父、こじ開ける
賑やかな宴会の日から、三日後。約束通りきっちりと仕上がった鎧を身に纏い、ニックはヒストリアと共に魔竜王の墓所へと訪れていた。
「おお、この辺はあまり変わっておらんな」
「そりゃ変わらないように保全してますからねー。上層部分に関しては調査もほぼ終わってますけど、だからってここが崩れたら下に行けなくなっちゃいますしー」
「まあ、そうだな。ということは、あの縦穴は?」
「あそこにはちゃーんとしっかりした梯子がかかってますー。もうちょっと浅ければ足場を組んでしまいたいところだったんですけど、あの深さではちょっとどうしようもなかったので……」
「……それでよくあの魔竜王の残骸を運び出せたな」
「凄く凄く大変でしたー」
感心するニックの言葉に、ヒストリアが遠い目をする。ニックが去った後魔竜王の存在と討伐が確認されると、冒険者ギルドは一〇〇人を越える冒険者を投入して素材の回収に当たらせており、ヒストリアはその陣頭指揮を執っていたのだ。
「壊そうと思ってすら壊れないような素材とはわかっていても、冒険者の方に素材を丁寧に扱ってもらうのは大変でしたー」
「ははは、然もありなんだな」
冒険者と研究者では、同じ「丁寧」でも基準が違う。昔ムーナに色々と言われた経験から、ニックはヒストリアに同情的な笑いを返した。
そんな会話を続けながら歩けば、程なくして件の縦穴へと辿り着く。そこには確かにかなり頑丈そうな縄梯子が幾つも垂れ下がっており、頻繁に人の往来があることをしっかりと物語っていた。
「これなら儂が降りても大丈夫そうだな。まあ飛び降りる方が早いが……」
「絶対駄目ですからねー! 次にやったら本っ当に怒りますよー!」
「お、おぅ。もうやらんから大丈夫だ」
剣呑な光を宿すヒストリアの瞳に、ニックは若干たじろぎながら答える。その原因が思い当たるだけにニックには頷く以外の選択肢は存在しない。
その後は二人並んで梯子を下り、かつて魔竜王と戦った広間を抜けたその先まで進むと、横にどけられた瓦礫の向こう側に下へと降りる階段を発見した。
「ここですー! ここから降りた先が新たに見つかった通路なんですけどー……」
「ふむ。ならばここから先は油断せずに行こう。儂が前を歩くが、進む方向の指示はヒストリア殿がしてくれ。それと、儂から離れすぎないように注意を」
「わかりましたー。宜しくお願いしますね」
敵の詳細が不明なこともあり、ニックは最大限に注意を払いながら階段を降りて通路を進んでいく。そうして下まで辿り着くと、通路の側面、床の側に等間隔で赤い光が灯っているのが確認できた。
「明かりがついているのか?」
「はいー。それもあって、ギルドとしてはここを『生きている遺跡』と認識しましたー。警備のゴーレムまでいたわけですから、ほぼ確実ですねー」
「なるほど。とりあえず視界に困らないのはいいな」
「そうですねー。あんまり目に優しい感じではないですけどー」
足下の赤い光はそれほど強いものではなかったが、割と頻繁にその光が灯っていることもあり、幅二メートル、高さ三メートルほどの狭い通路であれば十分に見通せる。
なのでニックは夕焼けに染まったような世界で周囲を見回すと、通路の横にはやはり一定の間隔をもって無数の扉が存在していた。
「ふむ、通路か……左右にかなりの数の部屋があるな」
「ですねー。でもあれ、開かないんですよー」
「そうなのか?」
「はい。無理矢理開けようとした人もいましたけど、どうやっても無理だったみたいですねー。きっと何処かに開閉する仕掛けが……………………」
解説していたヒストリアの言葉が、そこで途切れる。ニックが横開きの扉に手を掛け力を入れると、ギギギッという音と共に扉が開いていったからだ。
「ええー…………」
