造魔術師、思い返す
「着きましたぞ、ツクリマ殿」
「ハァ。そうか、着いたのか……着いた?」
小一時間ほど疾走し、森の入り口へと辿り着いたニックが足を止めて声をかけると、あまりの出来事に夢と現実の狭間をぼんやりと漂っていたツクリマが顔をあげる。
「着いた? 着いたとはどういう……ああ、休憩するということじゃな。確かにあんな速さで走っていてはすぐに疲れてしまうからのぅ」
「ははは、休憩ではありませんぞ。この森が目的地で間違いないですかな?」
「森……? ひょぇぇぇぇ!?」
ニックの腕の中から地面に降ろされ、ようやく人心地ついたツクリマが背後を振り返ると、そこには夜の闇よりなお暗い森が間違いなく存在している。
「も、森!? 森じゃ! な、何故に!?」
「何故にと言われても、お孫さんのために急いで来たのですが……」
「そ、そうか。そうじゃな。確かに孫の為には早く着いた方がええんじゃが……まあええか。うむ」
ツクリマの知る常識の中では、徒歩で一日かかる距離を半鐘(一時間)にすら満たない時間で駆け抜ける人間など存在しない。が、確かにテレマの事を考えれば一秒でも早く薬を持って帰ることの方が大切なので、とりあえずツクリマはそれ以上考えるのをやめた。
「では、ここから先は先導をお願いしますぞ。近寄ってくる魔物がいれば、儂の方で対処致しますので」
そう言うと、ニックは一歩後ろに下がる。森という大きな目的地ならともかく、吸魔草の群生地はニックにはわからないからだ。そしてそんなニックに、ツクリマはえへんと胸を張って言う。
「む? ワシが先を歩くのはいいとして、そこまで気を遣ってくれんでも大丈夫じゃぞ? ワシはこれでも冒険者だったんじゃからな! 今でも十分に戦えるのじゃ!」
「それは頼もしいですな。ですがまあ、護衛は儂が引き受けた仕事ですので、ご了承いただきたい」
「……まあ、そうじゃの。確かに先達たるワシがオヌシの仕事を奪ってはいかんの。では行くか。光るもの、瞬くもの、輝き きらめき 闇を払え! 『ライト』!」
ツクリマが呪文を唱えると、その頭上に光の球が浮き上がる。そのまま先を歩いて行くツクリマを追いかけつつ、ニックもこっそり同じ呪文を唱えてみるが……
「……むぅ」
「ん? どうしたんじゃ?」
「ああ、いや。何でもないですぞ」
やっぱり魔法は発動せず、ニックは若干不満げな顔をしつつ魔法の鞄から取り出したランタンに光を灯す。二人分の明かりは周囲を過不足なく照らしだし、夜であっても森を歩くことに不都合はない。
とは言え、今が夜であることに変わりはない。明かりをつけているだけでも目立つというのに更に不用意に騒いだりすれば余計に魔物を引き寄せるのは目に見えているため、二人とも無言で歩き続けるが……幸か不幸か魔物に出会うことなく歩き続けること一時間。
「……妙じゃな。いくら何でもこんなに魔物に出くわさぬことなどあるのか?」
「さあ? まあそういうこともあるのではないですかな? 夜であれば魔物とて寝るでしょうし」
「それはそうじゃが、夜行性の魔物もそれなりにいるはずなんじゃが……はて、ワシの時代とは森の様子も変わってしまったのかのぅ?」
魔物と遭遇しないことに、ツクリマが不思議そうに首を傾げる。実際にはニックが威嚇しているために魔物がよってこないだけなのだが、流石に現役を退いて久しいツクリマにその気配を感じ取ることはできなかった。
そうしてあまりにも静かな時間が続いたため、手持ち無沙汰となったツクリマがポツポツと自分の事を話し始める。
「懐かしいのぅ。最後にこんな風に森を歩いたのは、何十年前のことだったか……」
「ツクリマ殿は、ダマーリン殿に憧れて冒険者に……というか、魔術師になったのでしたか?」
