魔王、首をかしげる
「んん?」
大陸の遙か西の果て。人類が踏み入ることを許さぬ絶対の結界にて守られた魔王城にて、魔王は一人首をかしげていた。
「ヤバスヤバス! 魔王様、何ヤバス?」
そんな魔王に背後から声をかけてきたのは、ピシッとした執事服に黒い外套を纏った男が声をかける。真祖吸血鬼にして代々魔王の側近を務める一族の男、ヤバスチャンだ。
「…………なあ、ヤバスチャン? もう一度だけ確認したいのだが、本当にその方向性で行くのか?」
振り返り、怪訝な表情で問いかける魔王にヤバスチャンはフッと真顔に戻って答える。
「はい。今代の四天王は皆個性的ですから、こうでもしないと私は埋もれてしまいますので」
「いや、それはそれでいいんじゃないか? むしろそんなところで並び立つ必要性はこれっぽっちも無いと思うんだが……」
「そういうわけにもまいりません。代々魔王様にお仕えした我が一族の誇りにかけて、私の代で埋没してしまうわけにはいかないのです」
「そ、そうか。まあ、うん。お前がそれでいいというのなら、これ以上は言うまい」
「ありがとうございます魔王様。それで、あー、んっんっ。魔王様、何ヤバス?」
それまでの落ち着いた声から小物臭全開の軽い声に変化したヤバスチャンの問いに、魔王はこっそりと小さなため息をついてから答える。
「うむ。どうも魔力がすり抜けているように感じるのだ」
それはつい最近のことだった。歴代魔王がその復活を悲願としている魔神。そのために常日頃から魔力を注ぎ続けるのが魔王の重要な職務のひとつだったが、ここ最近その手応えがあからさまに変化したのだ。
「すり抜け? どうヤバス?」
「何というかな……今までは確かに送っている感じというか、巨大な器の中に力を押し込んでいるという感覚があったのだ。だが最近になって急にその手応えが無くなった。まるでそこに対象が存在しないか、あるいは今まで溜めていたものが綺麗さっぱり無くなってスカスカになってしまったか……とにかくそんな感じなのだ」
「それはヤバス……どうヤバス?」
「どうと言われても、まあ余としては結局魔力を送り続けるしかないわけだが……」
「ちーっす、魔王様ー」
話し込む二人の背後から、新たに女の声が響いた。まるで水兵の様な上着に、今にも下着が見えそうな短いスカートを履いた、一見基人族に見える少女……完全にして不完全なる魚人、ギャルフリアだ。
「ヤバスヤバス! 魔王様、ギャルフリアが来たでヤバス!」
「えー、何その喋り? ちょーうけるんだけどー」
「ヤバスヤバス! これからはこれで行くのでヤバス!」
「マジでー? まあ別にいいけどー。それで魔王様、何の用なわけー?」
「あ、ああ。そうだな……いや、全員揃ってからにしよう。もうしばらく待つのだ」
「えー、アタシこれから予定あるんだけどー?」
「すまぬ。すぐ揃うだろうから、ちょっとだけ待ってくれ」
「マジしんどー……」
ギャルフリアはけだるげにそう言うと、壁により掛かって退屈そうに自分の爪を見始めた。その姿勢に思うところがないわけでもない魔王だったが、それを口に出して指摘できるかは別の問題である。
「うおーっ! 俺様が来たぜぇ!」
次にやってきたのは、全身が炎のように燃え上がる筋骨隆々の大男だ。ちなみに比喩ではなく、本当にその体は燃えている。獄熱の火山から生まれた炎の大精霊がその男の正体だからだ。
「何だ、お前達が先に来ていたのか! ぬぅ、俺様の筋肉もまだまだだな!」
「うざ……」
あからさまに目を逸らしたギャルフリアに、燃える男がズカズカと歩み寄る。
「ギャルフリア、貴様まだそんな格好をしているのか!?」
「超ウザー! パンイチの変態がアタシの服にケチつけるとか、マジあり得ないんですけどー?」
