父、断る
「一体何をやってるんですか貴方達はーっ!」
メーショウの鍛冶屋の店内。とりあえず服を着てその場に並んで立つニック達に、耳の先まで真っ赤にしたヒストリアが怒鳴り声をあげた。その剣幕は相当なものだが、かといってメーショウも言われるままではない。ふてくされた表情のままヒストリアをギロリとにらみ返せば、自身もまた怒鳴り声で応戦する。
「何だってんだよ!? 俺が俺の店で何をやってようが、俺の勝手だろうが!」
「うっ、それはまあ……でもでも、そういうことはもっと人目を忍んでやるべきというか、少なくともこんな店先で、あんなことを……あうあうあう」
「あー? チッ、面倒くせぇなぁ、オイ。まあ確かにああいうのは秘密にする奴も多いから、ネーちゃんの言い分もわかる。だが俺はそんなこと気にしねぇんだから別にいいだろ?」
「気にしてくださいー! というか私が気になるんですー! わかりますか!? 今日も楽しくお店で暇を潰したりちょっと美味しいものをこっそり摘まんだりしようと思って意気揚々とやってきたら、裸の筋肉親父がくんずほぐれつしてるんですよ!? そんなのもう世界の終わりじゃないですか!」
「いや、意味がわかんねぇし……てか毎度毎度用も無いのに来るんじゃねぇよ! ここは俺の店であって、お前がダラダラする場所じゃねぇんだぞ!」
「ふーん、そんなこと知りませんー! お弟子さんにもちゃんと許可はもらってますー!」
「ハァ!? オイ誰だこの長耳にくだらねぇこと言いやがったのは!?」
異常に腹の立つ表情をしたヒストリアの言葉に、メーショウが店の奥へと怒鳴り込んでいく。するとすぐに店の奥から怒号と金属が打ち付け合う音が響いてきた。
「……あれは大丈夫なのか?」
「さあー? ちょくちょく同じようなことをやってますし、大丈夫じゃないんですかー?」
「おおぅ、そうなのか……」
どう聞いても戦闘音にしか思えない喧噪の聞こえてくる方をちら見してから、ニックは改めてヒストリアに向き直る。
「あー……まあ、あれだ。改めて言わせてもらうが、久しぶりだなヒストリア殿」
「お久しぶりですー。まあエルフ的な感覚だと一年はちょっと前くらいですけど」
先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた表情でヒストリアが答える。その立ち姿はまさにエルフと言わんばかりの優雅さだが、先程までのやりとりが頭に残っているニックとしては思わず苦笑せずにはいられない。
「あーっ、何か不埒な事を考えてますねー? それもこれもあのちんちくりんのひげもじゃが悪いんですー! まったくもーっ!」
「ははは、相変わらず仲がよさそうで何よりだ。それにしても未だヒストリア殿がこの地にいるとは、意外だな。遺跡の調査はまだ続いているのか?」
「そりゃそうですよー! あんな規模の遺跡、一年や二年じゃとても調査が終わりませんからねー。ついこの間も新たな道を発見しちゃいましたしー」
「新たな道?」
興味を刺激されて問い返したニックに、ヒストリアは即答はせずにしばし考える素振りを見せる。
「うーん、本当はあんまり言ったら駄目なんですけど、ニックさんにならいいですかねー。
ご存じの通り、あの遺跡はニックさんと魔竜王の戦闘で最深部が大きく崩壊しちゃってたんですけど、その瓦礫を取り除いた先から更に下へと続く通路が見つかったんですー。ただまあ、そこで新たな問題が生じちゃいましてー……」
「何だ? 何があったんだ?」
と、そこで二人の会話に割り込んできたのは戻ってきたメーショウだ。フンフンと鼻息は荒いが、それでも目にはきちんと理性が戻っている。
「あれー? 向こうはもういいんですかー?」
「ハッ! テナライの奴、俺の拳骨から逃げようなんざ一〇〇年早いぜ! で、何があった? 今日顔出したのは、大方それが理由だろ? ほれ、いつまでも突っ立ってるんじゃねぇよ」
