父、考える
「もーっ! 何やってるんですか貴方達! こんなに心配かけてーっ!」
「す、すみません! でも仕方なかったって言うか……」
「言い訳は聞きません! いいですか、確かに貴方達は今期では一番見込みのある新人パーティではありますけど――」
『なあニックよ。あの怒られ方は少々理不尽ではないか?』
ヘトヘトに疲れ果てていたソーマ達を連れ、冒険者ギルドに戻ってきたニック。そこで新人達の顔を見て大声で叱りつける受付嬢の対応に対し、オーゼンが疑問を投げかける。
(ハッハッハ。そう言うな。あれは心配で仕方が無かったという一種の愛情表現であろう。それがわかっているからこそソーマ達も黙って聞いているのだしな)
『ふむ、そんなものか……まあ確かに悪い感情は伝わってこないな』
ニックの答えに、オーゼンが納得の言葉を返す。実際受付嬢は僅かに瞳を潤ませており、ソーマ達にしても「なりたての新人でしかない自分達をこれほど心配してくれるのか」と困り顔のなかにどことなく喜びを隠している。
「まーまー、そんなに言わないでよ受付嬢ちゃん。今回はほら、この期待の銀級冒険者であるカマッセさんがきっちり助けてきたんだしさ!」
「ふぅ。そうですね。ありがとうございましたカマッセさん。あ、あとニックさんも!」
「ああ、なに。気にするな」
軽く手を振って応えるニックに、カマッセもまた笑顔を向ける。
「おう、マジで助かったぜオッサン! もし何かあったら、気軽に頼ってくれよな! この俺、期待の銀級冒険者であるカマッセさんが力になるぜ!」
「はっは。わかった。その時は頼りにさせてもらおう」
笑顔で親指を立てるカマッセに笑って答えると、ニックはそのまま冒険者ギルドを後にする。その背後ではソーマ達が深々と頭を下げていたが、振り返るような無粋なことをニックはしない。
「ハァ。やっぱかっけーなオッチャン。俺も背中で語る男になりたいぜ」
「ベアルは……まずは背を伸ばすのが先じゃない?」
「うっせーな! 身長は仕方ねーだろ!」
じゃれるベアルとカリンを余所に、シュルクだけは去って行ったニックの背をキッと睨み続ける。あれほどの目に遭い、明らかな実力の差を再度思い知ってなお、それでもシュルクにとってニックは超えるべき壁で在り続けたのだ。
「くそっ、いつか必ず僕の魔法を認めさせてやる! そのためにも、これからよろしくお願いします、カマッセさん!」
「お、おぅ? まあ、そうだな。俺がみっちり鍛えてやるぜ!」
シュルクにキラキラした目で見つめられ、若干引きつった笑みを浮かべるカマッセに受付嬢は思わず苦笑いを浮かべる。
何故剣士のカマッセに魔術師であるシュルクがこんなに懐いているのかはわからないが、銀級冒険者の経験からくる冒険者としての心得を教わることは、彼ら新人にとって何より得がたい宝であるとわかっているからだ。
「フフッ。まあ頑張ってください。期待してますね、カマッセさん?」
「え、マジで!? 俺に期待……はっ、ははは! そうとも、俺は期待の銀級冒険者カマッセだ! 何もかも俺に任せとけ! ハッハッハッハッハ!」
冒険者ギルドの中に、特に根拠の無いトゲトゲ鎧の銀級冒険者の自信に満ちた笑い声が響き渡った。
『なあニックよ、本当にあれで良かったのか?』
一方こちらはギルドの外。宿へと帰る道すがらでオーゼンがニックに話しかける。
「あれでとは?」
『あの対応だ。あれではカマッセという男が功績のほとんどを持って行ってしまったのではないか?』
「ああ、それか。馬鹿を言うな。実質儂が巻き込んだようなものなのだから、儂が助けるのは当然だ。それは恥ずべきことではあっても誇るようなことではない。
それに、帰りの道すがら聞いた話ではカマッセがいなければソーマ達は間違いなく死んでいた。最後の最後で駆けつけただけの儂と違って、何の関係も無いのにきちんと子供達を守ってくれたカマッセが功績を得るのは当然ではないか」
『ふっふっ。そうか。まあ貴様なら本当にそう思っているのであろうな』
