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三賢者、試す

「むっ!?」


 突然にニックに向かって放たれた攻撃は、紅く輝く光線と床からゆらりと立ち上ってきた紙の切れ端。ならば脅威度が高いのは光線の方だろうとニックが魔剣を振るおうとするが、その瞬間ニックの周囲を舞っていた紙切れがその全身に張り付き、まるで鎖のようになってニックの体を捕縛する。


「ちょっ、いきなり何やってるのさ二人とも!?」


 そんな不意打ちとも取れる攻撃を仕掛けた仲間に、ハリーが自分の攻撃を忘れて抗議の声をあげる。だがそんなハリーに対し、二人の賢者は辛辣だ。


「チッチッチ。甘いなキッター君は。ここは敵陣だよ? なら罠が仕掛けられてるくらい当然だし、よーいドンで始まる実戦なんてあるわけないだろ?」


「常在戦場」


「いや、そうだけど! でも……」


「いいのさ! そもそも、見てごらんよ」


 ヨンダルフの流し目にハリーがニックの方を向くと、そこには全身を光る紙の鎖で縛り上げられながらも不敵な笑みを崩さない筋肉親父の姿がある。太ももに装備した見事な臑当てには丸い穴が空いているが、そこから見える肌は僅かに赤くなっている程度で血の一滴すら流れていない。


「ハハッ。どうやらダマーリンの渾身の攻撃魔法も大したダメージにはなってないみたいだねぇ」


「ム……」


「ということで、キッター君もさっさと攻撃してくれたまえ!」


「わ、わかったよ!」


 気を取り直したハリーをそのままに、ヨンダルフは手にした本に魔力を注ぐ。すると手を触れずともパラパラとページがめくれていき、そこから幾枚もの紙片がほのかな光を放ちながら宙に舞い上がっていく。


(それにしても、『光縛符』を二〇枚も使ってるのにもう拘束が解かれかけてるとか、一体何者だろうねぇ、アレ)


 ヨンダルフの使う「符術」は、紙に「力ある言葉」を直接書き込むことで紙片そのものに魔法を発動させる力を持たせる彼の独自魔術だ。事前準備が必須であったり紙片は使い捨てであったりと面倒事も多いが、その有用性の一つに「同一の魔法の重ねがけができる」というものがある。


 たとえば、既に捕縛系の魔法がかかっている相手に同じ術をかけたならば、それは単なる上書き……効果時間の延長にしかならない。だが符術であれば、同じ術式を描き込んだ紙を使えば使うだけその効力が加算されていく。つまり二〇枚の呪符は、そのまま通常の二〇倍の効果の魔法となるのだ。


 更に、これらは全て独立した術式として扱われるため、一度に解呪することもできない。範囲全ての魔法を一度に解呪するような高等な……そして非効率的な魔法を使わない限り、今回であれば二〇回も解呪の魔法を使わなければ完全に自由にはなれないはずなのだ。なのだが……


「これはなかなかの拘束力だな。だが……むんっ!」


「いいいっ!? こ、『光縛符』!」


 ドラゴンですらねじ伏せる封印を力業で破壊しようとするニックに、ヨンダルフは慌てて『光縛符』を追加していく。だがそれでもニックの動きを完全に押しとどめることはできない。


「ヌ……『多重雷撃槍マルチプル・サンダージャベリン』」


 そんなニックの動きを、当然ダマーリンも見逃さない。魔鋼(アダマンティア)すら融解する必殺の魔法が「肌を赤く染めるだけ」という結果しかもたらさなかったのはあまりに予想外だが、ならばと次に放ったのは八本の雷の槍。『収束炎閃(ヒートブラスト)』よりは細いが、その分鋭い閃光が音を置き去りにしてニックの全身を目がけて降り注いでいく。


「ぐおっ!? おおぅ、なかなかに痺れる攻撃だな」


 追加の捕縛術式を受けたにも関わらず、ニックの振るう魔剣が三本の雷の槍を切り飛ばす。流石にニックの剣の腕では全てを切り裂くことはできず残りの五本はその体に命中したが、ニックの感想はただそれだけだ。


「……意味不明」


「不明なことなど何もあるまい? 儂がお主より強いだけ……っと」


「チッ!」


 余裕の言葉を口にしようとしたニックの眼前を、ハリーの杖から伸びた光る刃がかすめていく。そのままハリーがニックを切り裂くべく魔力の剣を振るい続けるが、そのことごとくが巨体であり動きの鈍っているはずのニックにかわされていく。


