父、話し合う
「ふぅ、危なかったな」
『一体貴様は何処に向かっているのだ……?』
突如発生した途轍もない爆発を全身で押さえ込んだニックが、やり遂げた顔で額の汗を拭う。その股間ではオーゼンが困惑の呟きを漏らしており、それを聞いたニックは笑顔のまま顔を下に向ける。
「儂が目指すのは勿論最強に決まっているではないか! よし、お主も……ヒストリア殿も無事だな」
ニックが背後に振り返れば、視線の先では未だにヒストリアが伸びている。足をおっぴろげた姿勢は何ともはしたないが、少なくとも怪我を負った様子はない。
『…………何だこりゃ』
と、そこで死んだように動かなかったゴーレムにも反応が戻ってくる。爆発の被害が及ばないように魔道核を強固な防御殻で覆い隠し、時間経過を経て再起動したからなのだが、それはニックには知る由の無いことだ。
『何で何処も壊れてない!? っていうか何でお前が無傷で立っている!? どういうことだ? モードNが不発だったのか!?』
「いや、ちゃんと爆発しておったぞ? 相当に危なそうだったから無理矢理に押さえ込ませてもらったがな」
『お……あ…………ど、どうやって?』
聞いても納得できる答えが返ってくるとは思えなかったが、それでもゴーレムは聞かざるを得ない。一度発動すれば見渡す限りを焼け野原にするモードNをどうやって押さえ込んだのか、その方法は今後のためにも是非とも知りたいところだからだ。
「別に難しいことではないぞ? ほれ、お主がさっき放った黒い攻撃は、周囲のものを強烈に引きつける力があったであろう? それの応用で儂の筋肉に爆発する力を全て引きつけた上で押しつぶしたのだ!
いやぁ、凄まじい威力であったぞ! おかげで儂の体もすっかり元に戻ってしまったしな」
そう言うニックの体は、確かに色が元に戻っている。だが逆に言えばそれだけであり、大怪我どころか軽い火傷すら負った様子がない。
『あー……そうなのか……』
そして、予想通り何一つ理解できないニックの説明にゴーレムは言葉を失う。何故重力攻撃を受けた筋肉が黒くなるのか? しかも重力を操るような能力が宿るのか? そもそも爆発を押しつぶすとはなんなのか? どの要素を取り上げてもこれっぽっちもわからないが、目の前にある現実から逃げるわけにはいかない。
『ま、まあいい。とにかくお互い無事なら、戦闘は続行ってことだな? なら今度は――っ!?』
気分を変えて気合いを入れ直したゴーレムだったが、殴りかかろうとしたその姿勢で不意にその動きがとまる。
『な、何だ!? 今度は何だってんだよ!?』
『本戦闘における施設の破壊予測が許容範囲を大幅に上回りました。「守護者」を含む全ての警備システムを一時停止します』
『何だそりゃ!? そんなことしたらこのオッサンに全部ぶっ壊されちまうだろうが!?』
『それを鑑みてもこれ以上戦闘を継続する方が不利益が大きいと判断しました』
『ふざけてるのか!? 何でそんな答えになった!?』
『最大の要因はモードNの使用です。いくら使用許可があったとしても、あれを施設内で使うのは許容できません』
『ぐっ……ま、まあ、そりゃあそうだが……』
施設の管理システムに暗に「お前のせいだ馬鹿」と言われ、ゴーレムは思わず口ごもる。自分でもやり過ぎだというのはわかっていたし、もし正常にモードNが発動していたら今頃この施設には修復不可能なレベルの被害が出ていたことを自覚できているだけに、反論の言葉は思い浮かばない。
そして、そんな風に突然虚空に向かって会話を始めてしまったゴーレムに、ニックは首を傾げて疑問を口にする
「? 此奴は誰と話しているのだ?」
『この者にも、我のような補助役がいるのではないか? 砂漠で戦った戦士もそういう者と共にあったような節があったしな』
「ああ、そう言えばそんな風であったな。確かに人の魂を宿す鎧が作れるのであれば、そこにもう一人くらい一緒にいてもおかしくはない……のか?」
『それは我にもわからんが、ほれ、何らかの結論は出たようだぞ?』
オーゼンの指摘にニックが意識をゴーレムの方に戻すと、再び動き出したゴーレムがニックの方へと歩み寄ってくる。だがそこには既に戦意がなく、技の使用で無くした左腕はそのままに、残った右手でボリボリと頭を掻いている。
『あー、おい、オッサン……ニックだったか? とりあえず、もう俺に戦う意思はない。勿論向かってくるなら自衛のために戦闘を再開するが……その前に俺と話をする気はあるか?』
「無論、ある。というか儂は最初からそう言っていたであろう?」
『だよなぁ。なら――』
「ああ、待ってくれ。話をするならヒストリア殿を起こしてからにしよう」
そうゴーレムに断ると、ニックはひっくり返ったカエルのような姿勢で倒れているヒストリアの側まで歩いて行く。
「むにゃむにゃ……その干し肉もいただきですー……」
『何とも平和そうな寝顔だな』
「ははは、起こすのが忍びないくらいだが……ヒストリア殿? ヒストリア殿!」