言って、メーショウが店内に増設された席に着く。次いでヒストリアとニックも席に着くと、程なくして頭に大きなたんこぶを作った弟子のテナライが三人分のお茶を持ってやってきた。
ちなみに、このテーブルと椅子はメーショウが手ずから……あるいは片手間に作ったもので、ここに座るのは基本ヒストリアだけである。普通の客は鍛冶屋で意味もなくグデッとして過ごしたりはしないのだ。
「どうぞ」
「おお、すまんな」
「どうもですー」
「オラ、終わったらさっさと戻って仕事しろ! で? 何があった?」
職人の顔をしたメーショウの言葉に、それまでほにゃほにゃしていたヒストリアの顔がにわかにしかめられる。
「別に大きな事故とか事件とかじゃないですー。ただ単に、新たに見つかった遺跡の地下にでるゴーレムがもの凄く強くて、全然調査が進まないって話ですー」
「ほぅ、強いゴーレムか……」
『ひょっとしたら魔導兵装かも知れんな』
ヒストリアの言葉に、ニックとオーゼンは同じ事を思い浮かべる。魔竜王がいた場所の更に下であれば、同系統の魔物……というか防衛機構があったとしても不自然ではない。
「そうなんですー。護衛の皆さんも頑張ってくれてたんですけど、こっちの攻撃が全然通じなくて困ってるんですー」
「ん? ネーちゃんの護衛と言えば、全員俺の武器を持ってたよな? それで通じなかったのか?」
「はいー。なのでもっと強力な武器か、あるいはゴーレムに有効な戦槌みたいな武器を作ってもらえないかと思ったんですー」
「ふーむ……」
ヒストリアの言葉に、メーショウは腕組みをして考え込む。魔竜王の存在が正式に確認されたこともあって、ヒストリアの護衛には『鋼鉄の尻』でこそないが腕利きの銀級冒険者パーティがついており、彼らは全員メーショウが用意したそれなりの武具を格安で買い取って装備していた。
つまり護衛は装備も実力も必要十分だったわけで、それがまるで歯が立たないとなれば敵の強さが大きく跳ね上がっているということだ。そういう相手に対して一足飛びに優位に立てるような武器となると、如何にメーショウであってもおいそれと用意できるものではない。
「強ぇ武器を作ってやること自体は可能だ。だがいくら銀級ったって、そう頻繁に買い換えられるほど安い装備じゃねぇぞ? それにそのゴーレムとやらを実際に見てねぇ俺からすると、どんな武器が一番有効なのかってのも一概には言えねぇ。俺が鍛えた剣で斬れなかった相手なら尚更だ」
「ですよねー。なのでここはひとつ、私の美しさに免じてお友達価格で――」
「いいぜ。倍の値段で売ってやる」
「何で高くなってるんですかー! しかも倍って!?」
「そりゃお前、ネーちゃんとお友達って言われたら、倍額とるしかねぇじゃねぇか」
「理不尽が過ぎますー! うう、人の弱みにつけこんでぼったくるなんて、どうしようもない強欲ドワーフですー……」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ! ……言っとくが、ただ働きは絶対しねぇぞ? それをやったら職人の名折れだからな」
職人にとって、受け取る対価は誇りの価値だ。自分の腕に自信があればこそ、それを安売りすることは絶対にしない。その対価が金銭とは限らないが、顔見知り程度の冒険者パーティが支払える対価は、現実的にお金くらいだろう。
「そうですよねー。なのでずっと悩んでいたんですけど、もう最高の解決法が見つかったので別にいいですー」
暗かった表情をパッと輝かせ、ヒストリアがニッコリと笑ってニックの顔を見る。
「ということで、ニックさん! 私の護衛をやってみませんかー? 銅級冒険者なら雇用費用はとってもお安いですし、ニックさんの実力なら何の心配もいりませんー!
なので、ね? ね! 私と一緒に遺跡に潜りましょうよー!」
「ふーむ……」
お菓子をねだる子供のように詰め寄ってくるヒストリアに、ニックは少しだけ考える素振りを見せて……
「断る!」
声も高らかにはっきりとそう宣言した。