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父、目的地に着く

「……その後はどうされたのですか?」


「ん? どうもせんよ。限界は見えてしもうたが、じゃからといってすぐに冒険者をやめるというものでもあるまい? 『未来の塔』に通う間に婆さんと出会って結婚を考えておったから、まさか無職になるわけにもいかんしのぅ」


 ニックの問いに、ツクリマがカラカラと笑いながら言う。それを空元気と感じなかったのは長い年月の成せる技か。


「ということは、冒険者として大成を諦めても家には帰らなかったと?」


「ははは、つまらん意地じゃよ。ダマーリン様のような偉大な魔術師になると大口を叩いて、半ば家出のような形で飛びだしたからのぅ。その夢に届かないと挫折した姿を見せるのが怖かったんじゃ。


 じゃからワシは、小さな家を借りて婆さんと二人でそこで暮らしておった。結婚し子供が産まれ……ようやくワシが実家に顔を出したのは、体力的な限界から冒険者としての引退を決意した時じゃった。オヌシよりももうちょっと若いくらいの年頃かのぅ」


 振り返ったツクリマが、ニックの姿を見て目を細める。当時の自分と同じ鉄級でありながら明らかに力の漲っているニックの姿が、老いた目にはとても眩しかった。


「これは後で聞いた話じゃが、ワシが気づかなかっただけで婆さんはちゃんと父や母に結婚の挨拶をしていたし、ワシが冒険に出ている間にちょこちょこウリマを連れていってくれていたようじゃがな。


 とは言え、やはりワシがきちんと両親と話さねば表だって家を訪ねることもできん。散々説得されて、ワシは遂に意を決して実家に帰った。そこで見た光景は、今でも忘れられんわい」


 天を仰いで目をギュッと閉じ、ツクリマが顔をしかめる。


「久しぶり……それこそ何十年ぶりに見る両親の姿は、一瞬誰かもわからんほどにヨボヨボに老け込んでおったんじゃ。力強かった父の手は骨と皮ばかりが目立ち、まん丸じゃった母の顔は細く皺だらけになっておった。


 それを目にした瞬間、ワシの頭は真っ白になった。つまらない意地なんぞ一瞬で吹き飛んで、ワシは何も考えずに両親に駆け寄り、その場で跪いた。訳もわからずただ胸から溢れた謝罪の言葉を繰り返すワシに、父はそっぽを向きながら『生きて戻ったんなら上等だ』と、母は笑いながら『おかえりなさい。今夜はアナタの大好きなボアシチューよ』と言ってくれてのぅ。


 そこからはまあ、取り立ててどうということもない。無事に両親と和解したワシは家に戻り、冒険の代わりに自分用に作っていた魔法道具を改良して父の伝手で売ることで糧を得て、父はウリマに錬金術を教えたりしておったな。もっともウリマも大した魔力が無いうえに錬金術の才能もなかったようでな。そのうち商売に興味を持つようになって知り合いの店を手伝うようになった。


 その後は母が亡くなり父が亡くなり、商売に目覚めたウリマが家を改築して自分の店を作って……商売が楽しいと言ってなかなか結婚しない息子にやきもきしていた婆さんが亡くなってしばらくすると、店で雇っていた若いお嬢さんにあっという間に籠絡されて、今は孫まで産まれた。


 ああ、こうして思い返してみると、なかなかに忙しい人生じゃったのかのぅ」


「ですな。実に聞き応えのある話でしたぞ」


 長い長い自分語りを終えて一息つくツクリマに、ニックが静かに頷いてみせる。その目に宿るのは自分の人生を精一杯生き抜いてきた先達に対する敬意だ。


「すまんのぅ。歳を取ると話が長くなっていかん。まだ目的地までは大分あるし、森が深くなればその分魔物も強くなる。そろそろ気を引き締めていかんとのぅ」


「わかりました。疲れたら言ってくだされ。また抱きかかえますぞ?」


「ぬぉっ!? な、なんじゃろう。今のワシはかつて無いほどに絶好調じゃから、きっと目的地に着くまで疲れたりはせんと思うぞ?」


「そうですか? まあ、その時は遠慮無く」


「わ、わかった。一応覚えておくぞぃ」


 ニックの言葉に、微妙に引きつった笑みを浮かべたツクリマが答える。とはいえ老体で夜の森を何時間も歩き続けることなどできるはずもなく、また苦しんでいる孫のことを思えば一人で冒険者をやっていたときのように頻繁に休む気にもなれなかったため、結局は幾度かニックに抱えられることになったのだが……それでも無事に二人は吸魔草の群生地へと辿り着くことができた。


