は流石に昨日の今日ということもあり自分も一眠りするかと思ったところで、不意にポケットに入れていたメダリオンから呻くような声が聞こえた。
『う……』
「オーゼン!? 目覚めたのか!?」
これまで全く話さなくなっていた相棒の覚醒に、ニックは横になったばかりのベッドから飛び起き、慌ててポケットからメダリオンを取り出す。その行為に特に意味はないのだが、そこは気分の問題だ。
『ニック……? ああ、そうだな……』
「そうか、よかった! 心配したぞオーゼン」
『心配……我が意識を眠らせてから、どのくらい経った?』
「ふむん? 正確にはわからんが、おおよそ一日ほどではないか? 実際にはもうちょっと短いかも知れんが、詳しく時間など計っておらんのでな」
『一日か……概ね予想通りだな』
「しかし、一体どうしたというのだ? 突然意識を失うなど……」
『それは貴様が発現した新しい王能百式の……というより、やはり貴様自身のせいだな』
「儂か!? 儂の何が問題だったのだ?」
オーゼンの言葉に、ニックは訝しげに眉根をよせる。今回発現した「王の鉄拳」はニックの想像通りの力を発揮してくれただけに、ニック自身には無茶な使い方をしたという意識はないのだ。
『あの「王の鉄拳」とやらは、強すぎるのだ。ただ一撃で我に残っていた魔力を根こそぎ持っていかれたからな。あれほどの出力となると我の方では制御がきかんし、かといって貴様の方でも使用する魔力の加減などできんだろう?』
「それは……筋力ならどうとでもなるが」
『阿呆か! 筋力と魔力が同じ物のわけないであろうが! とにかく、あれを使うとほぼ確実に我は一旦眠りについて魔力の回復に努めねばならなくなる。今後もし使うことがあれば、きちんと機を見ることだな』
「胸に留めておこう。ちなみにだが、眠ったお主を起こすために魔石などで外部から魔力を供給することはできるのか? 僅かにでも目覚めてくれれば、「王の発条」で一気に魔力を補充できると思うのだが……」
魔石の手持ちならば魔法の鞄に幾らでもあり、仮に足りなくなったとしてもニックならば強大な魔物を苦も無く狩ることができる。それですむなら事実上使い放題ということになるが、そんなニックの思惑を真っ向から否定するようにオーゼンが渋い声で答える。
『難しいな。我は外部からの不正な力に乗っ取られないよう、基本的には外部の魔力を取り込む自然回復の他では我の認めた王候補者以外からの魔力は受け取らないようにできているからな。
そう言う意味では、むしろ「王の発条」の方が例外なのだ。ああ、それと言っておくが、事前に「王の発条」で限界ギリギリまで魔力を溜めていたとしても、「王の鉄拳」を使えば我が意識を失うのは同じだ。貴様が加減を覚えられぬ限りはな』
「ぐぬっ……な、何とか覚えたいとは思うが……」
『そもそも最低限自力で魔法が発動できねば、魔力の加減など覚えようがないからな。まあのんびりとやることだ』
「むぅ、わかった。努力しよう」
遺跡で放った「王の鉄拳」は、ニックをして勝負を決める切り札に相応しいと思わせる威力があった。それを十全に使いこなす鍛錬はニックとしても望むところだったが、然りとてその度にオーゼンが意識を失うのでは気軽に試すこともできない。
(ふーむ。この際鍵を使ってムーナに会いに行って、もう一度魔法の手ほどきを求めるべきであろうか……?)
『さて、それではあの時我が知り得たことを貴様にも教えよう』
考え込むニックに、オーゼンが話題を変えてそう切り出す。するとニックは食ってかかるように手の中のオーゼンにグッと顔を近づけた。
「そうだ! お主のせいで大変なことになったではないか! 一体何をしたのだ!?」
『何と言われても、我は貴様に言った通りあの施設から情報を引き出そうとしただけだ。まあ確かに少々強引な手を使いはしたが……』
「……つまり、そのせいであの遺跡は自爆しそうになったのだな?」
ジト目で睨むニックに、オーゼンが焦ったような声をあげる。
『し、仕方なかったのだ! あそこの情報はかなり強固に守られており、まともな手段で突破しようと思えばそれこそ年単位で演算を続ける必要があった。そうすれば自爆させることなく情報を抜き出せただろうが……貴様はそっちの方がよかったのか?』
「ぬぅ!? それは……ちと長いな」
最長でも一ヶ月くらいまでなら、ニックとしても待ってもよかった。だが一年二年という時間になると、流石にずっと遺跡に籠もっていようとは思えない。もしオーゼンがそちらの道を選んだならば、あるいはここでオーゼンと別れるという選択肢もあったかも知れない。
『であろう? なのでやむを得ず……あー、貴様にわかりやすく言うなら、硬く蓋の閉まった硝子瓶があったとして、瓶の横から穴を開けて中身を取り出す感じか? そういう手段をとった結果、施設の管理システムに発見されてああなってしまったのだ』
「ふーむ……で? そこまでして結局お主は何を知ることができたのだ?」
『フフフ、聞いて驚け! 何とあの施設は、Yggdrasill Towerを守る防衛基地であったのだ!』
首を傾げるニックに、オーゼンは満を持してその情報を開示した。