表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
470/800

造魔術師、未来をつくる

「フッ!」


「ブフォッ!?」


 ニックの拳が残像を生み、同時に巨大な猪の魔物が吹き飛んでいく。それに巻き込まれた数匹のゴブリンが一塊になって森の中を転がっていくが、そんな惨状を目にしてなお無数の魔物が恐れることなくニックの……正確にはツクリマの方へと向かっていく。


「本当にきりがないな」


『少し調べてみたが、やはり原因はあの鍋のような魔法道具だな。発動する度に広範囲に魔力が拡散している。貴様にわかりやすく言うなら、「ここに美味い餌があるぞ!」と大声で叫ぶ感じか。


 しかも妙な干渉でも起こしているのか、それを感じた魔物の本能を強く刺激し、軽くとはいえ理性を失わせる効果が出ているとみた』


「なるほど、それは集まるわけだ……しかしそんな注意は聞いておらんぞ? 儂だからいいが、普通だったら大変なのではないか?」


『そこまでは我にもわからん。全て終わった後にでも聞いてみればいいのではないか?』


「だな」


 無数の魔物を屠りつつ、ニックはオーゼンと気楽に会話を交わす。いくら数が多いとはいえ、所詮は鉄級冒険者のパーティがやってくるような場所。そこに巣くう魔物など万を超えようがニックの敵ではない。


 だが、薬の調合に集中しているツクリマにはそんなことはわからない。少しでも早く薬を作り終えられるように視線を逸らすことなく集中し続けているその耳に飛び込んでくるのは、ニックがとんでもない数の魔物と戦い、自分を守ってくれているという事実だけだ。


(どうやらワシが思っていたより、ニック殿はずっと強かったようじゃ。じゃがこんな戦いをいつまでも続けられるはずがない。一刻も早く作業を完成せねば……)


 目が霞み手が震えるのは、決して自分が老人だからではない。それを自覚しつつも、ツクリマは三本目の魔力回復薬を一息に呷り、再び鍋に魔力を注いでいく。


「ぐぅぅぅぅ…………っ! ぐはっ! ハァ、ハァ、ハァ……」


 だが工程の七割程度まで進んだところで魔力が底をつき、ツクリマは荒い息を吐きながらその場に手を突いて倒れ込みそうになる体を支える。そのまま魔力回復薬を口にするが、体に魔力が戻ってくる気配がない。


(これももう効かんか……)


 回復薬というのは、あくまでも本人の持つ自己回復力を爆発的に高めるものだ。なので連続で使用するとその効果は加速度的に下がっていき、最終的には効果が無くなってしまう。


 ならばこそ、短時間に四本もの魔力回復薬を口にしたツクリマにはもう魔力が戻らない。前借りできる限界分まで魔力を使い果たした代償として、以後数日にわたって酷い頭痛や倦怠感に見舞われるのはもはや確定である。


(じゃが、まだ作業は残っておる。となると後は……)


 気怠い体を気力で動かし、ツクリマは持ってきた鞄の中をゴソゴソと探す。そうして取り出したのは、一見すると魔石のような青色(・・)の石。


「よし、やるぞ……グギギギギギギギギ」


 人の体に魔力を取り出すことのできる、奇跡の魔石。そこに込めておいた魔力をツクリマは握った手から取り込んでいく。だが魔石の放つ魔力波長はツクリマのそれと完全には一致せず、魔石を握った手から魔力と共に稲妻を撃ち込まれたかのような衝撃がツクリマの体を這い上がってくる。


「ぐはっ!? カハッ! あ、相変わらずきくのぅ」


 目の前をチカチカとさせながら、ツクリマはあえて冗談めかした口調で言う。そうでもしなければ心が折れてしまいそうなほどに、その激痛は耐えがたい。


 当たり前だ。この魔石はまだまだ研究途中であり、本来なら指先からほんの僅かな魔力のやりとりをするのが精々なのだ。


 だが、今はそんなことは言っていられない。自前の魔力が数日先の分まで枯渇してしまった以上、どれだけ危険で不完全であろうとも、これを使わねば孫を救う薬を作ることはできない。


「……ワシは今まで、自分のためにばかり物を作ってきた。店に卸した商品も、ワシが使うために作ったものにちょいと手を入れた程度のものでしかない。夢のため……自分のためにしかワシは物を作ったことがない。じゃが……ぐぅぅぅぅ!」