「着いたぞ。ここが吸魔草の群生地じゃ。というか、そこに生えておるのが吸魔草じゃよ」


「ほほぅ。これが?」


 言われた所にニックが視線を向けると、確かにその一帯だけ木が生えておらず、代わりに同じ形をした草がまとまって生えている。だが薬草すら見分けられないニックの目には、なんとなく変わった形の草かな? という風にしか映らない。


「おっと、触ってはいかんぞ。人の手で触れてしまうとそれだけで魔力を吸収してしまうからのぅ」


「ああ、そんな話しでしたな。しかしそれだと、魔物や獣が触れても駄目なのでは?」


「獣に関しては、このツンとする匂いが苦手でほとんどの種が近づかないようじゃのぅ。そして魔物に関しては、触れても魔力を吸収することはないらしい。何故そうなのかは不明じゃが……今はどうでもよかろう。では準備するから、オヌシは周囲を警戒していてくれ」


「うむ、任せてくだされ」


 少しでも魔力が影響しないよう魔法の明かりを消したツクリマが、持ってきた松明を何本か周囲に固定して光源を確保してから、あらゆる魔力を弾く特別な付与のなされた魔銀(ミスリル)製の手袋……魔銀(ミスリル)なのは親指と人差し指の先だけだが……と、こちらは総魔銀(ミスリル)のハサミを取り出し、準備を整える。


「では、ゆくぞ……」


 左手にはめた手袋の先でそっと吸魔草を掴み、右手のハサミでその茎を根の近くから切り取る。パチンという小気味よい音を立ててハサミが閉じれば、その指先には無事に「魔力を吸っていない」吸魔草を摘まみ上げることができた。


「よしよし、まずはこれで大丈夫じゃな。後は数を揃えて……っと」


 細かい作業に慣れているだけあって、ツクリマは次々と吸魔草を採取していく。そうしてすぐに必要数は集まったが、問題はここからだ。


「次はこの鍋に入れて……むんっ!」


 鍋の中に小さな鍋が入っているとでも言うような、不思議な形の鍋の内鍋に採ったばかりの吸魔草を入れると、それに蓋をしてから外側の鍋にツクリマが魔力を込める。すると外側の魔力に引かれるように内鍋に入った吸魔草が動き始め、同時に内鍋がグルグルと高速で回り始める。


「ぐぅぅ、これはキツいのぅ……」


 額から脂汗を流しながら、それでも全力で魔力を流し込むことで何とか一度目の作業は完了し、内鍋の中には絞り出された吸魔草の汁と絞りかすが残される。丁寧に絞りかすを取り除いてから中の汁だけを別の瓶に移し替えることでこの工程は一旦終了ではあるが、必要量の汁を確保するためにはまだ幾度も同じ作業を繰り返さなければならない。


 それは魔力総量の少ないツクリマにはかなりの激務であり、早速一本目の魔力回復薬を口にしたところで次の問題が襲いかかってくる。


「グォォォォォォォォ!!!」


「むっ!? これは……!?」


 突如として森の奥から響く、けたたましい鳴き声。ニックの鋭敏な感覚が、突然辺り一帯の魔物が全てこちらに向かって走ってくるのを捕らえた。


『その老人の作業する魔力に反応でもしたのか? それにしてはやけに範囲が広いが……もしくはあの魔法道具に何かあるのか?』


「わからんが、まあ問題あるまい」


 ついさっきまでニックの威嚇ですくみ上がっていたような魔物まで、一斉にここを目指して走ってくる。数えるのも馬鹿らしいほどの魔物の群れが襲ってくることを感覚で理解しながら、それでもニックはニヤリと笑う。


「グギャ――」


「ふんっ!」


「――?」


 叫び声を上げきることすらできず、森から顔を出したゴブリンの頭がニックの拳で吹き飛ばされる。その後も次々と魔物が姿を現すが、ツクリマの側どころか吸魔草の生えている場所にすら一歩たりとも踏み入ることは叶わない。


「大人しくしているというのなら見逃したが、攻めてくるというのであれば容赦せん! 儂が守るこの死線、越えられるものなら越えてみよ!」


 ひたすらに己の作業に集中するツクリマを背に、ニックは拳を握って吼えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] しあわせの青い鳥はいつもそばに・・・とはいえ冒険したからこそわかることも。 素晴らしい冒険譚でした。 [一言] おそらくその防衛線を超えるくらいなら近くの街を襲った方がまだ可能性があるよう…
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