父、拳で語る
『それにしても……』
「ん?」
拳を構えたニックと、その背後でいつでも待避できるように身構えているヒストリアを睥睨し、巨体のゴーレムが軽く首を傾げて呟く。
『魔導兵装を身につけてないってことは回帰派の工作員なんだろうが、何でElemental Life Fragmentがここにいる? 今更自分達の存在が納得いかなくなったなんて言うつもりじゃないだろうな?』
「回帰派の工作員……?」
「えっ!? ゴーレムが喋った!? というか、会話が成立して……っ!?」
言葉の意味がわからないニックと、ゴーレムと会話が成立しているという事実に驚くヒストリア。種類は違えど困惑の表情を浮かべる二人に、しかし当のゴーレムは変わらず不審げな声で続ける。
『何だ、とぼけるつもりか? まあ工作員が自分の事を工作員だなんて認めるわけねぇのはわかるが……なるほど、そのElemental……あー、長いから頭文字をとってエルフって呼ぶことにしたんだったか? そのエルフで上の警備を誤魔化したのか。
だが、俺はそんなものじゃ誤魔化されねぇぞ。さあ、大人しくお縄に――』
「待て待て! 待ってくれ! さっきから話が全く見えんのだが!」
『ハァ? 見えるも見えないもあるか! 俺の役目はこの施設に不法侵入してきた奴の排除だ。お前にどんな思惑があろうと俺の知ったことじゃねぇ! ナグール・ナックル起動!』
ゴーレムがそう発言すると、その両手を包み込むように青白い光が出現する。そうして一回り大きくなった拳を握ると、ゴーレムがニックに向かって思いきり殴りつけてきた。
「ぬぅっ!?」
『おおっと、コイツを受け止めるか!』
それを迎撃すべくニックもまた拳を振るい、生身の拳と魔法の拳がぶつかり合った狭間ではバチバチと火花が散る。だがその程度で傷つくほどどちらの拳もやわではない。
『久しぶりに楽しめそうだぜ! ナグール・ナックル、モードA!』
言葉と共にゴーレムの魔法の拳の色が黄色に変わり、その拳速が数十倍に跳ね上がる。音を置き去りにした拳の乱打を前に、しかしニックも負けてはいない。
「うぉぉぉぉ!」
『この速度についてくるだと!? ならこれでどうだ! モードB!』
「ぬぐっ!?」
ゴーレムの拳の色が赤に変わり、それがニックの拳と衝突した瞬間強烈な爆発が起こる。その衝撃に一瞬とは言えニックの手が痺れを感じ……
『まだだ! モードC!』
「ぐふっ!」
右手の爆発を目くらましに、白に変わった左手の拳がニックの腹部に突き刺さった。それは筋肉の鎧を越えて直接内臓に衝撃を与え、ニックの口から押しつぶされた空気が漏れる。
だが、それは誘い水。ゴーレムの右手はニックの左手が打ち合っており、左手はニックの腹……つまり握りしめたニックの右手の拳をゴーレムは防ぐ術がない。
「食らえぃ!」
『何ぃ!?』
放たれたニックの拳がゴーレムの頭を強かに撃ち抜き、ガキンという音と同時にゴーレムの頭が大きく歪む。たまらずゴーレムはその場を飛び退くと、魔法を解除してからそっと己の顔に手を添えた。
『生身で魔導兵装をへこませるとは……しかも俺の拳を食らってほぼ無傷とは、お前一体何者だ!?』
「何者と言われれば、鉄級冒険者のニックだ。お主こそ何者だ?」
『鉄級……冒険者? 何だかわからねぇが、俺はこの施設の最終防衛兵装だ。三体いる「守護者」シリーズの一体だな』
「……それはお主の真の名ではあるまい?」
その在り方に思うところがあり、ニックはそう言葉を被せた。だがそれに対して「守護者」と名乗ったゴーレムは皮肉げに肩をすくめてみせる。
『それは仕方ないだろう? その名は俺の元になった、本物の俺だけのものだ。単なる魔導具でしかない俺がそれを名乗るのは筋違いだろうが』
「なるほどなぁ。お主のようになる者は、皆同じような考え方、価値観の者ばかりなのか?」
『俺以外の奴が何を考えているかなんて知らん。が、別の器に自分を入れてまで戦いたがるような奴は、そうなんじゃないか? ……さて、それじゃそろそろ続きといくか』
