道具屋店主、取り乱す
「大丈夫ですぞ。すぐにウリマ殿が薬師を連れてきてくださる。さすればテレマもすぐに良くなりますとも」
「そうかのぅ。そうじゃとええのぅ。ああ、ウリマよ……」
体を丸め小さくなってしまったツクリマの背を優しく撫でつつ、ニックはそうやって励まし続ける。だがそれと同時に、ニックの手がそっと腰の鞄に伸びて軽く叩く。
『言いたいことはわかるが、病気の治療は正直難しいぞ。如何に「王能百式」と言えど、あらゆる病を無条件で治すなどという破格の能力は得られん。原因や治療法が明確にわかっているならまだしも、現段階では答えようがない』
「ふーむ……塔の奇跡の力があれば、病を治すこともできるのであろうか?」
「塔? 確かに『試練の塔』を登り切れば……っ!? そうじゃのう、いざという時はそのくらいの覚悟も必要なのか……」
『無理だな。あの塔はあくまで「百練の迷宮」を作るための施設だ。医療関係の設備は登録されておらんだろうから、塔の力で病を特定したり治療したりは無理だ。
もしどうしてもというのであれば、「試練の塔」を三〇階層ほど減らせば三賢者のように現在の人格を移植することはできるが、そんなものは貴様の望む解決ではないのだろう?』
「む……」
オーゼンの言葉に、ニックが声を詰まらせる。自分の意思でそうなった三賢者達はともかく、こんな小さな子供を幻影体として塔に縛り付けるなど、どう考えても幸せな結末には思えなかった。
『とは言え、これはあくまでも最悪を想定した場合の対処だ。そもそも子供が熱を出すのはそこまで珍しいことでもなかろう? 部外者である貴様が冷静さを失っては付き添う意味がないぞ?』
「……そうだな」
オーゼンに諭され、気づかぬうちに自分も焦っていたのかと反省するニック。そのまましばらく待つと、ほどなくしてウリマが薬師の男を連れて家へと戻ってきた。
「こっちです先生! さあ、早く!」
「はいはい。大丈夫ですから少し落ち着いてください」
必死に急かすウリマをそのままに、薬師の男は落ち着いた様子で家に入り、テレマの部屋へと通される。ニックとツクリマもその後を追って部屋に入り、薬師の男の診断を見守っていたのだが……
「これは……っ!?」
「な、なんじゃ!? 一体どうしたんじゃ!?」
色の変わる不思議な紙を咥えさせたり、ほんの僅かに血を採って調べたりしたところで、薬師の男が驚きの声をあげる。それに反応したツクリマが食ってかかるように詰め寄ると、薬師の男は厳しい顔で言葉を続けていく。
「落ち着いて聞いて下さい。お宅の息子さん……テレマ君ですか? この子はどうやら魔擦熱に罹っているようです」
「まさつねつ……ですか?」
聞き覚えのない病名に、ウリマが首を傾げて薬師の男に問う。
「そうです。体内に過剰に魔力が籠もることで引き起こされる病気ですね」
「それは普通の魔力過多症とは違うのですか?」
「違います。一般的な魔力過多症は、極端に魔力濃度の高いところに長期間滞在したり、あるいは魔力回復薬を飲みすぎたりすることで一時的に体内の魔力が許容量を超えることで発症する症状です。なので頭痛やめまい、吐き気などに襲われますが時間と共に余剰魔力が排出され、そのまま収まります。
対して魔擦熱は本人の持つ魔力そのものが大きくなりすぎて、体がその負荷に耐えられなくなった場合に発症する病です。本人が持っている魔力が多すぎるのが原因なので自然回復はせず、それどころか放っておくとドンドン悪化し、最悪死に至ることもあります」
「そんな!?」
薬師の言葉に、その場にいた全員が衝撃を受ける。ビィは熱に苦しむ息子の額にそっと手を当て辛そうな表情をし、ツクリマはその場で膝をついて震えている。
「どうすれば!? どうすれば息子は助かるんですか!?」
唯一ウリマだけは、激しく肩を怒らせて薬師の男に掴みかかってしまう。だがそんな乱暴な行動にも動じることなく、薬師の男は難しい顔で口を開いた。