「何で当たらないんだよっ!?」


「それは無論、お主が未熟だからだ。意表を突くにはいいかも知れんが、その程度の腕で儂と戦えるものか!」


 右手の魔剣で飛んでくる魔法を切り飛ばし、全身に力を漲らせ絶え間なく追加される捕縛術式を無理矢理ねじ伏せつつも、ニックの左の拳がハリーの杖剣を殴り飛ばす。


「あっ!? しまっ!?」


「ぬんっ!」


 体勢を崩したハリーの腹に、ニックの拳がめり込んでいく。が……


「何!?」


「甘いよ!」


 ハリーの体が吹き飛んでいく直前で、ニックの拳からその感触が消える。それと同時にニックの周囲に三人のハリーが現れ、それぞれが手にした杖剣でニックに斬りかかってきた。


「これなら――」


「ふっ、それこそ甘いわ!」


 ブオンと音を立てるニックの腕の一振りで、三人のハリーがまとめて吹き飛ぶ。とは言えその姿もまた霞のように消えてしまい、気づけば最初の位置から一歩も動いていないハリーがその場で驚きの顔を見せていた。


「うわぁ、三体同時でも駄目とか……」


「まあ、所詮はキッター君だしね」


「無様」


「酷いな二人とも!? うぅ、二人とも前衛をやりたがらないから仕方なく僕がやってるんだし、もうちょっと褒めてくれてもよくない?」


「そうは言っても、私の符術は補助系の方が生きるからね。ダマーリンの魔術はどれも一撃必殺みたいなものだし、なら何でも器用にこなすキッター君が前衛をやるのが一番いいのは当然だろう?」


「そりゃそうだけどさぁ……ハァ。まあそれはそれとして、凄いねこのおじさん。まさか今の攻撃を易々と凌がれるとはね。これなら十分に試練は合格ってところかな?」


 一つため息をついたハリーが、そう言って構えていた杖を下げる。すると他の二人もそれに呼応するようにあるいは本を閉じ、あるいは杖で床を突く。


「んー、そうだね。私もキッター君に同意しよう」


「許容」


「ということだから、これで――」


「待て待て待て!」


 これで終わりという空気を出し始めた三賢者に、しかしニックが大声で待ったを掛ける。


「本当にこれで終わりなのか!? どうも納得がいかんというか、お主達本気を出しておらんだろう?」


「あ、わかるのかい? ははは、でもそれは仕方ないんだよ」


「そうそう。私達は『試練』としてこの塔に刻まれた幻影。試練は乗り越えられるためにあり、私達は倒されるために存在する。でも、私達が本当に本気で戦ったりしたら……」


「不敗」


 何処か疲れたような声を出す二人に対して、ダマーリンだけは不遜な態度を崩さず杖を振ってみせる。そこには自分の力を疑わぬ強者の自信が満ちており、それが単なる驕りでないことは彼の名が後世まで語り継がれていることが証明している。


 だが、その態度こそがニックには不満でしかない。


「つまり、お主等が本気になったなら儂ではとても倒せぬと?」


「そりゃそうだよ。今の僕達はこの塔と繋がってるからね。ほぼ無尽蔵の魔力を使える時点で、僕達に勝てる魔術師なんていないよ」


「同条件で戦うならもっと先まで生きた本物の自分達に負けるんだろうけどね。というか、この副作用はこれを設定した私達にしても予期しなかったことなのさ。だからまあ、私としても甚だ不本意ではあるけれど、こうして自主的に負けを認めるしかないのさ」


「妥協」


 そんな三賢者の姿に、ニックは思わず笑い出す。傲岸不遜を突き返すようなその声に、三賢者達の視線がニックに突き刺さっていく。


「ガッハッハッハッハ! そうかそうか……実は儂は魔法の才能が全くなくてな。幼い頃は……いや、今もなお、魔法というのはどれほど素晴らしい力なのかと憧れておるのだ。


 だが、その頂点とでも言うべき男達が、この程度の存在だったとは」


「……何がいいたいのかな? おじさん?」


「言葉にせねばわからぬか? つまらぬしがらみに捕らえられ、したくもない手加減をして認めてもいない敗北を受け入れるなど笑止千万! そんな輩が賢者などと大それた名を名乗るのは、片腹痛いと言っておるのだ!」


「……いや、別に僕達が賢者なんて自称してるわけじゃないんだけど。というか、僕達賢者って呼ばれてるの?」


「彼がそう言うならそうなんじゃない? そうか、私達が賢者か……」


「フッ」


 ニックの言葉を受けて、三人の賢者達が顔を見合わせ笑い合う。そこには一度は消えた闘志が蘇っており、輝く瞳には間違いなく命の炎が燃えている。


「そうまで言われたなら、応えないわけにはいかないよね」


「そうだとも! キッター君、ダマーリン! 私達の本当の本気を、この身の程知らずの無礼者に教えてやろうじゃないか!」


「覚悟!」


「こい! お主達の本気、その全てを越えて儂は征く!」


 本気になった三賢者に、ニックは笑みを浮かべて魔剣を構える。仕組まれた『試練』の時は終わり、遂に三賢者の……男達の本気がニックに襲いかかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ニックの肌を(少し)傷つけた!?さすが賢者と呼ばれる方々・・・・!
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