表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
472/800

父、散財する

「……うん、もう大丈夫ですね」


 ツクリマの作成した薬を飲ませてから、おおよそ三〇分ほど。徐々に熱が下がって呼吸の安定してきたテレマの容態に薬師の男がそう言うと、ウリマ達夫婦のみならず、その場に居合わせたニックもまたホッと胸を撫で下ろす。


 ちなみに、ツクリマは未だベッドで眠っているのでこの場にはいない。


「よく頑張ったね、テレマ」


「ありがとうございます先生! 何とお礼を言っていいか!」


 穏やかな寝息を立て始めた息子の頭を愛おしげに撫でるビィと、感涙にむせびながら薬師の男の手を取るウリマ。そんな二人の姿に薬師の男もにこやかに笑いながら言葉を続ける。


「いえいえ、私は大したことはしていませんから。それよりも一体どこでこの薬を? 滅多に需要もなく保存も利きませんから、市場に出回るようなものではないはずなんですが……」


「あはははは、そこはまあ、商売上の秘密ってことで……」


 薬師の男の問いを、ウリマは笑って誤魔化す。薬師ギルドで事情を知っていた係の人に話したところ……この先生が気を利かせて知らせてくれていたらしい……「そんなバレバレの嘘をつかなくても、秘密を探ったりはしませんよ」と顔をしかめられてしまったからだ。


 真実は時に嘘よりも嘘くさい。正直は美徳だが、無理にそれを押しつけるのは正しさではなく自己満足なのだ。


 なお、事前にこういう方向で話すことを聞いていたニックはここに来る前にさりげなく「薬を作る時に魔物が集まってくるのか」を問うていたが、薬師の答えは「そんなことは聞いたこともない」ということだった。


 実際あれは丁度よく経年劣化した鍋の金属とツクリマ個人の魔力波長が奇跡的に噛み合ったことによって生じた現象であり、二度と再現されるようなことでもないのだが、それをニック達が知ることは無い……閑話休題。


「それで先生。この後はどうすれば?」


 そんな主人の心情を推し量ってか、会話の流れを変えるべくビィがそう薬師の男に問う。


「ああ、そうですね。このまま薬が効いてくれば、昼までには意識を取り戻すと思います。その後しばらくしたら頭痛や吐き気を訴えてくると思いますので、そうなったらこれを飲ませてあげてください」


「これは?」


 薄い青色の液体の入った小瓶を渡され、テレマが問う。


「薬効を弱めた魔力回復薬です。通常のものと違ってこれならばゆっくりと魔力が回復しますので、少しして気分がよくなった頃を見計らい、魔力を放出する手段を教えてあげてください。魔法を使うとかでもいいですが、やはり魔石に魔力を込めるのが一番楽ですかね。


 それができれば後は魔力が溜まりすぎないうちに定期的に魔力を発散させることで普通に暮らすことができるようになります。多くの場合は成長と共に体が丈夫になって魔力をため込んでも平気になりますし、そうでなくても熱っぽいなと思った時点で軽く魔力を抜くだけでも重症化は避けられますので、当面……できれば一〇歳くらいまでは気にかけてあげてください」


「わかりました。何から何までありがとうございました」


「では、また何かありましたらご連絡ください。お大事に」


 深々と頭を下げるウリマに見送られ、薬師の男が部屋から出て行く。ビィはそんな先生を家の戸口まで見送りに着いていったため、この場に残ったのは眠っているテレマを除けば、ニックとウリマのみ。


「ニックさんも、本当にありがとうございました。貴方のおかげで私は大事なものを全て守ることができました」


「ははは、随分と大仰だな」


 軽く笑うニックの姿に、しかしウリマは真面目な顔でまっすぐにその目を見つめている。


「いえ、大げさなんかじゃありませんよ。ニックさんがいなければ、たった一人で家を出た父が無事に帰ってくることはなかったかも知れませんし、冒険者の方はともかく、薬師の方は大金を払っても雇えたかわかりません。そうなれば薬も手に入らず……最悪の場合、私は父と息子と店をなくしていたことでしょう。


