父、手紙を受け取る
オーゼンからの質問をのらりくらりと誤魔化してからしばし。今日も今日とて何かいい仕事はないかと冒険者ギルドに足を運んだニックに、いつもの受付嬢が不意に声をかけてきた。
「あ、ニックさん! ちょっといいですか?」
「ん? 何だ?」
依頼の報酬が収入源では無いという希有な存在のニックは、早朝の「割のいい仕事」の奪い合いに参加しないため、人気の減ったギルド内で並ぶことなく受付嬢のいるカウンターまで足を運ぶ。
「これ、ニックさんにお手紙です」
「手紙? ふむ、誰からだ……?」
受付嬢に渡されたのは、見るからに高級な紙が使われた手紙だった。受付嬢に礼を言って受け取ると、ニックは早速その場で封蝋をはずし中身に目を通す。
「ほほぅ?」
「誰からなんですか? 随分立派な封筒ですけど」
「少し前にワイバーン騒動があったであろう? あの時に馬車に乗った一行を助けたと報告したのを覚えているか?」
「え? ああ、そう言えばそんなこと言ってましたね。じゃ、その人達が?」
「うむ。どうやら城に来て欲しいらしい」
ちょっとした好奇心のままに問うてくる受付嬢に、ニックはこともなげにそう答える。が、それを聞かされた方も平常でいられるかは別の問題だ。
「し、城!? ニックさん、お城に呼ばれてるんですか!?」
「そうらしいな。ほれ」
そう言って無造作に差し出された手紙に、受付嬢は真剣に目を落とす。するとそこには確かに「ワイバーンから助けられた報奨を渡したいので、この手紙をもって登城して欲しい」という感じの内容が持って回った恭しい言葉遣いで書かれていた。
「え、え!? あの馬車の人達って、そんなに偉い人だったんですか!?」
「うむ。確か第二王女と名乗っていたな」
返してもらった手紙を丁寧に鞄にしまって言うニックに、受付嬢が悲鳴に近い抗議の声をあげる。
「王女様!? そんなこと報告の時は一言も言ってくれなかったじゃないですか!」
「あれはワイバーンが駆逐されたことが重要だったのであって、別に助けた者の素性は関係ないであろう」
「それはそうですけど……」
言いよどむ受付嬢に、ニックは少しだけ申し訳ない気持ちになった。あの時はキレーナ達が未だ身分を隠したそうにしていたからあえて報告しなかったのだ。
ではなぜ今それを告げたのかと言えば、こうして手紙を送ってきたのであればもう問題無いのだろうと判断したからだ。登城して報奨を……となれば、王族が絡んでいなければあり得ない。
「まあとにかく、呼ばれたからには行かぬわけにもいくまい。ここからこの国の王都へはどうやって行けばいいのだ?」
「この町から王都だと、町の西から乗合馬車に乗るのが普通ですね。途中三つほど町を経由して、大体二週間から三週間くらいでしょうか? 道はきっちり整備されてますから、冒険者の方なら徒歩でも行けますよ」
「そうか。助かった。では儂はちょいと王都に行ってくることにする。しばらくは戻れんだろうから、誰かに聞かれたらそう答えておいてくれ」
「わかりました。そこそこの長旅ですし、気をつけて行ってきてくださいね」
そう言って笑顔で一礼する受付嬢に手を振って応えると、ニックはそのまま冒険者ギルドを後にした。そのまま宿に戻って一旦部屋を引き払い、町の西門の方へと歩いて行くが、ニックの顔は今ひとつ冴えない。
『どうした? 貴様らしくもない表情だが、何か思うところがあるのか?』
「うむ。妙だと思ってな。あの時の約束では報酬はここの冒険者ギルドに直接送ってくれるという話だったが、それが登城を求められるとは……」
『なるほど。厄介ごとの気配がするということか』
ニックの言葉に、オーゼンもまた同意する。単に礼金を払うだけなら王都の冒険者ギルドに金を渡せばこちらで受け取れるように都合をつけてくれる。どうしても直接というのなら、誰かがこの町までやってくればいい。
だが登城となればいかにも大事だ。まさか城に呼ばれて普通に金を渡され返されると思えるほどニックは脳天気ではなかった。
『ならばどうする? いっそ要求を拒否でもするか?』
「それも不可能ではないが……」
城からの呼び出しを断るのは明らかに体裁が悪い。一応「自分のような卑しい身分のものには勿体なすぎて遠慮した」などの言い訳が立たないこともないが、王族の面子を潰すのはどう考えても悪手だ。
それでもどうしてもとなれば国外に出ればいいのだが、そこまでして拒否する理由もまたない。面倒事がありそうだという理由で確実な面倒事を抱え込むのは本末転倒に過ぎる。
「いや、やはり行くことにしよう。キレーナ王女やその弟君のことも気になるしな」
『病に冒されているということであったが、どうなったであろうか?』
「さあなぁ。まあ儂が見た限りでもあのワイバーンの卵は立派であったから、あれで駄目ということはあるまい。それも行ってみればわかることだ」
『だな。ではすぐに立つのか?』
「うむ! この手のことは先延ばしにすると大抵ろくな事にならんからな」
そんな話をしていれば、ニック達はあっという間に町の西門へとたどり着いた。銅製のギルドカードを提示すれば何の問題も無く町の外へと出られたが、そこでニックは乗合馬車の停留所を素通りしそのまま道を歩いて行く。
『む? おい貴様、何故馬車に乗らんのだ?』
「何を言ってるのだオーゼン? 何故儂が馬車に乗る必要がある?」
『は? あの受付の娘が「王都まで行くなら乗合馬車に乗れ」と言っていたではないか』
「だが、こうも言っていたぞ? 『冒険者なら徒歩でも行ける』とな」
『待て。まさか……』
オーゼンの金属製の体に戦慄が走る。ニックの冗談のような移動速度に恐怖を覚えたのはつい先日のことだ。
「フッフッフ。誰かと同道するならともかく、儂一人なら徒歩より遅い馬車に乗るなど愚の極みではないか! なーに心配するな。今回は草原で視界も開けておるし、道から少し離れた所を軽く走れば……まあ一日二日で到着するであろう」
『いや。いやいやいや。なあニックよ。のんびりと馬車に揺られるのも旅の醍醐味ではないか? そこで他者と触れ合ったり、新たな町に逗留して店を見て回ったりするのもいいのではないか?』
若干震えるような声で言うオーゼンに、しかしニックは呆れた口調で返す。
「オーゼン……言ったであろう? この手のことは先延ばしにするとろくな事がない、と。ならば厄介ごとは可及的速やかにこなさねばならぬ。あまり時間がかかると依頼達成の空白期間が出来てしまい、来年の昇級に影響するかも知れんしな」
実際には事前に報告すればやむを得ない事情はきちんと考慮されるし、ましてやそれが「城に呼ばれていた」ということであればその期間のノルマは免除されることすらあるだろうが、ニックはそれを言わない。単純に何週間も馬車に揺られるのが面倒だったからだ。
「ということで、行くぞオーゼン! 目指すは王都『サイッショ』だ!」
『ふぉぉぉぉ!? 速、速い…………あっ、我、風になってる…………?』
「ワハハハハ! まだまだ行くぞぉ!」
この日、王都とアリキタリの町を結ぶ街道沿いの町の冒険者ギルドには「高笑いをあげながら超高速で走り抜ける人型の魔物」の報告が多発したのだが、それをニック達が知るのはずっと後のことである。





