父、脱出する
シュルクは泣いた。そりゃあもう泣きまくった。仲間達はそんなシュルクの……やっと素直になった仲間の姿をそれぞれの思いを胸に抱きながら見つめ、ニックもまた若者の成長を温かく見守る。
(えぇぇ、スゲー泣いてるけど、これどうすりゃいいんだ? 俺悪くないよな?)
だが、カマッセだけは違った。ソーマ達のように長い付き合いでもなければ、ニックほどの大人でもないカマッセはこの状況にただひたすら戸惑っていた。
もしこれが外であったなら、カマッセはソーマ達に任せてこの場を立ち去っていただろう。冒険者ギルドの中であれば、世話好きの冒険者がシュルクの面倒を見たかもしれない。
だがここは閉鎖された迷宮の内部であり、シュルクの友人であるソーマ達も年長者であるニックも何故か見ているだけで何もしてくれない。かといってこのままボーッと立っているのは何とも居心地が悪い。
(あーもうっ、仕方ねーなぁ!)
結局この状況に耐えられなかったという理由で、カマッセはシュルクを慰めた。自分も若い頃は尖ったところがあったとか、悔い改めて頑張った結果銀級まで登ってこられたとか、失敗談はそのままに、成功例は五割増しほどで軽快なトークを織り交ぜてシュルクに話しまくった結果……
「凄いですカマッセさん! 僕もいつかカマッセさんみたいな冒険者になりたいです!」
「お、おぅ、そうか? まあな! 俺は期待の銀級冒険者、カマッセさんだからな!」
シュルクはカマッセに懐いた。見上げる瞳はキラキラと輝いており、それを正面から受け止めるカマッセは困ったようなまんざらでも無いような、微妙な表情を浮かべている。
「……僕のローブもカマッセさんみたいにトゲトゲをつけるべきかな? どう思うみんな?」
「いや、それはやめた方がいいと思うぜ? 色んな意味で」
「そもそもアレ全部金属でしょ? 鎖帷子より重そうなのに防御力は低そうよね」
「で、でも、せっかくシュルク君がやる気を出したんだし……」
「うーん。そこはほら、町に帰ってからきちんと話し合おうよ。ね?」
ソーマが無難な感じにまとめたが、基本的には全員否定的であった。自分のパーティメンバーの魔術師がトゲトゲのついたローブを着込んだ挙げ句、その重さに頻繁にへたり込む未来が見えていれば、如何に幼なじみとは言え無条件で同意は無理だった。
『おい貴様、あれはそのままでいいのか?』
(ん? 問題あるまい。あのトゲトゲの鎧はどうかと思うが、カマッセとて伊達に銀級冒険者ではないはずだ。銅級の新人を指導するなら十分すぎる人材だろう)
そんな子供達とカマッセを見てオーゼンが言うが、ニックは平然とそう答える。実際多少アレな見た目をしていたとしても、銀級冒険者というのは伊達ではない。銀級というのは本気で冒険者をやっている人物でなければなれない階級だからだ。
銅級から鉄級へは、真面目に仕事をこなしていれば大抵の者はあがることができる。そして鉄級になると受けられる依頼の幅が一気に広がり報酬額も相応に上がるため、普通に生活する分には鉄級程度で何の問題も無い。
これは登録すれば誰でもなれる銅級と違い、鉄級は地道に依頼をこなした実績がなければなれないからだ。なので世間的には鉄級からが「正式に認められた冒険者」であり、銅級の依頼は失敗しても問題無いものが多いのに対し、鉄級からはプロとしての責任感や確かな結果が求められることになる。
そんな「一人前」の状態から更に上を目指して難しい依頼を達成し続け、信頼を勝ち取ることでやっとなれるのが銀級だ。それは冒険者という仕事に真摯に向き合い努力し続けねば至らぬ階級であり、その肩書きを持っているというだけでもカマッセは信頼に値する人物であると言える。
「ハッハッハ! 任せとけ! 流石に実力が違いすぎてパーティを組むってのは無理だが、この俺がきっちり面倒みてやるぜ。何せ俺は期待の――」
「期待の銀級冒険者、カマッセさんですからね! 頼りにしてます、カマッセさん!」
「そうよそうよ! 頼っとけ頼っとけ! ハッハッハー!」
