父、窮地に陥る
「ニックさん!? どう――」
「顔を出すな! 儂から離れすぎないよう、室内の入り口近くで待機しておれ! それとこれを頼む!」
「わ、わかりましたー! 宜しくお願いしますー!」
ただならぬニックの動きに部屋から出てこようとしたヒストリアに、ニックが鋭い声で警告しつつ魔法の鞄を肩から外して放り投げる。ヒストリアがそれを受け取って室内に下がったのを確認すると、ニックは改めて目の前に現れたゴーレム達の姿を観察した。
「ふむ、なかなかに物々しい出で立ちだな。それに……」
そこで一旦言葉を切ると、ニックはスッと目を細める。目の前に集まってきたゴーレムが完全な人型だったからだ。
ゴーレムという魔物は、どこぞの魔術師や技師が作成でもしない限り、基本的には遺跡やダンジョンにしか存在しない。これはゴーレムが魔石を核として動く人形であり、命を持ち繁殖するような生命体ではないからだ。
そして、人型のゴーレムというのは実は少ない。人の形は武器や道具を使いこなすには有効だが、そもそも自分の体そのものが武器であるゴーレムがわざわざ武装する意味などなく、であれば獣や虫などの姿を模した方がよほど強いのがその理由だ。
にもかかわらず、今ニックの目の前にいるゴーレム達は一見すれば完全武装した兵士に見えるような姿をしている。それはつまり人の技を使うゴーレムだということであり、強敵の予感にニックは警戒心を一段高める。
『排除実行』
「ハッ! この程度!」
幅二メートル、高さ三メートルという狭い通路で三体のゴーレムが一度に組み付いてくれば、ニックの巨体では回避は不可能。なればこそ三体共がニックの腰や腕に抱きついて拘束しようとしてきたが、人を遙かに超えた程度の膂力でニックを縛り付けることなどできるはずもない。
「むぅん!」
『ガガッ』
ニックが腕を振るえば、そこに抱きついていたゴーレムが宙を舞う。その事実にゴーレムが反応するより早く、激しく壁に叩きつけられたゴーレムがニックを掴んでいた手を離して吹き飛んでいった。
「そぉれ!」
『ガガガッ』
次にニックが足を振るえば、そこに抱きついていたゴーレムが蹴り飛ばされて天井に叩きつけられる。それが床に落ちるより早くニックは腰に抱きついていたゴーレムの顔面を掴んで強引に体から引き剥がすと、落ちてくるゴーレムに向かってそれを叩きつけた。
『ガガガガガッ』
「ほぅ、やはり硬いな。これなら多少強く殴っても粉々になったりはせんか?」
『素材が欲しいのであれば、きちんと自重するのだぞ? 貴様が本気で殴ったりすれば跡形も残らんだろうからな』
「わかっておるわ」
腰から聞こえた警告に、ニックは苦笑して答える。だがそんなニック達のやりとりとは裏腹に、未だ健在なゴーレム達はその場で足を止めて思考モードを切り替えていく。
『対象の脅威度が閾値を突破。施設の保全よりも対象の排除を優先します。第二種兵装の使用許可を確認』
「おっ?」
ニックの目の前で、ゴーレム達の手に青白い刃が生まれる。更に体の様々なところが開いたりせり出したりしてきており、如何にも剣呑な雰囲気だが……だからこそニックは楽しげに笑う。
「ふふふ、そうであろうそうであろう。人の形をとるならば武器を使うのが常道! さあ、もっともっと力を見せてみよ!」
『……楽しそうだな』
『排除実行』
呆れたようなオーゼンの言葉が聞こえたわけではないだろうが、それに被せるように声を出したゴーレム達が再びニックに襲いかかってくる。その速度は先程までとは一線を画すもので、ただ一蹴りで音を置き去りにするほどの加速は一〇メートル程度の相対距離など瞬きする間で埋めてしまう。
だが……
『ガッ…………』
「未熟だな」
ニックの放ったカウンターの拳が、ゴーレムの頭を粉々に吹き飛ばす。それでも即座に停止することはなく必死に腕を伸ばしてニックを斬りつけようとしたが、追加で放たれたニックの拳が胴を打ち抜き、ゴーレムの動きが完全に停止した。
