吸血貴族、試す
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
「遂に……遂に完成したでヤバス……」
魔族領域の奥、他の四天王は勿論、魔王にすらその存在を秘匿している秘密工房にて、できあがったそれを前にヤバスチャンが万感の思いを込めて言葉をこぼす。
「どうです旦那? いい出来でしょう?」
そんなヤバスチャンに歩み寄りながら、上機嫌な声を出す男がいる。浅黒い肌には毛の一本すら生えておらず、一四〇センチほどの小柄な体格ながらもしっかりと筋肉のついたその男こそ、ヤバスチャン達がずっと研究しているヤバスの力によってゴブリンが超進化を遂げた新たなる種族の長。
そしてそんな二人の前では、完成したそれに群がるようにその種族……ヤバブリン達が楽しげに声をあげている。誰も彼もがやり遂げた顔をしており、汚れた顔を見合わせては肩を抱き合い笑い合っている。
「壊すばっかりだった俺達が、まさかこんなでっけぇ物を作れるようになるとはなぁ。それもこれも旦那のおかげです」
「ヤバいことを言うなでヤバス。私はきっかけを与えただけで、実際に頑張ったのはお前達でヤバス」
「それでもですよ。他の四天王の人達じゃ、俺達なんてどうせ使い捨ての戦闘要員だったでしょうから」
「……………………」
ヤバブリンの長の言葉に、ヤバスチャンは何も答えない。実際高い知能と強靱な肉体を得たヤバブリンは、最前線の戦闘要員としてはかなり優れた存在だ。もしも公にその存在を発表すれば、魔王軍の先兵として各地の戦場で便利に使い潰されることになるだろう。
だが、ヤバスチャンはそうしなかった。勿論本人達が戦いたいと言うのであれば別だが、意思を持つ相手であればもっと他にやりたいことがあるかも知れない。そう思って様々な適性を調べてみたところ、ヤバブリン達は鍛冶に高い適性を示したのだ。
「物を作るのは楽しい。だがぶっ壊すのはもっと楽しい! だから俺達ヤバブリンにとって、兵器の開発はまさに天職ですぜ! これなら勇者の乗る魔導船なんざ一撃で木っ端微塵にできまさぁ!」
「フッフッフ、その通りでヤバス」
ヤバブリンの言葉を、ヤバスチャンは不敵な笑みを浮かべて頷く。
勇者が乗る魔導船は、あまりにも強大な存在だ。特にそこに施された武装は凶悪の極みであり、ただ一度使われた際の傷跡は今も不毛の地としてこの世界に残っている。
そしてヤバスチャンの所には、勇者が魔導船の封印を解くべく聖地メサ・タケーナへと至ったという情報がもう大分前に入ってきており……そして最近、遂に勇者の駆る魔導船が再びこの地に降り立ったという報告が成されていた。
「風の四天王として、勇者に空の支配権を奪われるわけにはいかないでヤバス。だがあの魔導船に対抗するにはこちらも強力な力が必要……そのためにこそコツコツ開発を続けてきたでヤバスが、それが遂に我が手に! これでもう勇者など恐るるに足らずでヤバス!
では、早速試運転といくでヤバス! 総員、搭乗せよ!」
「了解! おいお前等! 旦那のご命令だ! 総員搭乗!」
「「「アイサー!」」」
長の言葉に、ヤバブリン達があるいは船に乗り込み、あるいはその場から離れて行く。そして船に乗り込むには、何もヤバブリンだけではない。
「これはこれはヤバスチャン様。お招きいただき光栄ニャ」
「おお、猫妖族の! もう来ていたでヤバスか」
艶めく夜のような毛並みをした猫人間が一礼し、ヤバスチャンがそれに答える。知らぬ者がみれば猫人族の一種だと思われそうだが、猫妖族はその胎内に魔石を持つ歴とした魔族である。
「この船が完成すると聞いては、ましてや我が種族の長老が名誉ある艦長に選ばれたとなれば、真っ先にはせ参じるのが当然ニャ」
「うむうむ、ヤバい心がけでヤバス。それで、長老殿は?」
「既に乗り込んでおりますニャ。本来ならヤバスチャン様に直接ご挨拶したいところでしたが、何分ご高齢なので……」
「そうでヤバスか。別に気にしなくてもいいでヤバス。一〇〇〇年を生きるという長老殿の采配を期待しているでヤバス」
「お任せ下さい。では、私も失礼しますニャ」
猫妖族において最も優れた戦士のみが履くことを許されるという赤い長靴をビシッと揃え、猫の男が綺麗に一礼をしてからその場を去って行く。その後もいくつかの種族が挨拶に来たのを労うと、いよいよヤバスチャンもその巨大な船へと乗り込んでいった。
「さて、では最後に確認の点呼をとるでヤバス! まずは艦長!」