 足りなくなった魔力を奇跡の魔石から補給しつつ、ツクリマは鍋を回し続ける。魔石を持つ右手が痛みで痙攣していたが、それでも魔石は離さない。


「今初めて、ワシは誰かのために物を作っておる。この歳になって初めてとは何とも面はゆい思いじゃが……ふふ、悪くないのぅ。ぐっ!」


 だが、そんな奇跡の魔石に注いでいた魔力も、そろそろ底をついてきている。チラリと視線を横に向ければ、魔石はほとんど真っ白になってしまっていた。


 これ以上の魔力を取り出せば、きっと魔石は壊れてしまう。それは長年の研究成果が無に帰すということであり、同時に自分の夢が本当に絶たれるということ。そんな考えがツクリマの頭をよぎり……


「……フッ。ぐぎゃっ!?」


 小さく笑って、ツクリマは最後の魔力を魔石から取り出した。それと同時に手の中の魔石は音も無く砕け砂のように手の中からこぼれていくが、その代わりに体に宿った魔力は、孫を救うためのかけがえのない力となる。


「ワシの夢は、今ここで本当に終わった! だが後悔などするものか! この日この時のためにこそ、ワシはこいつを作ったんじゃ! 古き夢が消えたとて、新たな夢はここにある!


 さあ見ておれ! 今こそワシは、ダマーリン様に劣らぬ偉業を成し遂げてみせる! ワシがこの手で、孫の未来を創るんじゃぁぁぁぁ!!!」


 魂を震わせる声と共に、ツクリマの手から最後の魔力が迸る。それは鍋の魔導具を高速で回転させ……そして遂に、薬を作るのに必要な吸魔草の汁が集め終わった。


「よし……よし! あとはこれをこっちの粉と混ぜて、移し替えれば……完成じゃあ!」


 賢者の称号より誇らしく、ツクリマがその手を掲げた。手にした小瓶は白み始めた空から溢れる光を受けてキラキラと輝いている。


「おお、完成しましたか!」


 と、そこでツクリマの声を聞き、ニックが無造作に振り返った。その隙を突こうとファングボアが突っ込んできたが、一瞥すらすることなくその鼻先は裏拳に殴られ吹き飛んでいく。


「ああ、できた。できたぞ! だから、頼む。ニック殿、どうかこれで孫を助けてやってくれ……」


「何を? せっかくご自身でお作りになったのですから、ツクリマ殿が直接テレマに渡す方がよいのでは?」


「ははは、ワシはもう駄目じゃよ。力を使い果たして、ここから一歩も動けん。これほどの魔物の群れを抜ける体力など何処にも残っておらんのじゃ。


 じゃが、オヌシなら……ニック殿ならワシを捨て置けばきっと……頼む……孫を……テレマを……」


「おっと」


 精も根も使い果たしたとばかりに、ツクリマの体がフラリと倒れる。その体と手からこぼれ落ちそうになった薬の瓶をそれぞれニックが支えると、両手が塞がったとばかりに未だ狂乱の残り香に酔わされているゴブリンが背後からニックに殴りかかってきたが……


「下がれ。儂は今忙しいのだ」


「ガ……ギャ……ギャゥゥゥゥ!!!」


 低く重いニックの声に、一瞬にして我に返ったゴブリンがその場で尻餅をつき、抜けた腰をそのままに爪が剥がれるほどの勢いで地面をひっかきながら必死に逃げていく。その気迫は物理的な力すら伴うかのようにザワリと森を駆け抜けていき、それを感じ取った魔物達もまた一目散に反転、逃走していった。


 そうして邪魔者が消えたところでニックは薬を魔法の鞄(ストレージバッグ)にいれ、ツクリマの体をそっとその場に横たわらせて容体を調べていく。


「ふむ、とりあえず命に別状があったりはせんようだな。かなり疲労が濃いが、回復薬でこうなったのであれば儂の手持ちを追加で使うわけにもいかん。となればさっさと連れ帰って安静にさせておくのがよいか」


 そう言うと、ニックは一旦高く跳んで町の方向を確認してから、ツクリマの体を来た時と同じように抱きかかえる。


「さあ、帰りましょうぞ。孫のために知恵と力を振り絞った、偉大な賢者ツクリマ殿」


 ツクリマの体に負荷がかからないよう、来た時よりもずっとゆっくりと走るニック。なお、死体を抱えていると勘違いされてマジス・ゴイジャンの門番にまたも逮捕されそうになるのは、それから二時間後の事である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