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父、検証される

「お、着いたな」


 周囲の木々の葉が淡く色づき始める頃、ニックは特に何事も無くメーショウのいるドワーフの町へと辿り着いていた。今回はエルフの国を経由していないので、道に迷うということもない。


『ふむ。おおよそ一年ぶりというところだが……ここは変わらんな』


「まあ一年程度ではなぁ。もっと人の出入りの激しい町であればまた違うのだろうが、戦争や災害でも起きなければ早々人は引っ越したりせんよ」


『この世界の文明水準であれば、それもそうか』


 アトラガルドの時代であれば、それこそ異空間収納目録(インベントリ)……魔法の鞄(ストレージバッグ)を使えば引っ越しなど簡単だったし、人が住む建物も大量にあり、交通の便も今とは比較にならないほどに発達していた。


 だからこそ気軽に引っ越しすることもできたが、今この世界で引っ越しするとなれば大量の家財を馬車に積み込み野盗や魔物に怯えながら街道を進まなければならない。


 おまけに土地はあくまでも領主から借りているという名目になるため、個人で好き勝手に売買することもできない。なので貴族が別邸を建てるなどを除けば、一般市民が引っ越しをすることはほぼないのだ。


「まあ、変わってないのであれば道がわかりやすくてよいではないか……っと、ここだな。邪魔するぞ」


 そう長くいたわけではないとはいえ、ニックとしてもメーショウとの出会いは印象深い。故にその店の場所もしっかりと覚えていたため、迷うこと無く町を進むと声をかけながら店の扉を開けた。


「ん? 誰だ……って、おおお!? アンちゃんじゃねぇか!」


「久しいなメーショウ殿」


「おぅおぅ、一年ぶりくらいか? 相変わらずイイ体してやがる……って、どうしたんだそりゃ!?」


 友との再会に嬉しそうに顔をほころばせていたメーショウだったが、ニックの着ていた鎧、その太もも部分に大穴を見つけて思わず大きな声をあげてしまう。


「すまぬ。少し前に強敵と戦ってな。不覚を取ってしまったのだ」


「いや、鎧が壊れるのは限界まで持ち主を守ったってことだからいいんだが……おい、ちょっとよく見せろ」


 そう言って、メーショウがニックの側までやってくる。そうして頭を下げて開いた穴にジッと顔を近づけて観察したり穴の縁を触ったりしてひとしきり調べると、いつもの気難しげな顔に輪を掛けて眉根を寄せつつ大きくため息をついた。


「ハァ……おいアンちゃん、こりゃ一体どういうことだ?」


「どう、と言うと?」


 質問の意味がわからず問い返してしまったニックに、メーショウは更に大きなため息をついてニックをまっすぐに見上げてくる。


「へこんだとか砕けたとかならわかるぜ? あとはまあ、アンちゃんにやったその魔剣みたいなとんでもねぇ切れ味の剣でスパッと斬られるってのも理解はできる。だが何をどうやったらこんな綺麗な丸い穴が開くんだよ!?


 穴の縁に歪みがねぇから槍みたいなので貫かれたって感じでもねぇし、こんな壊れ方をする攻撃が思い当たらねぇんだが……」


「あー、そうか。あれはおそらく炎系の攻撃魔法だとは思うのだが……こう、熱を固めて棒状にして撃ち出すような感じか?」


「何だそりゃ? 火竜の吐息(ブレス)みたいなもんか?」


「うむん? そうだな、そんなところだ」


 実際には火竜と言っても格の違いが存在し、あれほどに収束した熱閃を放てる竜は滅多にいるものではないのだが、そこまで細かく指摘しても仕方が無いだろうとニックが頷いて見せると、メーショウの目が訝しげに細められる。


「ほーん。で? 俺の鍛えた鎧にこんな綺麗な穴が開くほどの攻撃を食らった割りにはアンちゃんの足は無事みたいだが?」


「ん? いや、完全に無事とは言えなかったぞ? 当たったところが赤くなって、少しの間ヒリヒリしていたからな」


「ヒリヒリってお前……」


 ニックの感想に、メーショウは言葉を失う。確かに臑当ての部分は動きを阻害しないように薄めに作ってはいたが、それでも自分が鍛え上げた鎧をここまで綺麗に貫通する攻撃を食らってなお「ヒリヒリした」程度の感想しか抱かないニックの肉体強度は、鍛冶屋としてあまりにも納得がいかなかったからだ。


「クソッ、そんな話あってたまるか! おいアンちゃん、今すぐ脱げ!」


「ここでか? 構わんが……」


 突然のメーショウの言葉に、ニックは徐に鎧を脱いでいく。だがそんなニックに対し、メーショウの怒鳴るような声は更に続く。


「違う! 鎧だけじゃなくて、服も全部脱げ!」


「服もか!? 何故だ!?」


「確かにアンちゃんはいい体をしてるぜ? だが俺の鍛えた鎧がアンちゃんの鍛えた筋肉に負けるのはどうしても納得がいかねぇんだよ!