「……………………」
船の艦橋にてヤバスチャンが声を上げるも、艦長からの返事はない。不審に思ってヤバスチャンが振り返ると、一段高い艦長席では黒い毛並みに大量の白髪の交じった猫妖族の老人がうつらうつらと頭を揺らしていた。
「……艦長? イマオキタ艦長?」
「ふぁっ!? ね、寝てないニャ。ずっと起きてたニャ」
「……本当でヤバスか?」
「本当ニャ。ちょっと椅子がふかふかだったから、くつろいでいただけニャ」
聞いているだけで眠くなりそうなイマオキタの声に、ヤバスチャンは若干不審そうな顔をしつつも流す。
「なら、まあいいでヤバス……次、キョダイ攻撃長!」
「ウガ! オレサマ、ダイジョウブ!」
ヤバスチャンに名を呼ばれ、鬼人族のキョダイは元気に声をあげる。だがその巨体は割り当てられた椅子にはどうにも合わないようで、窮屈そうに膝を曲げている。
「……何でもっと大きく作らなかったでヤバス?」
「設計段階じゃ鬼人族の旦那が座るなんて聞いて無かったですから……」
ヤバスチャンに問いかけられ、その隣にいたヤバブリンの長がフイッと顔を背けながら言う。
「まあ、確かに納期も割とヤバかったから、仕方ないでヤバス……次、医療担当のオユキ!」
「あっはーん! アタシも準備は万端よぉーん!」
次に答えたのは、氷女族のオユキ。下は膝丈、上は肩を大きく露出したトーガのような不思議な服を纏ったオユキが、青く長い髪をかきわけ色っぽい声を出す。その周囲には細かい雪が舞っており、夏場の暑い船内では丁度いい冷気を提供してくれていた。
なお、風の勢力にはちょうどいい癒やし手がいなかったため、彼女だけはギャルフリアの所からの出向だ。
「では最後に、機関部、ヤバスガワ!」
『問題ありません。一族共々準備は整っております』
最後に答えるのは、一族の傍流の男。そしてその側には、同じくギリギリス家を主家とする家の若い吸血鬼達が船に力を与えるべく整然と待機している。
「よし。ではヤバス式魔法機関、起動!」
『了解! ヤバスの力、収集開始!』
ヤバスチャンの号令に合わせて、機関部に待機していた吸血鬼達が一斉にその背を倒し、眼前に設置されていた聖水の満たされた水桶に顔を近づけていく。
「うぅぅ、これはヤバい……」
「もし船が揺れて聖水がかかったら……何てヤバさだ……」
「だが、これこそがヤバスの力! ヤバスチャン様のためならば!」
恐怖に耐える吸血鬼達の体から、魔力とは明らかに違う暗紫色のオーラが立ち上っていく。それらが中央の巨大な魔石に集まると、船体下部に仕込まれた風の魔石から勢いよく風が吹き出していき、巨大な船体がゆっくりと浮き上がっていく。
「天井、開け!」
『天井、開け!』
ヤバブリンの長の言葉が船外へと伝えられ、秘密工房の天井が開いていく。途端に夏の強烈な日差しが差し込んでくるが、この場にいる者で日の光に耐えられない者など一人もいない。
「地上……何もかも皆ニャつかしい……」
「え? 猫妖族って普段は地上に住んでましたよね?」
イマオキタの呟きにヤバブリンの長が反応したが、誰もそれには答えない。不思議な沈黙が続くなか船は順調に宙へと浮き上がり、やがて地上から一〇メートルほどの高さでその船体が固定された。
「何と言うか、思ったよりも低くないでヤバス?」
「これ以上はちょっと……ていうか、こんな馬鹿でかいものを浮かせるだけでもヤバいくらい大変だったんですぜ?」
「まあ、それは……うむ、そうでヤバスな。では改めて……浮宙戦艦ヤバト、発進でヤバス!」
高らかなヤバスチャンの宣言と共に、浮宙戦艦ヤバトが宙を征く……子供が歩くほどの速さで。
「これはまた……ヤバいほど遅いでヤバス」
「いや、だからこれで精一杯なんですって! むしろ移動できることを褒めて下さいよ! ヤバいくらいの調整をしてやっとなんですから!」
「ふみゃー…………すぅ、すぅ」
「ウガガガガ、オレサマ、チョットアシイタイ……」
「で、私はいつまでここにいればいいわけぇ? イケメンの吸血鬼の方とのパーティを開いてくれるっていうから協力してるんだから、そこんとこ宜しくねぇ」
「フッ、フッフッフッ……何だかもう、戦慄するほどのヤバさでヤバス……」
風の四天王、闇風貴人ヤバスチャンの切り札が完成するには、まだまだヤバいほどの時間がかかるようだった。
活動報告の方にも新年の挨拶を書いておりますので、よければ読んでいただければ嬉しいです。