そんな事をニックが考えているうちに、どうやら新人達は新人達で何やら話がまとまっているようだった。ならばとニックは腰を上げ、改めてその場にいる全員に向かって言葉をかける。
「ふむ、どうやらそちらも上手くまとまったようであるし、ならばそろそろ先に進むか」
そう言ってニックは魔導兵の消滅と同時に奥に出現した扉の方に目を向ける。入り口の方はしまったままなので、実質的にそこ以外に進むべき場所は無い。
「先……ニックさん、この先って何があるんですか?」
「わからん。単に外に出る転移陣があるのか、それとも他に何かあるのか……とりあえず儂が先行するから、お主達は後からついてくるがいい。殿はカマッセに任せたいが、構わぬか?」
「おうよ! このカマッセさんに任せとけ!」
「うむ! では早速行くとするか」
言葉と共に、一行は扉の方へと歩き始める。連れがいるということでいつもより少しだけ念入りに警戒していたニックだったが、流石に魔導兵を倒したばかりで何かあるということもなく普通に扉へとたどり着く。なのでそのまま奥へと進み……
「痛っ!?」
「む? どうした?」
「いや、何かここから進めないというか、見えない壁があるような……何だこれ?」
「そうなのか? ふーむ、儂は何も感じなかったから殴れぬだろうし……横の壁を壊すか?」
『やめんか馬鹿者。この先は我の所有者以外は入れないというだけのことだ。心配せずとも貴様が外に出れば此奴等も一緒に外へと跳ばされるはず。そこで待機させれば問題無かろう』
「そうか。あー、とりあえず儂は部屋の中を調べてみるから、ちょっと外で待機していてくれるか? 何か問題があったときは大声をあげるなりするのだぞ?」
「わかりました。じゃあ俺達はここで待ってますね」
「この俺がいれば多少のことは問題ねーぜ! 何せ期待の銀級冒険者、カマッセさんだからな!」
「そうです! カマッセさんがいれば問題ありません!」
「いや、さっき普通に死にかけてた……まあいいか」
突っ込みを入れようとしたベアルだったが、自分達よりカマッセの方がずっと強いことは事実なので聞き流すことにした。そんな新人達を背にニックが部屋の中を進むと、不意に背後の扉が消える。
「おい、オーゼン。外の声も聞こえなくなったのだが、本当に大丈夫なのか?」
『問題無い。既に試練は終わっているのだ。少なくともこの迷宮が子供等を害することは無いと保証する』
「わかった、信じよう。で、儂はここで何をすればいいのだ?」
『部屋の中央にある台座に我をはめ込むのだ。さすれば本当に試練は終了し、外への転移陣が出現するであろう』
「ふむ、あれだな」
入ってきた場所と同じ、白を基調とした小さな部屋。その中央の見覚えのある形の台座に歩み寄ると、ニックは腰の鞄からオーゼンを取り出しくぼみにはめ込んだ。
『選定者たる我が、この者の試練の達成を認める。偉大なるアトラガルドの力の断片を我に!』
『試練の達成を確認。偉大なるアトラガルドの王を目指す者よ。この力が汝の王道の助けとならんことを願う』
天井より降り注ぐ光の柱がオーゼンを包むと、その金属の体が眩く光る。やがて光の柱が全てオーゼンへと吸い込まれることで発光現象は終了した。
『これで認証は完了した。後は我を取り出せば転移陣が現れるであろう』
「わかった。ではさっさと戻るとするか」
ニックがオーゼンをくぼみから外すと、台座の奥に輝く転移陣が出現する。恐れることなくそこに踏み込めば、一瞬の暗転の後、ニックの体はゴブリンの巣穴へと戻っていた。
「うおっ!? 何だ突然……って、帰ってきた!?」
「やった! ボク達ちゃんと生きて戻ってこられたんだ!」
「流石カマッセさん!」
「いや、俺は何もしてねーけど……まあな! 俺は期待の銀級冒険者、カマッセさんだからな!」
思い思いの形で喜び合う冒険者達。こうしてソーマ達に取っては長い……だがニックにとっては割とあっという間な「百練の迷宮」の探索行は無事に幕を閉じるのだった。





