父、分解する
「まったく! 何をどうすればそんなことになるんですかー!」
「仕方なかろう! あれは……あれだ。戦闘におけるやむを得ない被害という奴なのだ」
何とかヒストリアをなだめすかして魔法の鞄を返してもらい、そこから取り出した服に着替えながらニックが言う。その正面で背を向けたヒストリアが耳の先まで真っ赤になっているのは、決して照明のせいだけではないだろう。
「よし、もういいぞ」
きっちりと服を着たことを確認して、ニックがそう声をかける。するとヒストリアがクルリと振り返り、ニックの姿を見て盛大なため息をついた。
「ハァ……まさか遺跡の調査にきておじさんのお尻を見せつけられるとは思いませんでしたー……」
「ははは、見られて減るものでもないからな。気にするな」
「私が気にするんですー! もー!」
「すまんすまん。しかしこれで、先程の方針は撤回せねばならんな」
冗談を聞いて怒るヒストリアを笑顔でなだめてから、ニックが真剣な表情に戻って言うと、ヒストリアが小首を傾げながら問う。
「方針というと、罠解除とかの専門家を連れてくるっていうアレですかー?」
「そうだ。あれほどの攻撃をしてくるゴーレムが徘徊しているとなれば、よほど腕のいい冒険者でもなければこんな所には連れてこられぬぞ?」
「ですねー。ニックさんの見立てだと、どのくらいの強さの冒険者ならいけると思いますかー?」
「最低でも金級、だな」
迷うことなくそう答えたニックに、ヒストリアが露骨に顔をしかめる。
「うぅ、やっぱり金級ですか……でもそうなるととても雇えないですねー……」
銅級、鉄級、銀級と順当に上がっていく依頼料だが、そこから金級になるとそれが一気に跳ね上がり、基準となる貨幣の色が変わってしまう。勿論それに見合うだけの実力があるからこそ金級なのだが、そこまでいくとヒストリアの権限で動かせる予算では長期雇用など夢のまた夢となってしまうし、それ以前の問題としてそもそも雇うことのできる金級冒険者そのものがこの辺にはいない。
「一応言っておくが、儂の前任だった銀級のパーティをここに連れてくるのはやめておくのだぞ? 儂以外の者があの攻撃を食らったら、裸になる程度ではすまんからな」
「わかってますー! というか、金属製の鎧が一瞬で焼き切れるような攻撃を食らって裸になるだけですんでいるニックさんがおかしすぎるんですけど……まあそれは今更なのでいいです。問題はこれからどうするかですけど……ニックさん、まだいけますかー?」
伺うような視線を向けて、ヒストリアがニックに問う。普通に考えれば防具を全損した状態で強敵のいる遺跡を探索するなど自殺行為でしかないが、それに対するニックの答えはニヤリと笑って親指を立てることだ。
「当然だ! 次からは見つけ次第殴り壊すから、何の心配もいらんぞ」
「とっても頼もしいですー! あー、でも、壊すならできるだけ原型は留めて欲しい感じなんですけど、そっちはどうでしょう?」
「む? そうだな……ならばまずは外の残骸を少し調べてみるか。魔石の位置がわかればそこだけ破壊するというのもできるだろうしな」
「おおー! 流石ニックさんですー! じゃ、早速調査しましょうー!」
意見が一致したところで、ニック達は部屋を出て廊下に戻る。幸いにして追加のゴーレムはやってきていないらしく、ニックは周囲を油断なく警戒しつつまずは壊れた鎧の破片を回収し、次いで倒したゴーレムのうち、比較的無事なものを解体していった。
「うむん? 魔石は胸ではなく腹にあるのか。であれば胸のこれは何だ?」
『おそらくは魔石から抽出した魔力を効率よく増幅、伝達するための動力装置だろう。人体で言うなら胃の魔石から魔力を取り出し、それを心臓に当たるこの魔法道具が全身に行き渡らせるといったところか』
「なるほどなぁ。となると、魔石を破壊すれば止まるのか?」
『魔力の供給を断たれれば無論止まるだろうが、即座に停止とはならないはずだ。そういう意味では胸の動力の方を破壊するべきだが……』
