父、操作する
「どういうことだ? オーゼンお主、兄弟でもいたのか!?」
『馬鹿を言うな。我とは意匠が違うであろうが』
驚きの声をあげるニックに、オーゼンが呆れた声でそう返す。その言葉にニックが腰の鞄からオーゼンを取り出して見比べてみると、確かにオーゼンに比べると台座に嵌まっているメダリオンの意匠は幾分か簡素なものであった。
「ふむん? 確かに見比べてみるとやや違うな。だがここまで似ているのであれば全く無関係の代物ということもあるまい?」
『当然だ。というか、我はこれが何であるのかを知っている。そしてそれ故にここがどういう場所であるのかも理解した』
「ほぅ? 何なのだ?」
『うむ。有り体に言ってしまえば、ここは「百練の迷宮」だ』
「……は? いや待て、そんなわけなかろう!」
オーゼンから聞かされた答えに、ニックは思わず抗議の声をあげる。
「『百練の迷宮』はお主を所持した儂がいるからこそ入り口の転移陣が起動するのだと言っていたではないか! だがこの塔は何百年も前からこの地にあり、多くの人が出入りしているのだぞ!?」
『そうだな。だがそれはあくまでも正常稼働しているものであれば、ということだ。この塔は本来の「百練の迷宮」としての機能は失っている。というか、そういう風に作り替えられているのだ』
「……どういうことなのだ?」
『貴様の目の前にあるそれは、「百練の迷宮」を作る際に使う制御端末と、その起動鍵だ。あの三賢者達はそれを見つけたからこそ裏口とでも言うべき場所から制御端末へと辿り着き、そうして中身を作り替えたのだろう。
ま、言うよりもやって見せた方が早いか。おい貴様よ、そのメダリオンに手を置いてみろ』
「こうか? おおっ!?」
『アトラガルド王国、王位選定審議会の選定者権限を確認しました。「百練の迷宮」構築機構を起動します』
ニックがメダリオンに手を触れるとそんな音声が周囲に響く。同時に周囲に四角い窓のような幻影が幾つか浮かび上がり、そこにはいくつかの絵と大量の文字らしきものが羅列されている。
『ふむ、やはりまだ動いているか。まあこの塔が稼働状態にあるのだから当然だが……よし貴様よ。我をそのメダリオンの上に重ねるのだ』
「ん? これを抜いてお主を入れるのではないのか?」
『違う。というか、我とそのメダリオンは規格こそ同じだが、中身は別物だ。王を目指す者が所有する我が、王の資質を図る「百練の迷宮」を自在に組み替えられたりしたら不正の温床になってしまうではないか』
「ああ、なるほどな。では……」
オーゼンの言葉に納得し、ニックは手にしていたオーゼンをメダリオンの上に重ねる。すると重ねた二つのメダリオンの狭間に青白い光がしばし明滅し……
『……よし、終わったぞ』
「早いな!? もうか?」
『当たり前であろう。我はこの時代に存在していた最高の魔導具なのだぞ?』
三賢者達が苦労して理解したであろうことを一瞬で把握したオーゼンに、ニックは軽く驚きの声をあげる。だがオーゼンからすれば「日常で使っている文字で書かれた説明書きを読んだだけ」であり、ましてやそれが自分の専門分野に関わっているとなれば、それこそ悩む余地すら存在しない。
『で、だ。やはりここは「百練の迷宮」で間違いない。が、さっきも言った通りここは「百練の迷宮」としては機能していない。その一番の理由は、貴様の指摘通り誰でも出入りできる……つまり空間を閉じていないからだな。
おそらくあの三賢者は、この専用魔導構造体生成装置のごく一部しか使えなかったのであろう。まあ読めぬ文字で書かれた機能を恐る恐る実行しつつ、少しずつ解析していったのだから然もありなんだが』
魔導構造体生成装置の使い方そのものは、そう難しいものではない。文字が読めれば勿論、そうでなくてもかつてニックが歴史学者のバン達と潜った遺跡のような、単なる建造物とごく普通の罠程度であればそれこそ適当に試しながらやれば子供ですら作れるほどだ。