無駄に筋肉を強調してみせるマグマッチョに、ギャルフリアが心底嫌そうな視線を向ける。
ちなみにマグマッチョは精霊故に元々全裸だったが、魔王軍のほぼ全員から「全裸は無理」と陳情され、通常の衣服の数千倍の費用をかけて「精霊でも身につけられるパンツ」を履かされている。これは魔王軍史上始まって以来の無駄遣いであり、それでいて最もスムーズに予算が下りた案件でもあった。
「まあ待てマグマッチョよ。確かにギャルフリアにももうちょっと慎みがあった方がというか、せめて膝くらいまではスカート丈が――」
「そんな布きれで半端に隠すなど言語道断! 俺様のように全裸になってその筋肉を見せつけるのだ!」
「うっわ、マジ最悪……で、魔王様、なにー?」
「……あー、いや。何でも無い。服装というのは個性であり、個人の自由が尊重されるべきだな、うむ」
マグマッチョの斜め上の主張とギャルフリアからの紙屑を見るような視線に耐えかね、魔王はそっと顔を背けてそう呟いた。なお、マグマッチョにギャルフリアが思うような性的な意図は一切無い。ただ純粋に筋肉を賛美しているだけだ。
「コーツコツコツ! 相変わらずアホなことを言い合っているのでアール!」
広間に響いたのは最後の待ち人の声。基本は人の骨格ながら体の各部位に様々な魔物の骨を身につけた男が高笑いをしながら魔王達の元へ歩いてきた。四天王のなかで唯一全ての魔王に直接仕えてきた最古参……ボルボーンだ。
「ボルボーン? 生きてたの?」
「コーツコツコツ! ワガホネはあれしきのことでは死なないのでアール!」
魔王軍の中でも、ボルボーンが通りすがりの筋肉親父に殴り倒されたことは有名であった。それ故にギャルフリアの言葉だが、ボルボーンはまたも笑って否定する。
「ヤバスヤバス! ボルボーンの不死身性、マジヤバス!」
「コツ? 何でアールかその喋り方は……まあいいのでアール。こうして全員揃ったのでアールから、改めて魔王陛下にきちんと挨拶をするのでアール!」
ボルボーンのその言葉に、四天王が横並びになってその場に跪き、魔王に向かって頭を下げる。
「土の四天王、泰山狂骨ボルボーン。御身の前に!」
「風の四天王、闇風貴人ヤバスチャン。御身の前に……でヤバス」
「水の四天王、流水偶像ギャルフリア。おんみのまえにー」
「火の四天王、噴炎爆筋マグマッチョ! 御身の前に!!!」
「うむ。よく集まってくれた四天王よ。それでは皆に新たな指示を伝える。まずは最近の勇者の動向だが……」
畏まった部下達を前に、魔王は伝えるべき情報を伝えていく。そうして指示を出し終わったことで、全員が思い思いに広間を出て帰路へと着いた。
「はぁ……しんどい……」
広間に誰もいなくなったことを確認して、魔王はひとりため息をつく。今代の四天王は、とにかく全員が濃かった。常識人であったはずのヤバスチャンまで向こう側に行かれては、魔王にはもはやどうすることもできない。
かといって頭ごなしに命令をすることも無理だ。初代から仕えるボルボーンは形式上部下ではあっても何となく命令はしづらいし、ギャルフリアはちょっと強く言ったらあっさり四天王をやめてしまいそうな気がする。
マグマッチョはそもそも精霊であって魔族ですらなく、基本筋肉を鍛えることにしか興味を示さないため、扱いやすくはあってもこちらの意図通りの指示は出しづらい。そして唯一まともだったヤバスチャンが非常に残念な方向にイメチェンしてしまったため、魔王の心労は溜まっていく一方だった。
「魔神への魔力注入も何か変な具合だし、これから先どうなるんだろうなぁ……ああ、田舎に帰ってマンドラゴラ農家を継ぎたい……」
魔王の切なる願い事は、誰に聞かれることも無く虚しく宙に溶けていくのだった。