 それら全てが、ニックさんに助けてもらえました。ですのでこれが、私からのせめてもの感謝の気持ちです。どうぞお受け取り下さい」


 そう言うと、ウリマは小さな革袋をニックに差し出した。中には冒険者や薬師を雇うために用意していた銀貨が詰まっており、本来ニックに想定していた報酬の何倍にもなるが、それを惜しいとは微塵も思わない。


「わかった。では、ありがたくいただいておこう」


 そしてニックも、それを突き返すような無粋な真似はしない。重い気持ちの詰まった小袋を受け取ると、中身を確認することなく腰の鞄にしまい込み、ニヤリと笑う。


「さて、ウリマ殿。実は今、儂は急に懐が温かくなったのだ。ついてはお主の店で何か魔法道具を購入しようかと思うのだが、店はいつ頃から開いているのだ?」


「えっ!? あっ……」


 突然の申し出に、ウリマは一瞬呆気にとられる。だがすぐにその真意を理解すると、思わずその口を押さえる。


「店……店、は……」


「クール魔法道具店は、今日も平常通りに営業予定です」


「ビィ!?」


 と、そこに薬師を見送って戻ってきたビィがそう声をかける。驚いたウリマが妻に視線を向けると、ビィは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「テレマは私が見ているから平気。アナタはいい商売をしてきて」


「そう、だね。うん、そうだ……っ! ははは、お任せ下さいニックさん! お客様のどんなご要望にもお応えできるよう、ウチの店はいつでも万全の準備が整っております!」


「よくぞ言った、ウリマよ!」


 少しだけ涙混じりのウリマの声を、開いていた扉から顔を出したツクリマが大声で肯定する。その顔は生気に満ちており、少し前までぐったりと寝込んでいたとはとても思えない。


「父さん!? もう大丈夫なのかい?」


「当たり前じゃ! あの程度の疲労でこのワシがいつまでも寝込んだりするものか! というか、テレマは!? 我が孫はどうなったのじゃ!」


「ああ、勿論大丈夫だよ。父さんの作ってくれた薬が効いたんだ」


「そうかそうか! ワシが……ワシの作った薬が……よかった、本当によかったのぅ」


 フラフラと孫の側へと歩み寄ったツクリマが、その安らかな寝顔に顔をほころばせる。だが次の瞬間にはシャキンと立ち上がり、ウリマの肩を両手でバシンと叩いた。


「テレマが助かったからには、もう何の憂いも無い! であればウリマよ、わかっているな?」


「勿論さ父さん! さあ、ニックさん! 店の方に行きましょう! 今日だけ、アナタにだけ! 全品特別価格でご提供させていただきますよ!」


「何ならワシが直々に魔法道具を作ってもいいぞい! 今ならば最高にいいものができそうじゃ!」


「ふふふ、それは楽しみにさせてもらうとしよう」


 二人からの熱烈な歓迎に、ニックは笑いながら店の方へと歩いて行く。そうして幾つか魔法道具を買い込むと、これ以上ないほどの笑顔で見送ってくれる二人を背に町中へと戻っていった。


「ふぅ、久しぶりに散財したな」


『まったく貴様という奴は……まあ貴様が一晩で稼いだ金なのだから、どう使おうと自由だが』


「そういうことだ。ふむ、いい匂いがするな」


 町を歩くニックの鼻を、肉の焼けるいい匂いがくすぐる。気づけばそろそろ太陽が中天にさしかかるころであり、ニックの腹も空腹を訴えてくる。


「もう昼か。では何か軽く食っていくか」


『そう言えば、これは貴様が食事をとるために外出したのが始まりだったな。何故それだけのことでこんな大騒動に巻き込まれるのだ……』


「儂に言われてもなぁ」


 オーゼンのこぼす愚痴に、ニックは苦笑を返すしかない。オーゼンの言う「厄介ごとを呼び込む力」とやらも、段々と否定が難しくなってきている。


「だがまあ、よいではないか。何事もなく町を通り過ぎるだけではせっかくの旅が味気なくなってしまうし、そうして誰かと関わることで救えるものがあるのであれば、この程度の苦労はどうということもない」


『そういう考え方をする貴様だからこそ、厄介事の方からやってくるのかも知れんがな』


「言っておれ」


 腰の鞄をポスンと叩いてから、ニックは匂いに釣られるままに町の雑踏へと紛れていく。その軽い足取りの先には今日も楽しげな喧噪が溢れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