だがここにあるのは「百練の迷宮」を構築するためのもので、通常の魔導構造体生成装置に比べると高性能であるが故に選べる項目が桁違いに多い。文字が読めてすら専門家でなければ意味のわからない設定項目がこれでもかと詰まっているため、これを使って塔を作った三賢者は、正しく「賢者」と呼ぶに相応しい者達であった。
『この町の周囲……この魔導構造体生成装置の影響範囲ギリギリに不自然に高い壁が存在していたのは、そういう実験を周囲の目から隠すためなのではないだろうか? 無論あんな巨大な壁がいきなり出現すればそれだけで大騒ぎになるのだろうが、それでも山やら城やらが突然生えたり消えたりするのに比べればよほどマシだろうからな』
「なるほどなぁ。で、壁があるから町ができたと……町はこれで作ったわけではないのか?」
『今調べた限りでは、これで作られたのは三本の塔と壁だけだな。細かい指定ができなかったのが、あるいは繰り返しや複製などの便利な機能を見つけられなかったのか……いや、それよりも機密を保持するためにあえて作らなかったと考えるべきか?』
「その辺は儂にはわからんが……ん? しかしお主の知っている装置だったのであれば、ここにはお主の望むような情報は……」
『……そうだな。ここにアトラガルドの滅亡に繋がるような情報はなかった。一応この施設が一万年前に正規の手段で停止され、以後三賢者の手によって再稼働されるまで休眠状態であったことはわかったが、それは別にどうということでもないしな。
期待と言うなら、ここよりも「英知の塔」の禁書庫の方が……っと、そうであった! おい貴様よ、今から我が言うとおりに正面に移った幻影の文字に触れるのだ』
「わかった」
ふと何かを思い出したかのようなオーゼンの指示に従い、ニックがツンツンと幻影の文字に触れていく。その度にアトラガルドの文字が激しく流れては消えていくが、当然その内容はニックには全くわからない。
「なあ、これは何をしているのだ?」
『一つは、禁書庫の扉の開放だな。貴様なら殴って壊すこともできるだろうが、普通に開けられるのだから後々の事を考えてもその方がよかろう。
そしてもう一つは……よし、いいぞ』
そのオーゼンの言葉に併せるように、ニックの斜め前に光り輝く転移陣が現れる。
「これは? ああ、出口か?」
『それは正しくもあり、間違いでもある。それに乗れば、ここではなく貴様が見慣れた台座の間に転移するはずだ』
「台座? ということは……」
『ああ。そこで我を収めれば、この「百練の迷宮」の試練は達成だ。新たな王能百式を授かることになるだろう』
「それは何と言うか……ズルではないか?」
こともなげに言うオーゼンに、ニックは思わず眉をひそめる。だがそれに対するオーゼンの声は呆れたものだ。
『ズルのわけなかろう。貴様はここに辿り着くまで、どれだけの戦いを繰り返してきたと思うのだ? かかった時間で言うなら今回の「試練」が今までで一番長かったのだぞ?』
「……まあ、そういう観点で見るならばそうだが」
『そういうことだ。ここを見て思ったが、やはり「百練の迷宮」には稼働を停止しているものも多いはず。ならば貴重な枠を得る機会を捨てるべきではないからな』
「むぅ、わかった。そこは納得しておこう。となると後は……」
『これをどうするか、か』
ニックの目の前には、台座に嵌まったメダリオンがある。この塔を、ひいてはこの町を自由にするどころか、使い方によっては世界を支配することすらできそうなあまりにも過剰な力。
『奇跡の力とは言い得て妙だが、何とも厄介なものだ。どうするのだ? 貴様がこれを使って王になりたいというのであれば、我が協力してやってもいいぞ?』
「ぬかせ。だが、そうだな……」
悪い顔をしていそうなオーゼンの言葉を軽くはねつけ、ニックはその場で考え込む。それからニックが塔を出たのは、三日ほど経った後であった。