父、継承する
『試練達成、おめでとう!』
戦いを終え、三賢者達の実体が消えてすぐ。再び現れた幻影のハリーがニックの試練達成を祝福する声をあげる。
『へぇ、所詮は偽物とはいえ、私達を倒したのか。やるもんだねぇ』
『賞賛』
勿論、現れたのはハリーだけではない。ヨンダルフとダマーリンもまた半透明の幻影となり消える前と同じ場所にその姿を現す。そうして全員がパチパチと拍手をすると、今回もまたハリーが説明を開始した。
『さて、じゃあこの二人はどうせ何も言ってくれないだろうから、また僕から説明するよ。ただ本題に入る前に……君は遙か昔に、今よりも遙かに優れた文明が存在していたことを知っているかな?
これを見ているのがどれだけ未来の人かわからないけど、少なくとも僕達が生まれた時代からおおよそ一万年近く前に、この世界の全てを支配するようなとんでもない文明があった……らしいんだ』
「むっ。オーゼン、これは……」
『シッ! いいから黙って聞くのだ!』
ハリーの言葉ににわかに色めき立つニックだったが、オーゼンに言われてすぐにその意識を賢者達の方に戻す。すると次に口を開いたのはヨンダルフだ。
『フフフ、今君は「らしいって何だよ!?」とか思ったね? でも、不思議なことにこの文明のことはどれだけ調べてもわからないんだ。痕跡となる遺跡は世界中で発掘されるし、そこにはとんでもなく高度な技術で作られた魔法道具が眠っていたりするというのに、その文明に関する文献や資料だけは何処をどれだけ探しても一切出てこない。
おそらくだけれど、ここまで情報が無いのは意図的にその文明の痕跡を消した存在があったんだろうねぇ。いや、本当に興味が尽きないよ』
(アトラガルドの痕跡が、意図的に消されている……? 一体どういうことなのだ?)
肩をすくめるヨンダルフの言葉に、オーゼンは大きな悩みを抱え込む。だがその答えが今出ることはないとわかっているだけに、すぐに意識を切り替えて賢者達の次の言葉を待つ。
『察し』
『……いや、それじゃ絶対伝わらないよ? まあ、あれだよ。ここまで話せば察しがつくかも知れないけれど、この塔はその古代の文明の力によって作られているんだ。正確にはそれを利用するための鍵のようなものを、僕達三人が偶然に見つけたってところだね』
『そうして手に入れた力を必死に解析して、私達は手始めのこの塔を作り上げた。古代語の解析が進めばもうちょっと色々できそうなんだけど……まあそこは今後の課題だね。もし君がこの塔以外の建造物を目にしていたならば、それは私の努力が実ったのだと言うことだ。大いに褒め称えてくれ給え』
そう言うと、ヨンダルフが自慢げな顔でフッと笑う。だが朗らかな空気はそこまでで、三賢者達の表情がにわかに引き締まる。
『そう。この塔は最初に作った物なんだ。これから先もっと研究が進めば、更に凄いことができるようになるかも知れない。そして今の段階でも、古代の力はこれほどまでに凄い。
わかるかい? いや、わかってもらわなければ困る。自分がどれほど大きな力を継承するのかを理解してもらうためにこそ、この塔を自力で登ることを試練にしたのだから。
無尽蔵に供給される魔力で水や食料を、敵と戦う魔物を、小さな世界とでも呼べる空間を、通常では作れないような高度な魔法道具を、そして何より自分の複製すら生み出すことのできるとんでもない力! これを君が手にするんだ!』
『本当ならば、こんなものは朽ちるに任せるという手段をとりたかった。だがそもそも一万年経っても残ってるものが朽ちるのかという疑問がある。どんな手段を用いても破壊することはできなかったし、封印や廃棄は問題の先送りでしかない。
だから私達は考え得る最良の方法として、この塔の力の大きさを理解できる者に継承するという方法を選んだ。その選択がどうなるのかは、私達には知ることも干渉することもできないけどね。
でも、願わくば……』
『平和を』
三賢者達の視線が、まっすぐにニックに訴えかけてくる。たとえそれが命を持たぬ幻だとわかっていても、そこに込められた真摯な想いは些かも陰りはしない。
『この塔を制覇するほどの強さを、君はどれだけの努力を積み重ねて身につけたんだろう? そういう人であれば、きっと力の意味を理解しているはずだ。
だからどうか、この大きな力を大事に使って欲しい』
『私利私欲に走るななんて無粋なことは言わないよ。だが求める欲に限界はなくても、満たせる欲には限りがある。山ほどの美味があったところで人が一日に食べられる量は決まっているし、美男美女に埋もれようと一度に抱けるのは精々二人か三人だろう?