おかしそうに笑うオーゼンに、ニックも道を歩きつつ唇の端を少しあげる。そのまま道々の屋台で少し遅めの昼食を済ませると、宿へと戻って柔らかなベッドの上にドスンとその腰を落とした。
『それで、何故今日は追加の依頼を受けずに戻ってきたのだ? いつもの貴様ならこの時間でももう一件くらいは受けるであろう?』
部屋に落ち着いたニックに、オーゼンは疑問を投げかける。ソーマ達を探しに町を出たのが朝で、冒険者ギルドに戻ってきたのが昼をやや過ぎた辺り。いつものニックであればここでもう一件か二件丁度いい依頼を受けて、夕方に宿に帰るのが常であった。
「ん? そんなの決まっているではないか! お主の新しい能力を考えるためだ! ふふふ、どんな能力が良いだろうか……?」
子供のようにはしゃぐニックに、オーゼンはやや申し訳ない気持ちになる。だがその理由を口にするより早く、ニックがオーゼンに話しかけてきた。
「なあオーゼンよ。今までお主を所有した者達は、どのような能力を得ていたのだ?」
『そうだな……やはり多いのは探知系であろうか? 百練の迷宮のなかには入り口の場所が絶えず移動しているものなどもある。いわゆる「たどり着くことそのもの」が試練という迷宮だな。
そう言う場所を見つけるためや、単純に危険な罠などを確実に排除するために「知りたいものの場所を知る」という能力を付与する者は多かったな』
「おお、それは確かに便利そうだな。他にはどうだ?」
『ふむ。利便性が高いというなら、任意の場所に転移陣を展開し記録した場所にいつでも跳べるという能力があったな』
「なんと! それは凄いな。であれば次はそれで……」
『あー、待て待て。期待しているところ悪いのだが、貴様にそれは無理だ』
「何故だ?」
せっかく盛り上がった気分を真っ向から否定され、ニックはおあずけを食らった犬のような顔になる。
『既に何度も言ったと思うが、我は魔導具だ。そして魔導具というのは使うために魔力を必要とする。だが貴様の場合……』
「ぬぅ、それは……いやしかし、今こうして儂と話したりしているであろう? それにほれ、あの股間の獅子頭だって――」
『やめよ、それ以上言うでない! 確かに我には大気中から魔力を吸収する能力があらかじめ与えられており、王選のメダリオンとしての必要最低限の機能はそれでまかなえるようになっておる。形状を変えるのもその一環だな。
だが、新たに追加する魔導具の機能は別だ。獅子頭は魔導具としての機能を何一つ有しておらぬから関係なかったが、転移陣などというものを使おうとすれば莫大な魔力が必要になる。貴様ならば……そうだな。一年魔力を蓄積したとして、跳べるのはこの部屋の端から端くらいまでであろう』
「それは……大分ショボいな」
部屋の端までとなると、五メートルをやや下回る程度だ。それでも日に一度使えるのであれば十分に有用だが、年に一度となるとニックには温存したまま死蔵する未来しか見えなかった。
『そもそもひとかたならぬ魔力を持たねば最初の試練を超えて我を所有することはできなかった故、魔力の無い者が我を運用することは想定されておらぬのだ。すまぬな……ニック?』
申し訳ない気持ちで言葉を紡ぐオーゼンだったが、不意にニックの顔がニヤリと歪む。その表情にオーゼンは存在しない背中がゾクッと震えるのを感じた。
『な、何だ? 何を思いついた? 我、もの凄く嫌な予感がするのだが……』
「なーに、気にするな。ではとりあえず保留と言うことで構わんか?」
『それは勿論問題無いが……何を思いついたのだ? なあ、ニック?』
猫なで声を出すオーゼンに、しかしニックは取り合わずベッドから立ち上がる。
「秘密だ! さーて、では時間も空いたことだし、久しぶりに町をぶらついてみるか!」
『待て、待つのだ。凄く気になるぞ!? 教えろ! 教えるのだ貴様!』
「まぁまぁ、ひとつくらい秘密があった方が未来が楽しめるであろう? では行くぞオーゼン!」
『教えて! 教えてくださいニック殿!? のぉぉ、教えるのだぁぁぁぁぁ!』
自分にしか聞こえぬオーゼンの絶叫を華麗に受け流し、ニックは上機嫌で町へと繰り出していった。