「そっちは取っておきたいな。儂にはわからんが、使い道がありそうだ」
オーゼンとそんな会話を交わしつつ、ニックは適当な大きさにばらしたゴーレムを魔法の鞄へとしまい込んでいく。そうしてめぼしいものを解体し終えてから振り返ると、そこではウンウン唸りながら必死にゴーレムに短刀を突き立てているヒストリアの姿があった。
「ヒストリア殿? どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたもないですー! これ硬くって全然刃が通らないんですけどー!?」
「ああ、そうか。何処を切りたいのだ?」
「手伝ってくれるんですかー? じゃあこの辺をスパッとお願いしますー!」
「わかった」
笑顔で短刀を渡してくるヒストリアをそのままに、ニックは徐に手刀を一閃。すると指定された場所がぱっくりと割れ、ゴーレムの断面が露わになった。
「……………………」
「ん? どうかしたか?」
「……いえ、何でもないですー。というか、うわ! 何ですかこれ!?」
「大分高度な技術で作られたゴーレムのようだな。儂の方で大体の部位ごとに分けて回収しておるから、そっちも見てみるか?」
「是非お願いしますー!」
ヒストリアに頼まれ、ニックは回収していたゴーレムの部品をもう一度魔法の鞄から取り出して並べていく。とはいえ歴史学者であって技術者ではないヒストリアにはそれを見たからといって何がわかるわけでもない。
「うーん。これは持ち帰って専門機関に引き渡すしかないですねー」
「後はメーショウ殿にも渡さんとな。ならば方針としては余裕があれば魔石のみを破壊し、停止した状態のゴーレムをできるだけ回収するとして……道はどうする? 全ての扉をこじ開けて中を確認していくのか?」
「それもアリではありますけど、まずはまっすぐ進んで一番奥まで行きたいですねー。遺跡が生きている以上、扉やゴーレムを制御する魔法道具が生きている可能性も十分にありますしー」
『我もそれに賛成だ。この女はともかく、我であればその装置に直接働きかけて制御を奪うことも可能かも知れんからな。貴様が無駄に破壊してしまう前にできるだけ完全な状態で情報を精査したいところだ』
「ぬっ……わかった。ではとりあえずまっすぐ進むことにするか。ならば先頭は変わらず儂が行くから、ヒストリア殿は三歩ほど離れて着いてきてくれ」
「りょーかいですー!」
元気に手を上げて返事をするヒストリアに思わず笑みをこぼしつつ、ニック達は改めて通路を進んでいく。途中幾度かゴーレムの襲来があったが、その全てが何をすることもできずにニックの拳で沈んでいく。
「ここまで圧倒的だと、何だかちょっと可哀想な気もしますねー」
「まあ、この者達からすれば不法侵入してきた儂等を撃退しているだけであろうからなぁ。そんなことを言っていては冒険者など務まらんが」
「歴史学者もですー。偉い人のお墓にズカズカ立ち入って調べまくったりしますからねー」
『貴様のような理不尽な侵略者など、守る側には絶対に回りたくないものだ』
決して油断ならない状況であるにも関わらず、ニックの強さ故にそれぞれが軽口を叩きながら道を進んでいく。だがそんな快進撃を阻むべく、ゴーレム達も遂に切り札を投入してきた。
『そこで止まれ、侵入者共』
「む?」
そんな言葉と共に、不意に遺跡内部の天井に煌々たる照明が灯る。一瞬にして夕闇から真昼に変わった世界に僅かに目を細めつつニックが通路の先を睨めば、通路の突き当たり、一際頑丈そうな扉を守るように立ち塞がっていた巨体のゴーレムが徐に動き始めた。
『どうやら量産型では止められなかったようだが、俺は違うぞ』
「ふむん? 確かに会話が通じるのであれば、それだけでも違いそうだが……」
『どう違うかは、その身に痛みとして刻んでやろう』
「フッ、面白い」
明らかに格の……それどころか在り方そのものが違う相手を前に、ニックは不敵に笑ってその拳を握った。