「む!? な、何だ!? ひょっとして開けては駄目だったのか!?」
「……いや、そんなことはないんですけど」
『貴様は! 何故貴様は相も変わらずそういうことをするのだ!』
呆れた視線を向けるヒストリアに加え、腰の鞄からニックを責めるオーゼンの声がニックの頭の中にだけ響き渡る。が、ニックとしても言い分があるだけに、黙ってそれを受け入れるわけにはいかない。
「い、いや! ほら、あれであろう? 開かない扉を諦めて通り過ぎると、その後全ての扉が一斉に開いて魔物がドバッと出てくるのは、定番の罠ではないか! なので最低一つは開いておくのが安全のために重要だったのだ!」
「まあ、そうですけど……でも、こじ開けることで別の罠が発動する可能性とかは考えなかったんですかー?」
「それは……その時は仕方あるまい。儂には罠を見抜いたり解除したりする技量などないからな。結局は全て推測であり、儂に出来ることは一つ一つ可能性を潰していくことだけだ」
「あー、確かにそうですよね。すみません、これは私の失念でしたー。罠関係に詳しい方にだけは着いてきてもらうべきでした……」
今回ヒストリアが今まで雇っていた護衛を連れずにニックと二人だけでやってきたのは、ここのゴーレムと戦ったことで護衛達の主武器が破損していたこともあるが、何よりもニックの負担を減らすためだ。
護衛というのは守る対象が一人増える事にその負担が爆発的に増加するものだ。そしてここのゴーレムに対抗する手段がない以上、他の冒険者は戦力ではなく護衛対象になってしまう。
だからこそ自分の危険度が増してもニックと二人での調査を考えたのだが、事ここに至って遺跡探索で最も重要な技術の持ち主を連れてこなかったことに気づいて、ヒストリアは申し訳なさそうな顔でニックに頭を下げた。
「はは、誰にでもうっかりすることくらいはあるからな。では、どうする? 一旦戻って誰か連れてくるのか?」
「それもいいんですけど、せっかくですからもうちょっとだけ調査してからにしましょうー。開けた扉の中も気になりますし、出来ればゴーレムも倒して素材を持ち帰りたいですしねー」
「わかった。ではとりあえずこの中に入ってみるか」
ヒストリアの了承を得て、ニックはこじ開けた扉から部屋の中に入っていく。するとそこには大量の棚が立ち並んでおり、その中には無数の魔石のような何かが安置されている。
「何だこれは? 魔石とはちょっと違うようだが……?」
『我も見たことがないな。おい貴様よ、それを一つこっそりと持ち出せぬか? できれば時間をかけてきっちり調べたいのだが』
「む? それは……ヒストリア殿!」
「何ですかー?」
ニックに呼ばれ、しげしげと室内を眺めていたヒストリアが顔を向けて答える。
「まず確認なのだが、これは一体何なのだ?」
「さあ? 私も初めてみたものなので、ちょっと何だかはわかりませんねー」
「そうか。であればこれを調べられそうな伝手があるのだが、一つ持って帰ってもいいだろうか?」
「えー? これ貴重な資料なんですけど……でもまあ、これだけありますからね。一つくらいなら」
「おお、それはありがたい!」
ヒストリアの回答にニックは喜び勇んで手近にあった魔石もどきを魔法の鞄の中へとしまい込むと、その場で踵を返す。
「ヒストリア殿が融通を利かせてくれたのだから、儂の方もきっちり仕事をせんとな」
「え? あっ!?」
驚くヒストリアをそのままに、ニックは一足飛びで扉の外へと躍り出る。すると通路の奥から無数の人影がぞろぞろと歩いてくるのが目に入った。
『第一種警戒区域に未登録の人間を確認。対象を強制排除します』
「さあ、お主達の力見せてもらうぞ!」
何処か人らしからぬ声を出すゴーレムを相手に、ニックはニヤリと笑って拳を握った。