娘、侵入する
遂に目にすることが叶った目的地。ぼんやりと暗闇に浮かぶその施設から、不意に光の点線が伸びてくる。
「これは……誘われているのでしょうか?」
「でしょうねぇ。普通ならお断りするところだけどぉ……」
侵入を拒む結界を無理矢理に破って入ったのだから、普通に考えれば自分達は敵と見なされているのが当然だ。そんな相手の誘いに乗って正面から突っ込むなど無茶どころか無謀でしかないのだが……
『何言ってるのよ! ここまできたら正面突破あるのみじゃない! むしろそれで扉が閉まってたりしたら、この聖剣でぶち破って――』
「あのねぇ? そんなことしたら調べる前にこの施設の中が水浸しになると思わないぃ?」
『……あー、まあ、そうね。そういうこともあるかも』
「ハァ。全くこの子は……一体誰に似たのかしらぁ」
「ハハハ。それは勿論ニック殿でしょう」
大きくため息をつくムーナに、ロンが笑って答える。ここから姿を見ることはできないが、ムーナの脳裏にはすっとぼけた顔でヒューヒューと口笛を吹いているフレイの姿がありありと思い浮かんだ。
「とは言え、誘いに乗るしかないのも事実ねぇ。周りが全部水じゃあ、他の侵入経路なんて無さそうだしぃ」
「こんな場所に施設がある以上、こういう船が停泊できる場所もあるのでしょうからな。では、誘導に従って船を進めますぞ」
『何よ、結局行くんじゃない』
「何か言ったかしらぁ?」
『いーえ、なんでも!』
むくれるフレイの顔を想像し、ロンとムーナが顔を見合わせて笑う。だがすぐに全員が気を引き締め、ゆっくりと光の道に沿って船を進めていくと、程なくして迫ってきた建造物の壁の一部がパカッと開き、魔導潜はその中へと入っていく。
その後背後の壁が再び閉じたり、部屋の中を満たしていた水がいきなり減っていったりと様々な出来事に驚きつつも、一行は無事に魔導潜を停泊し、遺跡の中に侵入することに成功した。
「あーっ! やっぱり地面はいいわねぇ」
「地面って言っても、ここは海中の施設なんだから、広義では魔導潜の中にいるのと変わらないんじゃないのぉ?」
「いいのよそういう細かいことは! それよりも聖剣、聖剣っと……ぬぁぁぁぁ!? ねえムーナ、聖剣が魔導潜から外れないわよ!?」
「どれだけお馬鹿なの! 外れるわけないでしょぉ!? 素手で取れるような固定をしてたら、今頃聖剣は海の底よぉ!」
「フレイ殿、こちらの溶剤をお使いください」
「ぐぬぬ、ありがとうロン……おおー、取れた!」
聖剣の柄の部分をガッチリと固定していた補修材にロンの持ってきた小瓶から液体を振りかけると、それがドロドロに溶けてその場に聖剣が落ちる。それを拾い上げ丁寧に汚れを拭き取ると、フレイは腰につけた鞘に聖剣を収めてニッコリと笑った。
「ふふーん。やっぱりあるべき所にあるべき物があると落ち着くわね。これでもうどんな敵が出てきても大丈夫よ!」
「はいはい。それよりまずは、少し周囲を見てみましょうかぁ」
緩んでいた空気を引き締め、フレイ達は改めて施設の内部を見回す。施設のほぼ全てが見たことのない金属で作られており、周囲には魔導潜を止めた以外にも四つほどの船着き場があり、正面には施設内部に続くであろう縦横五メートルほどの大きな通路が一本あるのみ。
また、天井に設置されている照明が煌々と光を讃えているため、施設内部は昼間のように明るく、呼吸も問題なく行えている。流石にそこは下船する前に調べていたが、時間が経過しても息苦しくなったりしないことからしても、ここは間違いなく人が活動する前提の場所であると証明された。
「ここも一本道なのねぇ」
「この施設に侵入できた経緯からしても、やはり何者かが我々を招いているのでしょうか?」
「うーん……?」
「? どうしたのフレイぃ?」
