父、黒くなる
『『何故そうなった!?』』
こんがり黒く焼けたニックの姿に、図らずもオーゼンとゴーレムの叫びが重なる。目の前の筋肉親父が突然黒光りし始めたらその反応も当然だ。
「何故と言われてもな……お主の放った黒い攻撃で鍛えたから、儂の筋肉も黒くなったのではないか?」
『鍛えた!? いや、それも大概おかしいが、モードGが黒かったのは光さえねじ曲げるから結果として黒く見えるってだけで、別に黒い色が付いていたわけじゃねぇんだぞ? なのに何で黒くなるんだよ!?』
「ははは、そんな細かいことはどうでもいいではないか」
『細かくはねぇよ!?』
朗らかに笑うニックに、ゴーレムが肘から先の無い腕を振るって必死にツッコミを入れる。だがそんなことはお構いなしにニックは改めて拳を握って構えをとった……そう、体が黒くなる過程で傷口の筋肉が盛り上がり、ボロボロだった指先が完全に治っていたのだ。
「さあ、そんなことより改めて勝負だ! 今の儂はひと味違うぞ?」
『まあ見た目から違うしな……ってか今気づいたが怪我も治ってるのか? 本当に訳がわからねぇ……これはこっちも手段は選べねぇな。対象の脅威度を極大と認定。施設内における無制限の補給及び武装使用の許可を申請する!』
そんな非常識の塊を前に、ゴーレムは何処にともなくそう声をあげる。すると僅かな沈黙の後、ゴーレムの頭脳……正確には魔道核にこの施設を管理する存在からの直接の言葉が返ってきた。
『提出された戦闘ログを精査した結果、対象の脅威度を再設定しました。「守護者」の申請を対象討伐までの制限つきで許可します』
『いよっしゃあ! 行くぞバケモノ! ここからが本番だ!』
「誰が化け物だ! だがいいぞ、かかってこい!」
『オウよ! まずは補給だ! 予備の腕をよこしやがれ!』
言いながら、ゴーレムは破損した右腕を肘から切り離してその場に捨てる。そうして両腕が無くなったところで何の継ぎ目もなかったはずの通路の壁の一部がパカリと開き、そこから左右の腕がゴーレムに向かって飛翔していった。
『さあ、これでこっちはまた万全だ。背部ブースター起動! 慣性変換機構、出力四〇!』
宣言と共に床を蹴れば、ニックの十倍ほどの重さのあるゴーレムの巨体が霞むような速度で一直線にニックに突っ込んでいく。
『右腕、モードH! 左腕、モードI!』
全てを燃やし尽くす右の拳と、全てを凍てつかせる左の拳。相反する二つの属性を持つ拳を、ゴーレムはあえて手首を合わせて一つにする。
『まだ終わらねぇぜ? モードJ!』
その上で更に力を重ねると、拳を覆う赤と青が螺旋を描いて槍のように尖る。それら全てが加速されたゴーレムの思考上、コンマ一秒にも満たない時間で実行され、ニックに迫るのは超高温と絶対零度を刹那の間に切り替えながら相手を穿つ必殺の槍。
『食らえ黒親父!』
「受けて立つ!」
迫り来る魔力槍を、ニックは自分に当たる直前でその両手を以て掴み取る。ギュルギュルと凄まじい速度で回転する螺旋は触れる全てを焼き尽くし、凍らせて砕かんとニックの手に力を伝えてくるが……
『……止められた、だと!?』
「ふふふ、惜しかったな。えいっ!」
『ぐあっ!?』
同型機のモードSすら貫けるはずの一撃を強引に止められ、呆気にとられていたゴーレムの腹にニックの蹴りが炸裂する。モードEで殴った時と違いニックに余裕があったため、段違いの威力を発揮したその蹴りがゴーレムの腹部に亀裂を走らせた。
『ぐっ、おおぉ……まさか正面からコイツを止められるとはな……』
「黒くなる前の儂であれば、おそらく手の皮がすりむけていたことだろう。だが今の儂にはそんなものは通じぬぞ!」
『それでも皮が剥けるだけなのか……よっ! モードK!』