「もう少し大きなお子さんであれば、大したことはなかったのです。要は体内から魔力を抜いてあげればいいだけなので、それこそ魔石に魔力を込めるだけでもすぐに体調は回復しますから。
ただ、この年齢のお子さんですと……」
「うっ、それは…………」
魔石に魔力を込めること自体は、ほとんど誰にでもできる。だがそれには言葉にしづらい感覚的な行為を説明しなければならないため、流石に三歳や四歳の子供にやらせたりはしない。テレマも当然魔石に魔力を込めたことなどなく、かといって熱に浮かされたこの状態で教えることなどできるはずもない。
「……なので、取れる方法は二つあります」
「それは!? 一体どうすれば!?」
「一つは、特別な気つけ薬を使うことです。それを使えば短時間とはいえ意識がはっきりしますから、その間に魔石への魔力の込め方を教えていただければ、それで魔擦熱の対処は完了です」
「それなら――」
ホッとした表情を浮かべるウリマに、しかし薬師の男は一層表情を厳しくしてさらに続ける。
「ただし、この気つけ薬は強力なもののため、身体にかかる負担がとても大きいです。これを小さなお子さんに使った場合、手足が思うように動かせなくなったり言葉を上手に話せなくなるなどの後遺症が出る可能性があります」
「そんなもの、可愛い孫に使えるわけないじゃろうがぁ!!!」
男の言葉に、ツクリマの絶叫が部屋に響く。だがその気持ちは誰もが同じであり、呼吸を荒くするツクリマの肩を落ち着かせるように叩いてから、ビィが静かに言う。
「それで、もう一つの方法は?」
「吸魔草を材料にして薬を作る方法です。そちらならば特に後遺症などが出ることもなく治療が可能です」
「なんだ、そんな簡単な方法でいいんですか! 吸魔草なら在庫が――」
「……それは、市販の物が使えるのか?」
薬師の男の言葉にすぐに店に行こうとしていたウリマだったが、その行動をツクリマの声が押しとどめる。その表情は真剣そのものであり、ツクリマに見つめられた薬師の男もまた渋い表情のまま首を横に振る。
「……やはりか」
「父さん? どういうことですか?」
「吸魔草は、摘んだ時点で摘み取った者の魔力を吸収してしまうんじゃ。じゃから市販の吸魔草は、本来の三割程度の効能しかない。しかも錬金術などに使う際には乾燥させたものを粉末にして使用するから、実質的な効能は二割といったところじゃろうか。
……それでは足りんのじゃな?」
「はい。魔擦熱の治療薬にするには、特別な道具で摘み取った吸魔草をその場で水薬に調合する必要があります。これは加工前の吸魔草が時間経過ですら周囲の魔力を吸収して劣化してしまうからです」
「つまり、薬を調合できる人物を冒険者の護衛をつけて採取地に送らないといけないと? それは……あの、きちんとお金はお支払い致しますので、先生に行っていただくことは?」
「申し訳ありません。私も自分の診療所がありますので……」
顔を背ける薬師の男に、ウリマは何も言うことができない。自分にとって息子は唯一の存在だが、薬師にとってはただの一患者でしかないのだから、命の危険を冒してまで仕事をしてくれと押しつけることはできない。
かといって、薬を調合できる人物となるとかなり限られるし、冒険者に対する依頼もすぐに受け手が現れるとは限らない。だがその間にも息子はひたすら苦しみ続けるわけで……
「ああ、もう! どうすれば!? 私は一体どうすればいいんだ!?」
「さっきからどうすればどうすればとうるさいのぅ。少しは落ち着いたらどうじゃ」
頭を抱えて吐き捨てるように言った息子に、ツクリマがそう声をかける。それに苛立って思わず父を睨むウリマだったが、どういうわけだかツクリマの顔には苦悩の色が消えている。
「なに、要は薬の調合ができる冒険者が吸魔草を採りに行けばいいだけの話じゃろう? ならば簡単ではないか!」
「父さん? 何を……」
「ワシじゃ! ワシが行こう!」
戸惑うウリマをそのままに、ツクリマが堂々とそう宣言した。