何故か腕組みをして首を傾げているフレイに、ムーナはそう声をかける。だがフレイはすぐに顔を横に振ると、迷いを振り切るようにパンパンと己の頬を軽く叩いた。
「何でもない。さ、行きましょ。ロンは後ろをお願い」
「まあ、貴方がそう言うならいいけどぉ」
「承知致しました」
多少の疑問を胸に残したムーナだったが、歩き出すフレイに続いて自分も進み、その後ろからロンが着いてくる。全員が警戒しながら通路を進んでいくと、その左右には一定間隔で横引きの扉が存在していた。
「……開かないわね」
「こっちも駄目ねぇ」
「こちらもですな。これは全ての扉が開かないのでは?」
その一つを開いてみようとしたフレイだったが、どれだけ扉に力を加えても扉が動くことはない。それはムーナやロンも同じで、長い通路の左右に何十とある部屋の扉は一つとして開かなかった。
「むー、これは気になる……」
「行きは開かないのに、帰りは一斉に開いて魔物がドバーッと……なんて、罠の定番よねぇ」
「何かが扉の向こうで動いているような気配は感じませんが、そもそもこんな巨大な建物をまるごと隠蔽できるような技術があったのですから、安心はできませんな」
「かといって塞ぐわけにもいかないし……とりあえず無視して進んでみましょ。この通路の先が行き止まりだったら、その時改めて考えればいいわよ」
「そうねぇ。手間をかけて塞いでも、後で中に入る必要があったとかなったら悲惨だものねぇ」
「こんな時ニック殿がいれば、とりあえず一つ力尽くでこじ開けてみたりできるのでしょうが……」
「「あー……」」
ロンの言葉に、フレイとムーナが微妙な表情を浮かべる。ニックが力尽くで扉をこじ開け、その結果ろくでもないことになる未来がありありと想像できてしまったからだ。
「……うん、手順って大事よね。ここはこのまま進みましょう」
「異論ないわぁ」
頭の中に浮かんできたションボリと正座するニックの姿を振り払いつつ、一行はそのまま長い通路を進んでいく。だがその果てに待っていたのは、今まで散々見てきた横開きの扉が閉じている情景であった。
「えーっ、本当に行き止まりなわけ!? そりゃないでしょ」
「となると、実は何処かの扉が開いたのでしょうか?」
「あるいは何かの仕掛けを見落としたか……どっちにしろ面倒ねぇ」
「やっぱりこじ開けちゃおうか? こう、扉の合わせ目に聖剣を突っ込めば……っ!?」
腰から剣を抜いたフレイが、目の前の扉の合わせ目に切っ先を突っ込もうとする。が、それより先にフィィィンという軽い音を立てて目の前の扉が自動的に開いた。
「あれ? 開いた?」
「ちょっとぉ、何したのよフレイぃ?」
「え? な、何も!? 何もしてないけど、何か開いたのよ!」
ムーナの声に慌てて聖剣を鞘に収めつつ、フレイが高速で顔を左右に振る。そんなフレイをムーナはジト目で見つめたが、すぐにため息をついて肩をすくめた。
「まあいいわぁ。開いたなら入りましょう?」
「そ、そうね! さーて、中には何が……って、これは!?」
部屋の中に入った一行は、その光景に目を奪われる。そこにあったのはかつて天空城ウイテルで見たのとそっくりな装置であり、青白い光を放つ姿はこれが今も稼働していることを物語っている。
「ここにもこれがぁ……まあウイテルで見つけた場所なんだから、同じ物があっても不思議じゃないけどぉ」
「この装置ってことは、アタシの出番ね!」
前回勇者にしかこの装置が反応しなかったことを覚えていただけに、今回はすぐにフレイが装置に触れようと指を伸ばし……
「……えっと、何処に触ればいいんだっけ?」
「ここよぉ」
「りょーかい! じゃ、いくわよー!」
ムーナに教えてもらい、改めてフレイの指が装置に触れる。すると全面に大きく投影された映像に謎の文字列が走って行き、次の瞬間。
『緊急時情報保全施設 海底基地シズンドルへようこそ』
その場にいる誰でもない者の声が、部屋の中に静かに響いた。