まず近くに落ちていた魔法の鞄を広い、千切った紐を結んでとりあえず肩に掛けられるようにしてから近くにあった魔剣も回収。こちらは引きちぎった剣帯をどうすることもできなかったので魔法の鞄の中にしまい込むと、ニックは徐にヒストリアの体を揺り起こした。するとエルフらしく男なら誰でも見惚れそうな整った顔立ちが間抜けに歪み、ヒストリアの目がゆっくりと開いていく。
「ふがふが……はれ? ニックさん?」
しばしぼーっとしていたヒストリアだったが、目の前にいるほぼ全裸の筋肉親父の存在に気づくとすぐにその場で飛び起きて、何故だか痛む自分の尻をさすりながらニックの方を睨み付けた。
「何でまた裸なんですかー!? それに何だか凄くお尻が痛い……はっ!? まさか私のあふれ出す魅力に負けて、乱暴狼藉を――」
「あー、とりあえずそういうのは今はいいから、まずは落ち着け。大丈夫だとは思うが、怪我はないか?」
「えーっと……はい、大丈夫ですー」
ニックがまたも騒ぎ出しそうだったヒストリアをあしらいつつ問うと、ヒストリアは一通り自分の体の状態を調べてからそう答える。だがその顔がすぐに驚愕に彩られ、その視線はニックの背後、ゴーレムの姿に釘付けになる。
「ゴーレム!? ニックさん、後ろ! 後ろに敵が!?」
「ああ、わかっておるから大丈夫だ。どうやら話を聞いてくれるらしいぞ」
「ええーっ!? 私が寝てる間に一体何があったんですかー?」
「まあ、色々とな」
その「色々」をもの凄く聞きたそうにしているヒストリアに、ニックは曖昧に笑って誤魔化すことを選ぶ。ニックの方にも話したいという気持ちが無くも無かったが、それは後でもできる。ならば今はゴーレムから話を聞く方がずっと重要だ。
「ということで、連れてきたぞ。では話の続きを頼む」
『ああ。と言っても別に俺から話すことは大したことじゃない。単にもう俺は……じゃない、俺達は、だな。基本的にこの施設の警備システムはもうお前達を邪魔しないから、この奥で好きに調べ物でも何でもしてくれってことだけだ』
「うわ、本当に会話が成立してますー……あの、いいですか?」
ニックに言われたとはいえ、本当にゴーレムと会話できることに感動を覚えつつ、ヒストリアが小さく手を上げる。
『ん? 何だ?』
「えっと、勿論色々調べさせてもらえるのは勿論嬉しいんですけど、こうして会話が成り立つのであれば、ゴーレムさんから直接お話を聞くことはできないんでしょうかー?」
『あー、それは難しいな』
ヒストリアの提案に、ゴーレムは困ったように右手を顎に当てて首を傾げる。
『このオッサンには話したが、俺はあくまでもこの施設の警備装置……言っちまえばただの魔導具なんだよ。元の人間が持っていた知識やら何やらはそのまま持ってるんだが、それを話す権限がねぇんだ。下手なことを口にしようとすると、思考に浮かんだ段階で声にならなくなる。
ま、そのくらいしとかないと戦闘中の焦ってるときに話しかけて秘密を探る……なんて相手もいるからな。必要な措置であり、それは俺には解除できない』
「そうなんですかー。それは残念ですー」
「ということは、お主の協力は得られないということか」
『ああ、そうだ。あくまで邪魔をしないってだけで、協力はしないというか、できない。それとこれもさっき言ったが、そっちから攻撃を仕掛けてこない限りはこちらから攻撃をしたりはしないが、逆に言えば攻撃されれば自衛のために反撃はさせてもらう。
施設の方も罠の類いは停止してるが、変に弄ったり無理矢理に壊したりした結果罠が発動したり、あるいは不可抗力により傷を負う可能性まではどうしようもない。それが嫌ならこのままクルリと回って帰るこった。その場合でも俺達はそちらを害さない』
「あのー、それって適用範囲はあくまでも私達だけなんですかー? もし一旦帰った後、私達が別の人を連れて戻ってきた場合はどうなりますー?」
泉の如く湧き出てくる疑問をそのままに、ヒストリアは再び小さく手を上げて今一番確認しなければならないことを問う。この質問の答えによって、今後の遺跡の調査難易度は天と地ほども差が出るからだ。
だが、ヒストリアの希望虚しくそこまで都合良く事は進まない。
『アァン? その場合は…………いや、特例はあくまでも今だけだそうだ。もし一旦ここを出てからまた戻ってくるなら、その時は改めて準備万端で相手をさせてもらうぜ?』
そう言ってゴーレムが健在な右手で拳を作りに、ニックに向かって突きつけてくる。その姿勢にニックもまたニヤリと笑って己の拳をゴツンとぶつけて返すが、ヒストリアの方はあからさまにガッカリした顔だ。
「うーん。そういうことなら今回の調査でできるだけ情報を持ち帰られないといけませんね。なら時間を無駄にはできませんー! さあニックさん、まずは一番気になる場所から行きましょうー!」
「うん? 何処だ?」
「それは勿論、その扉の奥ですー!」
そう言ってヒストリアが元気に指をさしたのは、ゴーレムによって守られた扉であった。