呆れたような声を出しつつ、ゴーレムが跳ね起きて再びニックに肉薄する。その拳からは短いながらも青白い刃が伸びており、それが殴ると同時にニックの肌を切り裂こうとするが、黒光りするニックの筋肉にはまったく歯が立たない。
『クソッ、キレール・ブレードと同等の切れ味のはずなのに、何で人間の皮膚すら切れねぇ!?』
「勿論、黒くなったからだ!」
『絶対関係ねぇだろうが! モードL!』
瞬間、ゴーレムの右手から魔力の刃が消え、またも開いた手首の穴から至近距離で光線が放たれる。それは物理的な破壊力を持たないが故にどんな強固な守りも抜けて対象の内在魔力を直接切り裂く一撃だったが……あろうことかその光線が、ニックの肌に当たったところで弾かれるように霧散してしまう。
『無効化!? 何で!?』
「勿論、テカっておるからだ!」
『テカってるくらいでこんなことになるわけねぇだろうがぁぁぁぁぁぁ!!!』
見た目は光線でもその実体は魔力線とでも言うべきものであるため、たとえ磨き上げた鏡だろうとモードLが干渉されることはない。だが事実としてその光はニックのテカる筋肉を前に全くの無力であり、ゴーレムの悲壮な叫びは現実を変えてくれたりはしない。
『やっぱり近接じゃ駄目なのか!? モードM!』
発言と共に後ろに飛んだゴーレムの腕周りに仕込まれていた蓋が開き、そこから盛り上がった発射口から片腕八発、両腕で一六発の物理爆破弾頭が煙をたなびかせながらニックに向かって飛来する。
無論ニックはその全てを殴って迎撃したが、爆発によって生じた白煙は僅かな時間ニックとゴーレムの間を隔て、その間にゴーレムは必死に戦略を巡らせていく。
(本当にどうすりゃいい? 幾ら無制限って言ってもモードNは流石にこんな閉鎖空間じゃ使えねぇ。もう一回モードEが発動できれば……)
モードGを除けば、モードEが今までで一番ニックに有効打を与えている。だがナグール・ナックルは「順番通りにしか能力を発動できない」という機能制限が仕込まれており、二六種類の能力を一周する、もしくは一〇分間の冷却時間を挟んだ上でAから順番に発動しなおさなければ任意の力を使うことはできない。
ちなみに、何故こんな馬鹿みたいな仕様がそのまま通ったかと言えば、何の能力も発動していない状態ですらナグール・ナックルは極めて強力な兵装であり、一般のまともな技術者がどうあがいてもそれを越える兵装を生み出せなかったからという身も蓋もない理由があるのだが、それはゴーレムもその元となった男も知らない事実である……閑話休題。
(いっそ一旦冷却するか? 補給無制限の許可が下りてる以上、こっちは魔道核が壊されない限りは復活できる。守りに徹すれば一〇分くらいは……)
「敵を前に考え事とは、感心せんな」
『うおっ!?』
と、そこで白煙の向こうから黒い筋肉親父が突っ込んでくる。これまで何故か攻めてこなかっただけに意表を突かれたゴーレムだったが、彼もまた百戦錬磨。驚きはしても戸惑いはせず、金属の腕を交差させてニックの拳を受け止めた。
『何だよ、今度は待ってくれねぇのか?』
「あまり甘やかしすぎると緊張感がなくなってしまうからな。さあ、どうする?」
モードAよりも速く、モードCやDを使った時よりも重いニックの拳の雨が降り注ぎ、ゴーレムは必死に防御を固める。だが一撃ごとに堅牢極まるはずの体が僅かにへこみ、特に腕はもう数秒も保ちそうもない。
『もう知るか! カウント三で魔道核を完全隔離! 起動、モードN!』
「むっ、これは……っ!?」
自棄になったゴーレムが、ナグール・ナックルが壊れる直前に禁断の力を発動させる。
その瞬間、ニックとゴーレムの間に小さな太陽が生まれた。