父、夢を語られる
「二つ名? ツクリマ殿は貴族であったのか! であればとんだ失礼を――」
「待て待て! 待つのじゃ! そういうのではない!」
家名を聞いて態度を改めようとしたニックに、ツクリマが慌てて両手を振る。
「確かに家名はあるが、それはワシの爺さんの爺さんのそのまた爺さんが名乗っていたからというだけのものじゃ。まあこの町は余所から渡ってきた者も多いから、ひょっとしたらご先祖様は何処かの国の貴族だったのかも知れんが、少なくともワシには何の関係もないわい」
「そうなのですか?」
「そうなんじゃ! じゃから畏まるのはやめてくれ。片膝なんぞつかれようもんなら、オヌシに出せる酒が無くなってしまうわい」
「ハハハ、それは大変だ。わかりました。では普通にさせていただこう。儂はニック。旅の鉄級冒険者です」
「おお、ニック殿か! よろしくのぅ」
差し出されたニックの大きな手を、ツクリマの骨張った手が握り返す。細かい傷が散見されるそれは、まさに職人の手だ。
その後はツクリマの言葉で部屋の一角、床の上にどっしりと腰を落としてニックが待っていると、程なくしてお盆の上に酒瓶と木製のカップを二つのせたツクリマが戻ってくる。
「待たせたの。婆さんに先立たれてもう一〇年じゃから、大したもてなしはできないんじゃが」
「お気遣いなく。であれば、儂の方でつまみになりそうなものを出しましょう」
言って、ニックは魔法の鞄から濃いめの味付けの干し肉を取り出す。本来ならばお湯で戻して食べる物だが、酒のつまみにちびちび囓るならばちょうどいい塩加減だ。
「おお、これは酒が進むのぅ。しかしいいのか? この干し肉、先ほどの肉串よりもずっといいものに思えるんじゃが……」
「構いませんとも。ツクリマ殿の言葉を借りるなら、これも縁ということですな」
「ほっほ、そうかそうか」
二人は笑顔で干し肉を囓り、酒を呷っていく。一人暮らしということもあってツクリマの用意した酒はすぐに無くなってしまったが、買い出しに行こうとするツクリマを引き留めニックが魔法の鞄から出した酒の味にツクリマが大喜びしたりしつつ、二人は楽しく酒を飲み語らい続ける。
「そう言えば、先ほどここを工房と仰ったが、ツクリマ殿は魔法道具の技師なのですかな?」
「いーや、違う! ワシはあの塔の前で言った通り、魔術師じゃ!」
ニックの問いに、ほろ酔いになったツクリマがドンッと木製のカップを床に叩きつけながら言う。とは言えその視線はすぐにニックから逸らされ、口をへの字にしながらも決まり悪げに言葉を続ける。
「……まあ、確かに生活のために魔法道具を作ったりはしておったが、それはあくまで副業という奴じゃ。ワシの目標はあくまでダマーリン様のような偉大な魔術師になることであって、決して魔法道具の技師や錬金術師の類いでは無い! いいか? 違うぞ? 違うんじゃからな!」
「わかったわかった! とは言えこれほどの品があるのですし、中には面白い物や思い入れのある物などもあるのではないですかな?」
「んー? そうじゃな……よし、ではオヌシにワシのとっておきの魔法道具を見せてやろう! ちょっと待っておれ」
そう言うとツクリマは立ち上がり、部屋の隅に積まれていた魔法道具の山を掘り返し始める。そうしてしばらくして手に持ってきたのは、大きな砂時計のような物に金属で編まれたと思われる管が幾つも巻き付いた不思議な装置。
「これじゃ! 何とこれは……ゆで卵を生卵に変える魔法道具なのじゃ!」
「おお! それは…………」
『凄いではないか! たとえ対象が限定されているとしても、不可逆の物を可逆にするなど、この時代の技術では相当に抜きん出たもののはず。如何なる方法でそれを為しているのか気になるが……おい貴様よ、早くその仕組みを聞くのだ!』
「…………凄いですな。一体如何なる仕組みなのですかな?」
とりあえず勢いで驚いてみようと思ったニックだったが、突如腰の鞄から聞こえてきた早口に考えを改め、真剣な表情でツクリマに問う。するとツクリマは意味ありげに笑ってから手にした魔法道具をポイと適当に放り投げた。
「フフフ、どうやらオヌシはこっち側の人間のようじゃな。ああ、ちなみに今のは嘘じゃ。時を巻き戻すような魔法道具など天地がひっくり返っても作れんわい」