綺麗な宝石だって結局は石ころでしかないし、地平の果てまでを面白い本で埋め尽くしても……うぐぐぐぐ……読める量は日に数冊くらいまでなんだよ……ぐぅぅぅぅ』
『力で押さえつけた他人の上に立つなぞ、退屈でしかない。世界など支配したところで気苦労が増えるだけだ。我を打ち負かせる程の強者であれば、その身を満たす欲程度ならどうとでもなるはず。
多くを求めすぎるな。満足を知れ。どれほど美味い酒も樽一杯飲めば腹が裂けて死ぬ。幸せとは、果てではなく足下にあるのだ』
三賢者の言葉が、ニックの心に染み渡っていく。だがそんなニックを余所に、ハリーとヨンダルフが驚愕の表情でダマーリンを見る。
『ダマーリン!? ダマーリンがそんなに喋るなんて!?』
『なんだ、君話せるんじゃないか。なら普段からもっとちゃんと話してくれればいいのに』
『……………………』
二人からの追求に、ダマーリンはぶすっとした表情で顔を背ける。その口は硬く結ばれており、そこには二度と長文は話さないという固い決意が見て取れる。
『ま、まああれだよ。ダマーリンが語りたくなるくらい大事な話だったってことさ。それじゃ、いつまでも記録し続けても仕方ないし、今回はここまでかな?』
『もし私達の事に興味があるのなら、将来的に私が書くであろう自伝を読んでみるといいよ。そこに君が知りたいであろうハリーやダマーリンの秘密をこれでもかと詳細に書いておくからね』
『ええっ!? 何だいそれ!? っていうか、自伝なんだからヨンダルフの事を書けばいいじゃないか!』
『断固拒否』
『ハハハ! 歴史書なら客観的な視点で正確な情報だけを書き記すのが最も正しいけれど、自伝なら多少話を盛ったり面白おかしい内容を追加するのもありだろう? 気に入らないなら君たちも自分で自伝を書けばいいじゃないか! そうすれば私も読む本が増えて万々歳だよ』
『うっ、本なんて書いたことないよ……』
『断固拒否』
『では、次の継承者君に力の贈呈だ! 受け取り給え!』
『ヨンダルフ! もうちょっと話を――』
『断固拒否!』
幻影のヨンダルフがパチンと指を鳴らすと、それに食ってかかっていたハリーとダマーリンも合わせて全員の姿がスッと消えていく。それと同時に床の一部が開き、そこから床と同じ材質でできた台座がせり上がってきた。
『何と言うか……実体があろうと無かろうと賑やかな者達であったな』
「そりゃあまあ、元は同じ人間であろうからな。それよりもこの台座は……?」
新たに出現した台座に、ニックは強い既視感を感じた。これとそっくりなものを今までに何度も見たことがある。
「おおお? これは……っ!」
ならばこそ、台座に近づいて見つけたそれに、ニックは思わず驚きの声をあげる。複雑な模様の刻まれた白い台座。その中央には丸いくぼみがあり、そこには……
「オーゼン……!?」
鞄の中に在る相棒の姿とそっくりのメダリオンが、ピッタリとはめ込まれていた。
私事ですが、本日の更新で「小説家になろう」で毎日更新を始めてから丁度1000日目となりました。これからも毎日のちょっとした楽しみをお届けできるよう頑張りますので、引き続き応援よろしくお願い致します。