父、鉄拳を振るう
「おお!」
「これは凄いですー!!!」
とりあえずいつまでも裸というわけにも行かず、きちんとニックが別の服を着てからくぐり抜けた扉の先。そこに待っていたのは金属製の壁に取り付けられた数え切れないほどのボタンと、その壁面に映し出される謎の映像であった。
「これって、まさか全部古代文字ですかー!? これだけ資料があるなら今までどうしてもできなかった解読作業がどれだけ捗るか……凄い凄い! 大発見ですー!」
壁に映る文字の羅列に、ヒストリアが少女のようにはしゃいだ声をあげて部屋中をちょこちょこと走り回る。だがそんな彼女の浮かれ具合に反して、ニックの方は至極冷静だ。
その理由は単純にして明快。少し前にも似たような物を見ているからである。
(なあ、オーゼン? これはひょっとして……)
『うむ。間違いなくアトラガルドの文字だな。我ならば問題なく読める』
その言葉に、ニックは内心少しだけ気落ちする。それはこの遺跡もまたオーゼンにとって既知の情報しか存在しないと思ったからだ。そしてそんな相棒の気持ちが伝わったことで、オーゼンは苦笑する気持ちで言葉を続ける。
『……そうしょげるな。まだ何も調べておらんのだから、ここに我の知らぬ情報がある可能性は十分にある。というか我は魔導兵装などというものは知らなかったのだから、少なくともこの施設には我が眠りについてから後の情報があるはずだ。
さあ、我をその少し出っ張ったところに置くのだ』
(そうだな。わかった)
オーゼンの言葉に小さく頷くと、ニックはズボンのポケットから……消し飛んでしまった腰につける鞄の予備は流石に持ち合わせていなかった……こっそりとオーゼンを取り出し、手のひらに隠すようにして指示された場所にオーゼンを密着させる。
『ほぅ? これは……むっ!?』
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「ぬおっ!? な、何だ!?」
「何ですかこれー!?」
突然やけに耳障りな音が大音量で部屋中に響き渡り、白く明るかったはずの照明が再び赤くなる。それにニック達が驚いていると、不意にどこからともなくこの場にいる誰のものでもない声が聞こえてきた。
『当施設のデータベースに不正なアクセスが確認されました。現時刻を以て全データを破棄。一分後に当施設は自爆します』
「「『自爆!?」」』
あまりにも不穏なその言葉に、ニックとヒストリアが……オマケにオーゼンも全く同じ叫び声をあげる。更には扉の前で待機していたはずのゴーレムまで室内に入ってきて、焦った様子でニック達に向かって怒鳴った。
『オイお前等! 一体何をしやがった!?』
「何と言われてもな……というか、こういうのが無くなるようにしてくれたのではなかったのか?」
『知るか! ……あー、そうか。馬鹿野郎。無理矢理こじ開けようとしたりしたら駄目だってちゃんと言っただろうが!』
「儂はそんなことは…………」
していないと言おうとしたが、オーゼンが何をしていたのか具体的なところはニックにはわからない。思わず口ごもると、そんなニック達のやりとりを見たヒストリアが焦りに焦った口調で叫ぶ。
「何を落ち着いているんですかー!? 一分ですよ一分! そんなの魔法を使って全力疾走したってとても地上まで出られませんよー!?」
『俺もこの施設から出る権限はないしなぁ。あー、考えつく限りで二番目に酷い幕引きだぜ! ちなみに一番は寝てる間に朽ち果ててるって奴だ。やっぱり漢なら戦って死にたかったぜ』
「嫌ですー! 私はまだ死にたくないですー!」
突然に予告された避けようのない終わりに、ヒストリアが狂乱しゴーレムは達観する。だがそんななかニックだけは冷静さを保っており、この状況を打破すべくゴーレムに向かって話しかける。
「おいゴーレムよ。この施設が自爆した場合、その被害はどの程度になる?」
『あーん? そうだな……地上までまとめて見渡す限りは綺麗さっぱりえぐれて消えるんじゃねぇか?』
「何ですかその非常識な破壊力はー!? うわーん、このままじゃ私の名前が大量破壊の女神として後世まで語り継がれてしまいますー!」
『自分で女神ってお前……何だエルフの女、割と余裕だな?』
「全然余裕じゃないですー!」
