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娘、海に潜る

「あうー…………」


 世界の果てにほど近い、海の上。波に揺られてプカプカと浮かぶ魔導潜の内部では、勇者フレイが据え付けのテーブルに突っ伏してグデッとしていた。いつもなら「だらしがない」と怒るはずのムーナも、今は憂い顔で同じ机に頬杖をついている。


「ははは。二人とも随分とお疲れのようですな」


「まぁねぇ。っていうか、ロンは何でそんなに元気なわけ?」


「拙僧はこの船を操っておりますからな。お二人よりは仕事をした気分が強いのかも知れませんな」


「そっかー……なら今度はアタシにも操船させてくれない? ここなら何かにぶつかるってこともないんだし」


「駄目よぉ。そういう気の緩みが取り返しの付かないことになるんだからぁ。ここで船が駄目になったら、流石に私達でも助からないわよぉ?」


「うぅぅぅぅ…………」


 気怠げなムーナの言葉に、フレイは不満そうな顔でうめき声をあげる。こんなことになっているのは、偏に海底にある「何か」が一向に見つからないせいだ。


「ハァ……アタシ、海を舐めてたわ」


 天空城ウイテルで見つけた、謎の光点。その場所を目指してやってきたフレイ達だったが、外洋に出て初めて自分達が今どこにいるのかを確認する術がないことに気づいた。


 それでもなんとなく遙か遠くに見える陸地やら空に輝く星の光を頼りに場所を割り出そうとしてみたが、航海術を持っていない勇者パーティ一行がそれをするのは困難を極め、結局の所フレイ達ができたのは「なんとなくそれっぽいところに片っ端から潜ってみる」という極めて非効率的な作業だけだった。


「うぅ、船乗りの人を雇えればなぁ」


「港町を三つ回って無理だったんだから、無理よぉ」


「まあそうなんだけどさぁ……」


 悲しい現実を突きつけているムーナに、フレイは口をへの字にして答える。陸地から離れれば離れるほど急速に魔物が強くなっていく関係上、この世界で海に出る人物の九割以上が近海で魚をとる漁師だ。彼らは小型の船を巧みに操る技術はあるが、今必要な外洋を航海する技術や知識は持ち合わせていない。


 そしてそれを持っているような人物は国や大きな商会の依頼により大型輸送船などを走らせている人達であり、当然ながら突然声を掛けて雇うことなどできない。


 無論勇者としての強権を発動すれば徴用することはできるが、今回のこれは世界を救うというよりは自分が世界を知りたいという欲求のためのものなので、そこで勇者の名前で無理を通すのは、フレイとしては可能な限りやりたくなかった。


「せめてもうちょっと長時間海に潜れたらなぁ」


「それこそ時間をかけて慣らすしかないじゃないのぉ。すぐには無理よぉ」


 場所が特定しきれないなら、探索時間を増やせばいい。そんな呟きを漏らすフレイだったが、それが無理なことは自分が一番よくわかっている。もっとも、それは魔導潜の性能ではなく、自分達の心理的な問題だ。


 海の底は、真なる闇の世界だった。海上から差し込む光が消えるほどの深さに潜れば、そこには何も存在しない。魔導潜に外部照明はついているが、それで照らし出されるものが何も無いのだ。


 延々と世界を満たす暗闇。指針の存在しない世界では方向感覚が成り立たず、自分達が進んでいるのか戻っているのか、浮いているのか沈んでいるのかすらわからない。そんな場所に放り出された人の心が正常を保てる時間に限界があるのは当然だ。


「確かに、あの世界で操船し続けるのはかなり困難でしたな。巨人族(ジガンテ)の方々がつけてくれた現在の深さがわかる機器がなければ、未だに水上に戻ってこられる自信がありませぬ」


「こんなのに耐えきれるのはよほど高速で上から下まで一気に進めるような存在か、もしくは心臓が筋肉でできてる何処かのオッサンくらいよぉ」


「……心臓はみんな筋肉でできてるんじゃない? いや、言いたいことはわかるけど」


 投げやりなムーナの台詞に、フレイは苦笑して答える。確かに自分の父ならば、こんな海など軽く潜って探しそうな気がする。


「そうよね。生身の父さんにできそうなことが、こんな立派な船まで用意したアタシ達にできないなんて無いわよね。もうちょっと頑張ってみましょうか」


「そうねぇ」


「……一つ気になる事があるのですが、いいでしょうか?」


 むしろどんな道具を用意してもニックの真似などできないのではという疑問を横に放り捨てつつ、ロンが人差し指を立てて問う。


「なぁにぃ? ロン?」


「以前に聞いた話ですと、エルフの国の世界樹はエルフ王の許可がなければ見ることができなかったのですよね? ならばそこと同じような光点があったこの場所は、同様に誰かの許可がなければ姿が見えないという可能性があるのでは?」