『ぬあっ!? な、なんという……』
「うむん? こっち側とは?」
愕然とした声をあげるオーゼンをそのままに問い返すニックに、ツクリマは再び床に座り込んでから言葉を続ける。
「今の説明をしたとき、相手が取る反応は大別して二種類じゃ。まず一つは、そんなものが何の役に立つのかと馬鹿にしたり笑ったりすることじゃな。これはオヌシのような冒険者に多く、魔法道具に実用性のみを求めている者の典型的な反応じゃ。
勿論、それはそれで悪くない。そしてそんな反応をする者には、息子のやっている店を紹介することにしておる。そっちには普通に実用的な魔法道具を売っておるからな。
じゃが、もう一つの反応……今のように仕組みを気にしてきた相手には、もっと面白い物を見せることにしておるのじゃ。ちょっと待っておれ」
そう言うと、またもツクリマはその場を立って部屋の奥へと移動する。だが今度その手に持ってきたのは、頑丈そうな金属製の箱だ。ツクリマがそれを大事そうに開けると、中に入っていたのは大人の拳ほどもある灰色の魔石。
「魔力の枯渇した魔石、ですかな?」
「ほっほっほ。まあそう見えるじゃろうなぁ。じゃが、実際には違う。何とこれは……魔力の双方向変換を可能とする奇跡の魔石なのじゃ!」
「双方向……? いや、しかし魔石から魔力を取り出せるのは普通では?」
魔石は様々な魔法道具の動力として使われており、人が魔石に込めた魔力で魔法道具が動くというのは常識だ。ならばこそ首を捻るニックに、しかしツクリマは唇の端を釣り上げて笑う。
「チッチッチ、わかっとらんのぅ。魔石には誰でも魔力を込められるが、込めた魔力は『魔石の波長』とでもいうものに変換されてしまうため、その規格に対応させてある数多の魔法道具はともかく、人が魔石から魔力を直接吸収することはできん。
じゃが、これは双方向に魔力を変換する能力がある。つまり……」
「魔石から人に魔力を供給できる? それは凄いな! 凄いが……」
世界中を旅しているニックであっても、人に魔力を供給できる魔石など見たことがない。なのでその珍しさは理解できるが、それが有用であるかは話が違ってくる。無論それはツクリマも理解しており、その表情が若干苦いものに変わる。
「言いたいことはわかるぞ? 確かにこの魔石に入る魔力量などたかが知れておる。また仮に量産できたとしても、この魔石にそれほどの価値はない。当たり前じゃが、普通に優秀な魔術師であればこんなものをじゃらじゃらぶら下げるよりずっと多くの魔力を自前で持っておるし、回復にも魔力回復薬を飲む方がずっと効率がよいからのぅ。
じゃが、ワシのような潜在的な魔力保有量が少ない魔術師には、これこそが希望なのじゃ! これを研究し量産できれば、ワシのような者でも強力な魔法が使えるようになる! そうすればいずれはダマーリン様のような偉大な魔術師になることだって……うぅ」
「おっと、大丈夫ですかな?」
フラリとよろけたツクリマの体を、ニックが慌てて抱き留める。大分酒に酔ったのか、その顔はかなり赤い。
「わかっとるんじゃ。ワシには才能がない。じゃがそれで諦められるようなら最初から夢など見んわい。ワシは、ワシは偉大な魔術師に……」
「うむうむ。わかりましたから、とりあえずは大人しく横になってくだされ。寝室の場所は何処ですかな?」
「うーん……左の扉の奥の、手前の扉の向こうじゃ……」
「わかりました。では、ちょいと失礼しますぞ」
ニックはツクリマの体をひょいと抱え上げ、ベッドの上へと運ぶ。そうしてツクリマが眠りに入るのを確認すると、家を出るべく最初の部屋に戻り……
「父さん? いるかい?」
「む?」
そこに入ってきたのは、どことなくツクリマの面影のある自分よりほんの少し若いくらいの男性。
「ど、泥棒!? だ、誰か! 泥棒だ! 衛兵! 衛兵を呼んでくれー!」
「ち、違う! 違うぞ!? 儂は決して泥棒などでは――」
「助けてー! 誰か! 泥棒だー!」
「話を! 話を聞いてくれ!」
それからおおよそ一時間後。目覚めたツクリマに話を聞いた男が平謝りしながらやってくるまで、ニックは蒸し暑い留置所で膝を抱えて座り込むことになるのだった。