「ふむ。その破壊規模となると儂一人では抑えようがないな……ならば大本を叩くしかないか」
「ひっく……大本って、どうするつもりなんですかー?」
混乱が頂点に達したのか、べそをかきはじめてしまったヒストリアの問いに対し、ニックは落ち着いた声で答えを返す。
「うむ。儂に難しいことはわからんが、要はこの施設も巨大な魔法道具なのであろう? ならばそれを動かす魔石というか、魔力供給源があるはず。それを壊してしまえば少なくとも自爆などできなくなるのではないか?」
『そりゃそうだろうが、魔力炉はここからかなり離れてるぜ? とても何十秒かで辿り着ける距離じゃ――』
呆れた声を出すゴーレムに、しかしニックはニヤリと笑う。
「問題ない。だな、オーゼン?」
『うむ。いけるぞ』
ニックの問いに、オーゼンは自信満々で答える。こんな巨大な施設を全て爆破するとなれば、その中心には途轍もない魔力が集まることになる。快晴の空に輝く太陽を探すことなどオーゼンには造作もない。
「オーゼン? ニックさん? オーゼンって……」
「……………………」
話しかけてくるヒストリアの声を完全に無視して、ニックは意識を集中する。深く静かに思い描くのは、全てを貫き打ち砕く、かつて成した輝く拳。
『フフフ、届いたぞ! さあ、意思を描いて言霊を呼べ、されば望む力が与えられん! 唱えよ、「王能百式 王の鉄拳」!』
「うむ! 『王能百式 王の鉄拳』!」
朗々たる叫びと共に、オーゼンを握り込んだ右の拳をニックが天高く突き上げる。するとニックの拳が眩い光に包まれ、そこに現れたのは破城槌の如き非常識な大きさの黄金に輝く手甲。
『目標捕捉。魔力充填完了。想いのままに拳を振るえ、ニックよ!』
オーゼンと深く繋がったことで、ニックの目に殴り壊すべき対象が蒼く輝く星となって視える。対象は地下深く、その道行きには障害があり、残る時間は一〇秒足らず――だが、何の問題もない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
雄叫びと共にニックが斜め下に向かって巨大な黄金の拳を振り下ろす。するとその拳から真白き拳の幻影が射出され、その行く手を阻む一切が塵となって壊れていく。
進む、進む、拳が征く。頑丈な金属の壁も固い岩盤も凶悪な罠も魔力防壁も、一切合切全ての全てをただ強引に粉砕し、一直線に施設の魔道炉へと王の拳が突き進む。
『「……………………』」
その光景に、只人は言葉を失う。敬愛する種族の王とて成し得ないであろう圧倒的な破壊の力にヒストリアは呆けたように見送ることしかできず、かつて人であったゴーレムはその威力に感じるはずのない背筋の寒さを思い出す。
『「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』」
そして筋肉親父とその相棒は、心を一つにして叫ぶ。白い光をたなびかせながら飛翔する拳が、やがて蒼い星へと衝突し……
「あっ、明かりが……音も……」
派手な爆発や衝撃など何も無く、突然施設に鳴り響いていた音がやみ、赤い照明が消えた。同時に壁に映っていた映像なども全て消失し、しばし呆然としていたヒストリアが思い出したように明かりの魔法を発動させる。
『……警報が止まった。管理システムに呼びかけても応答がねぇ。ってことは……』
そう呟いたゴーレムが、ガックリとその場に膝を落とす。それは自分が守るべき対象が無くなった衝撃か、はたまた自分を縛る鎖が切れた影響か。だがそのどちらであったとしても、今起きた結果が変わるものではない。
「……ふぅ。どうやら上手くいったようだな」
『我ながら完璧な仕事であった』
そしてニックとオーゼンは、二人揃って満足げに笑う。それと同時に手甲が消え去り、ニックの手の中にメダリオンが戻ってくる。
『どうやら魔力を消費しすぎたようだ。せめて発条が発動できるようになるまで、我は少し眠る……だが、その前に……』
「皆まで言うな、オーゼン」
今にも消え入りそうな相棒の声に、ニックは微笑みながらメダリオンを握りしめた右手を振り下ろし、己の胸を思いきり叩く。
「我らの勝利だ! ウォォォォォォォォ!!!」
ニックのあげるたった一人の勝ち鬨が、静寂に満ちた遺跡の中に高らかに響き渡った。