「うわぁ……」


 ロンの指摘に、フレイは思わず声を漏らす。その正面ではムーナもまた露骨に嫌な顔をしており、その空気にロンは一歩後ずさってしまった。


「何だろう。すっごくありそうだけど、でも許可って誰に取ればいいわけ? どっかの国の王様とか?」


「外洋に進出する国が何処にも無い以上、もういないか、あるいは資格を持っていても自覚がないって可能性が高そうねぇ。それっぽい人を片っ端からこの船に乗せてみるくらいしか確認方法も思いつかないわぁ。


 まあでも、そうねぇ。そういう結界があるかもって前提で探してみれば、少しだけ違うかも知れないわぁ」


「ムーナ、できるの?」


 フレイの期待と心配を混ぜ合わせた視線に、ムーナはフッと小さく笑う。


「やるだけやってみるわぁ。それじゃ、ロン。お願いねぇ」


「承知致しました」


 言葉と共にロンが操舵室へと戻ると、もう幾度目かわからない魔導潜による潜水が行われていく。沈降が進むほどに大きく強い魔物が外に見えるようになるが、それもすぐに姿を消し、辺りは闇に覆われる。


「っ…………」


 そんな中、周囲に魔力を放ちその反射でものを視る(・・)魔力探知を極限まで広げたムーナの体が、恐怖によってブルッと震える。


(やっぱりキツいわぁ……)


 送った魔力波が、全く返ってこない。それはつまり有効範囲内に何も存在していないということ。真っ暗な深淵にただただ一人むき出しの自分が放り出されたような感覚に、ムーナの体は小さく震えてしまう。


「ふふっ、やっぱり怖いわよね」


 と、そんなムーナに、フレイが気軽な口調で声をかけてきた。だが言葉とは裏腹に、フレイの瞳にも恐怖が宿り、その声は少しだけ震えている。


「船の中から見えるのは外の一部だけだけど、それでもこの真っ暗な世界は怖い。強い敵とか危険な地形とか、何かが在るんじゃなく、何も無いって……本当に怖いわ」


 もしもこの場に自分一人だったなら、きっと一〇分も持たずに赤子のように泣き叫んでいただろうとフレイは震える唇で笑う。


「でも、大丈夫。ここには何も無くなんかない。少なくとも、アタシやロンがいる」


 フレイの手が、そっとムーナの手を掴む。互いに伝わり合う温もりが、ただそれだけで孤独だった暗闇の世界に明るい灯火を生み出してくれる。


「それに、父さんが言ってた。恐怖や痛みは感じなきゃ駄目だって。どんなに辛くても苦しくても、それに慣れて感じないようになったら絶対に駄目だって。


 だからアタシは痛いときは痛いって言うし、怖いときは怖いって言うの。勇者だからとか知らないわよ。勇者だって怖いものは怖いんだから仕方ないじゃない! だからムーナも思いっきり怖がっていいのよ? アタシも一緒だから!」


「……まったく、情けない勇者もいたものねぇ」


 ニッコリと笑うフレイの顔に、ムーナは呆れたような声を返す。だがその瞳には暖かな光が宿っており、繋いだ手はもう震えていない。


「ふーんだ。どうせアタシは未熟者の勇者ですよーだ!」


「そうねぇ。とっても一人にはできない頼りなさねぇ」


「えー!? 自分で言っておいて何だけど、そこまで!?」


「そうよぉ。でもそんな貴方だからこそ、みんな貴方を助けたいと思うのかも知れないわねぇ。そういう意味では、フレイは歴代最高の勇者かも知れないわぁ」


「むぅ、何か釈然としない……」


 むくれるフレイの顔を見て、ムーナが笑う。この子を支えるためならばと、自然と体から力が湧き出てくる気がする。


「……………………あった」


 そうしてしばらくしたところで、不意にムーナの魔力探知に大きな何かが引っかかった。対象があまりの大きすぎるために、意識していなければ逆に気づかないような反応だ。


「えっ!? 嘘、あったの!?」


「目的地かはわからないけど、何か大きなものはありそうだわぁ。ロン、私の言う通りに船を進めて頂戴」


「わかりました!」


 前後左右どころか上下すらわからない暗黒の闇。ムーナという羅針を得たことで、一行はゆっくりと「何か」の元へと進み始めた。

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[良い点] 深海やばい、親父やばい。 [気になる点] 人は真っ暗の恐怖に耐えれないから 宇宙や深海に進出しても耐えれないってポリスノーツの黒幕が言ってた
[一言] どこぞのオッサンが牙へし折ったヤツだったらゲームオーバーだぞ.....。
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