「速いということはそれだけ動きが直線的だということだ。今のように拳を合わせられれば速さがそのまま破壊力となって我が身に返ってくることもある。その程度では一〇〇年かけても儂は討ち取れんぞ?」
『常識的には、あんな速度に反応できるとは……いや、何でもない』
ニックの発言に、オーゼンが憮然とした声でツッコミをいれようとして諦める。だがその言葉にニックは楽しげに笑いながら反論を口にする。
「甘いぞオーゼン。誰でもとは言わんが、金級上位の冒険者ならば反撃はともかく防御や回避は可能なはずだ。予備動作として体を少し前に倒すのもわかりやすかったしな」
『そ、そうなのか? むぅぅ、我が思っているよりもこの世界の最上位にいるような者達は強いのか……?』
「そういうことだ! さあどうした? もう来ないのか?」
『対象の近接脅威度、一〇〇。遠距離攻撃主体に武装を変更。マギ・ブラスター、連続斉射』
挑発するように言ったニックに、しかしゴーレム達はその場を動かず両手をニックの方に向けると手のひらにパカリと穴が開き、そこから放たれた無数の青白い光弾がニックへと降り注いだ。残った四体のゴーレムから嵐の如く撃ち出されたそれを、ニックはその場から動くことなく全て撃ち落としていく。
「甘い甘い! これなら三賢者の魔法の方が激しかったぞ!」
『攻撃の効果を認められず。武装変更、カッティングバーナー、出力最大』
ニックが全ての魔法弾を撃ち落ちしてしまったことで、ゴーレム達は手のひらをパタリと伏せると、今度は指先から赤い熱線を放ってくる。一つ二つならともかく流石に四〇条もの熱線を防ぐことは敵わず、然りとてヒストリアのいる室内に逃げ込む訳にもいかないニックはそれを正面から受け止め……そして唸る。
「ぬぅ、これはいかん! ぬぉぉぉぉ!」
一瞬にして状況を悟り、ニックは素早く腰の鞄を外すと左手で持って背中に隠し、右腕で顔を庇いながらもう前後ゴーレム達の方へと突っ込んでいく。だがその間にも熱線はニックの体を這いずり回り、触れる全てを焼き切っていって……
「終わりだ!」
あっという間に間合いを詰めたニックが拳を振るい、残っていたゴーレムが全員その場で粉々になる。だがその素材とは別にニックの体からもガチャンという音を立てて修理したばかりの鎧が剥がれ落ち、ついでひらりと少し前まで服だった布きれが宙を舞う。
「間に合わなかったか……っ!」
『何ということだ…………』
瓦礫の山の上で呆然と立ちすくむのは、いい具合に熱線に焼き切られ体の前半分が全裸になってしまった筋肉親父。そのあまりにもあんまりな姿にオーゼンは深い悲しみの声を漏らした。
「……終わりましたかー?」
「ぬっ!? 駄目だ、まだ来てはいかん!」
「えっ!?」
ニックの「終わり」という言葉を聞きつけ部屋から顔を出したヒストリアの前で、ニックが焦った声を出す。その際に思わず振り向いてしまったことが、悲劇の引き金であった。
「あっ!?」
服にしろ鎧にしろ、それらは後ろ半分だけで着ていられるようにはできていない。半分になった状態で体を動かしたりすれば、無事だった後ろ側も当然の如く剥がれ落ちる。
「……………………」
ガシャンと言う音を立てて残っていた鎧と服が剥げ落ちると、辺りに静寂が満ちる。固まるニックの目の前にいるのは、加速度的に顔が茹で上がっていくヒストリア。
「へ…………」
「い、いや、違うぞ!? これには訳が――」
「へ……………………」
「な、なあヒストリア殿? ここは一つ冷静に儂の話を――」
「変態ですーーーーーーーーー!!!」
大声で叫んだヒストリアが、部屋の中へととんでもない勢いで引っ込んでいく。何とか誤解を解こうと部屋に入ろうとするニックと、変態の入室を必死に阻もうとするヒストリアの攻防は、この後一〇分ほど続くこととなった。