 わかったら脱げ! 今度こそアンちゃんの筋肉より丈夫な最高の鎧を打ってやるぜ!」


「いや、儂はこれを直してくれるだけでもいいのだが……」


「だからそれじゃ俺の気が済まねぇんだよ! ほれほれほれ! 脱げ脱げ!」


「お、おぅ!?」


 小さな体のメーショウが、ニックの体に絡みつき次々と服を剥ぎ取っていく。そうしてあれよあれよという間にニックは下着一枚に剥かれてしまった。


「ふぅ……改めて見ると本当にいい筋肉してやがるな。感触を確認したいから、俺が手を触れた場所に力を入れたり抜いたりを繰り返してみてくれるか?」


「わ、わかった」


 なんとなく協力する流れになってしまい、ニックはメーショウの手が触れた箇所の筋肉をピクピクと動かしていく。それに対するメーショウの顔は真剣そのものだ。


「うーん。こうして触る限りじゃ普通だと思うんだが……」


 一言そう呟くと、今度はメーショウも服を脱いでいく。そうして下着一枚になると、自分の体とニックの体を交互に触り比べ始めた。


「やっぱり違いがわからねぇ。種族差? いや、どっちかって言うなら基人族より俺達ドワーフの方が筋肉はずっとつきやすいはず……なら個人差? そりゃそうだろうが、そこまで変わるもんなのか……?」


「あー、メーショウ殿? もうそろそろいいだろうか?」


「もうちょっと待て。体格の違いはあるだろうが、一〇倍したってそこまでの強度は……なら密度か? この弾力だと……」


「はーい! 今日も殺風景なお店に大輪の華を咲かせる、清楚可憐なエルフの私がやってきてあげましたよー!」


 と、そこで不意にニックの背後の扉が開け放たれ、聞き覚えのある声が聞こえる。ニックがクイッと首を回してそちらを見ると、そこには笑顔のまま固まっているヒストリアの姿があった。


「おお、ヒストリア殿ではないか!」


「……………………」


 まさかの再会に喜びの声をあげるニックに、しかしヒストリアは答えない。突然目の前に下着一枚の筋肉親父が現れたことに動揺し、その股間に顔を埋める……正確には太ももを観察していたのだが……知り合いのドワーフの姿に硬直し、そしてそのドワーフまで下着一枚だったことに驚愕すれば、一体何を言えるだろうか。


「…………えっと、ごめんなさい。間違えました」


 それでも何とかその言葉を絞り出すと、ヒストリアは後ろ歩きで店を出てそっと扉を閉めていった。彼女と話をしたいと思うニックではあったが、さりとてこの格好で店の外に出て女性を追いかけるなどできるはずもない。


「メーショウ殿? 今ヒストリア殿が来たようだったが……」


「あぁ? ああ、あのネーちゃんはちょこちょこ来るんだよ。どうせまたそのうち来るから、気にすんな」


「そうなのか? まあ確かに何か間違えたらしいしな」


「エルフのくせに色々と抜けてるからな。それよりほれ、もう一回足に力を入れろ!」


「む、こうか?」


「そうだそうだ! うーん、膨張率がこんなもんで、力が入ったときの硬さがこれで……あー、やっぱりわかんねぇ! なあアンちゃん、これちょっと刺したり叩いたりしてもいいか?」


「いやいや、それは流石に勘弁してくれ!」


 仮にメーショウが殺すつもりでニックを攻撃したとしてもかすり傷一つ負う気はしないが、だからといって攻撃されてもいいというわけではない。間髪入れず断るニックにメーショウは残念そうな顔をして長いアゴ髭をゴシゴシと擦る。


「そうか、そりゃ残念だ……ならもうちょい付き合ってくれよな」


「はぁ……わかった。この際だから思う存分やってくれ。これっきりですむようにな」


「おっ、そうか? なら頼むぜアンちゃん!」


 その後、顔を真っ赤にしたヒストリアが再び店を訪れて二人の尻を蹴り飛ばすまで、ニックとメーショウの筋肉検証は延々と続くのであった。

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[一言] 前回も笑いましたが、今回はさらに笑わせて頂きました 本人達は真面目にやっているのですがはたから見たら・・・ 次回も楽しみにしております
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