人ならばニヤリと笑っていそうな雰囲気でそう言うと、ゴーレムがガチガチと両手の拳を打ち付ける。そんな様子にニックもまた構えをとったが、拳を握るよりも前にまずはその口を開いた。
「最後にもう一度聞かせてくれ。儂はお主の言う工作員などではないし、自衛のためにやむを得ず向かってくる者を倒したが、別にこの施設を壊そうとしているわけではない。穏便に話し合うことはできんのか?」
『無理だな。侵入者の言い分を聞く警備兵なんて何処にいる? 俺が話を聞くことがあるとすれば、お前達が完全に戦闘力を失ってなお死ななかった場合に尋問する時くらいだ。
それにどっちみちお前の期待には応えられない。確かにあらゆる状況に対応できるように人格とそれに付随する判断力だの何だのを有してはいるが、俺に与えられた権限そのものは「この施設を守る」ことだけだ。権限を書き換えられる管理者が不在の今、その命令は変わらない』
「そうか……残念だ」
達観したようなゴーレムの言葉に、ニックは改めて拳を握る。その目に宿る決意の光を見て、ゴーレムは嬉しそうな声をあげた。
『目の色が変わったな。ならこっちも本気でいくぜ……ナグール・ナックル、モードD!』
ゴーレムが胸の前で打ち合わせた拳が、瞬時に銀色の光に包まれる。そのまま嬉々としてニックに殴りかかってきたが……互いの拳が再び衝突した瞬間、今度はゴーレムの右の拳だけが粉々に砕け散る。
『なっ!? 一方的に打ち負けただと!?』
「お主の心意気は受け取った! ならばもはや手加減はせぬ!」
『チッ! だがこっちだってタダじゃやられねぇ! モードE!』
残ったゴーレムの左手が暗紫色に染まる。それもまたニックは拳で受け止めたが、次に敗北したのはニックの拳だ。ゴーレムの拳が纏う暗紫色の光はまるで浸食するかのようにニックの拳にめり込み、右手の親指を除く四本の指を内側から爆発させる。
「ぐぅっ!? ただの拳ではないな?」
『ハッハー! 流石にこれは受けられんだろう! コイツでトドメだ! モードF!』
瞬間、ゴーレムの左腕が肘からはずれ、暗紫色のオーラに包まれた拳がニックに向かって超高速で射出された。近接戦闘中でありながらのまさかの飛び道具、しかも「振りかぶる」という当たり前の一動作を省略した不意打ちのような攻撃に、ニックは咄嗟に左手の拳で飛んできた腕を殴り飛ばしてしまった。
「くっ……このっ!」
『ぐおっ!? へへ、どうだ?お前の両手はこれで潰したぞ?』
拳に走る激痛を無視してニックが放った蹴りが、ゴーレムの巨体を蹴り飛ばす。まるで地揺れが起きたかのような衝撃が周囲に走ったが、少しだけへこんだ腹を軽くさすりながらゴーレムが不敵な声で笑った。
「そうだな、実に見事だ。だがお主とてそれは同じ……いや、お主の方が悪いのではないか?」
ダラダラと血が滴り落ち、肉がえぐれ骨が見える状態の両手をそのままに半身の構えを取るニックに対し、ゴーレムもまた右手は手首から先が吹き飛んでおり、左手は切り離した肘より上しか存在しない。どちらかと言えばニックの方が損害は軽微だが、そこは生身とゴーレムという違いがある。
もっとも、ゴーレムの方はその攻撃の起点が全て拳に集約していた。多彩な能力を宿した拳を振るうからこそニックと互角に戦えていたのだから、それを両方とも無くしてしまえばその戦闘力は急激に低下したことは間違いない。
『ああ、それなんだがな……悪いな、もう勝負はついてるんだよ』
「……どういうことだ?」
だがそんな事実を前に、ゴーレムはあっさりとそう言ってのける。金属製の兜のような顔に表情などありはしないが、そこから覗く赤い目の光は何処か冷めたように感じられる。
『こういうことさ。ナグール・ナックル、モードG、起動』
歪んだ頭をカクンと動かしながら、ゴーレムが静かにそう呟く。その瞬間役目を終えてニックの足下に転がっていたゴーレムの左腕が鳴動し、その周囲に滅びの黒を放った。