「そうじゃよ。ウチは代々錬金術師の家系でな。ワシも幼い頃は父に言われて錬金術をやっていたんじゃが、確か……六歳くらいの頃じゃったかな? ちょうど町で祭りをやっておって、そこで三賢者様の活躍を再現した演劇をやっていたんじゃが、そこでダマーリン様の勇姿に惚れ込んでしまってのぅ。ワシもあんな偉大な魔術師になりたい……最初はそんな無邪気な憧れじゃった」
しっかりと前を見ているはずなのに、ツクリマの視線が何処か遠くなる。そうして浮かんでくるのは、幼い自分のたわいもない夢。
「最初のうちは、父も笑っていたんじゃよ。じゃがワシが本気だと知ると大喧嘩になってのぅ。ワシは一五で冒険者の資格を取ると、そのまま家を出て一人暮らしを始めたんじゃ。
まあ家を出たといっても、この町の中で安宿を借りてそこで暮らしていたというだけじゃけどな」
そう言ってツクリマが苦笑する。自分もまた親となり、孫までできた今だからこそわかるようになったこともある。
「今にして思えば、だからこそ両親共にそこまで真剣には止めなかったのかも知れん。自分達の目の届くところにワシがいて、そのうえで冒険者の現実を知ればそのうち家に戻ると思っていたのじゃろうなぁ。
じゃが、ワシは諦めなかった。気の合う仲間を見つけ、ワシも含めて四人でパーティを組んで冒険者家業に勤しんだんじゃ」
「それは楽しそうですな」
「勿論じゃ! あの頃は毎日が楽しかった。ワシは魔力制御には自信があっての。幾つもの魔法を器用に使いこなす様は、まさに賢者の再来じゃなどと言われたこともあったくらいじゃ。
全員の足並みを揃えるために二年かけて鉄級に昇級し、その後もワシ等は順調に仕事をこなしていったのじゃが……」
ふと、楽しげだったツクリマの表情が曇る。上を向いていた視線が足下に落ち込んだのは、決して木の根を確認したからだけではないだろう。
「昼間にも話したが、ワシは魔力の保有量が少なくてのぅ。仲間達がどんどん強くなっていくなか、一向に成長しないワシのそれは致命的じゃった。相対する敵が強くなるにつれてワシの魔法は決定力がなくなっていき、無理をして強い魔法を使えばすぐに魔力切れで休憩を必要としてしまう。
鉄級に昇格して三年。ワシは遂に、仲間達から『パーティから抜けてくれ』と言われてしまったんじゃ」
「……………………」
ツクリマの言葉に、ニックはただ無言で答える。自分も娘達の勇者パーティから追い出された口ではあるが、それは「強すぎるから」という理由だ。もし自分が娘から「役立たず」と言われて追い出されたなら……それを想像するだけでもニックの胸が締め付けられるように痛む。
「別に仲違いをしたわけじゃないんじゃ。アイツ等の言うことはもっともじゃったし、無理をして着いていったりしたら、それこそワシや仲間達が死んだり大怪我をしたりする未来が、ワシ自身にすら見えておったからのぅ。
じゃが、ワシはダマーリン様のような魔術師になることを諦められなかった。『英知の塔』に通って知識を蓄え、父に教わった錬金術を下地に自分の足りない力を強化できる魔法道具の開発に没頭したのじゃ。
やはりワシにはそっちの才能の方があったのか、その試みは割と上手くいってのぅ。自分用に作った魔法道具は十分な威力を発揮できたし、仲間を気にすることなく自分のペースで休憩を取れたりすることもあって、皮肉なことに一人になってからの方がより難しい依頼をこなしたりできるようになったんじゃ」
ゆっくりと森を歩きながら、ツクリマが話を続ける。成功体験の話のはずなのに、その声は今一つ沈んでいる。
「じゃがなぁ。もう少しで銀級に昇格できるというところで、改めて限界が来た。ワシはそれまで自分が使う魔法道具の魔力は、全て自分でまかなうと決めておった。それなら一応自分の力の延長と言えると……まあ意地を張っておったんじゃな。
じゃが、それでは銀級に届かない。自分の魔力のみを使うことを諦めるか否かの判断を迫られ……ワシは決断したのじゃ。ああ、ここが自分の限界なのだ、とな」
それは老人の語る夢の話。幼い日の夢が破れた瞬間の想いを、ツクリマは噛みしめるように口にした。